Cry of Heart

@tomoken

第1話:異世界来ちまったんですけどォォォ!?

 それは、突然の出来事だった。


 ジムを出て家まで2駅。その距離を走って帰るのが俺の日課だ。


 ファンからは「赤鬼」などと呼ばれ、自分で言うのも何だがかなり腕には自信がある。


 そんな俺の密かな楽しみがこれだ。


「やっぱり夜はビールとポテチだろ!!」


 シャワーを出て、とりあえずパンツだけ履く。この格好が最高に自由を感じさせる。


 冷蔵庫から缶のビールを取り出し、ポテチの袋を一気に開ける。この油っぽい匂いがたまらないんだよな。


 俺がまさに幸せな1口目を口に入れようとした瞬間だった。ドアを叩く音が聞こえた。いや、正確には"聞こえたような気がした"の方が正しいのかもしれない。


「めんどくせぇな......」


 俺はゆっくりと立ち上がると、覗き窓から外を見る。


「気のせいか...?」


 そう思い、戻ろうとしたのだが、どうも気になる。


「一応ドアの外見とくか......」


 俺はドアを開けた。すると足元に、赤黒い勾玉が落ちていた。


「なんだこれ、おもちゃか?」


 俺がその勾玉を手にした瞬間、赤い光が俺の視界を奪った。


「うわっ!?」


 しばらくして、ゆっくりと目を開けると、視界がまだぼやけていた。だが、すぐに異変に気づく。


「どこだ...ここ?」


 目の前には広大な草原。空を飛ぶ巨大な怪鳥。さらに角の生えたウサギまでいた。


「おいおいおいおいおい......これってよぉ......」


 その光景を見て俺は確信した。


「俺......異世界来ちまったんですけどォォォ!?」


 なんだかよくわからんが、とにかくヤバい。一刻も早く戻らねばならない。なんてったって装備もガイド役っぽい精霊も女神もいない。てか装備はパンツしかない。そう思った俺は、勾玉を睨みつける。


「どうやったら光ったんだっけな......」


 軽く振ってみたり、爪で叩いたりもしたが反応がない。


「とりあえず人がいる場所を探そう。どうせ異世界モノだろ?チート能力とかあるんだろ?」


 そう思いたい俺は、目を凝らして周りを見渡す。


「だいたいスキルの説明とかさ、そういうのあんじゃん?なんかあんじゃん?普通はさ!」


 段々と現実を理解してきたせいか、徐々に独り言が加速していく。


「ほらほらほらほら、ね?どうせこの勾玉がピカー!!ってなってなんかすげぇ能力がドゥワァ!って出るんだって!」


 だが、何も起きない時間はただただ俺を不安にさせていく。


「まずは人を探そう。森の中とかはアカン。だいたい奇襲されて逃げるパターンや。俺よくわかるで」


 あくまでも平原を。見晴らしのいい場所で人を探すのだ。余計なフラグは立てたくない。


「お!あんなとこに車がある!!人もいるじゃねーか!」


 少し先に、少しボロボロになった軍用車両の様なものがあった。2人の男の姿が見える。


「おーい!そこのお兄さん!」


 俺の声に反応した2人がこちらを見る。


「なんだいアンタ、旅人か?」

「1人だけか?」


 片目が潰れた背の高い男と、小太りの小さな男が話しかけてきた


「あぁ。1人で酒を飲んでいたんだが気づいたらここにいてな......多分異世界に来ちまったんだと思う」

「はぁ?異世界だと?」

「兄貴ィ、こいつまだ酔ってるんじゃないっすかぁ?」

「だな。おい兄ちゃん!」

「ん?」

「金目の物全て置いてきな。命が欲しけりゃな」


 俺は自分のやったことを後悔した。


(しまったァァァ!!こいつら敵キャラだよ!しくったァァァ!!)


 だが、ただやられるのもムカつくので、とりあえず抵抗してみる。


「あ?金目の物置いてけだってぇ?盗賊だかコソドロだか知らねぇが、盗まれるようなものはパンツしかねぇんだよ!逆にテメェの服よこしやがれ!股間がスースーするんだよ!俺はトランクス派なんだよ!

「上等だぜ。泣いて詫びても許さねぇよ!ぶっ殺してやる!」


 突き出されたナイフを手で弾き、懐に潜り込む。


「ボディーががら空きだぜ!」


 渾身の左フックを脇腹に叩き込む。ここはレバーと呼ばれ、強打されると一気にスタミナを奪える人体の急所だ。


「ゲボァッ!?」

「兄貴ィ!!」

「テメェも...おねんねしてなァ!」

「うぐぅ!?」


 小太りの顔面に前蹴りを放つ。顔にめり込んだ足の跡がくっきりと残った。


「ふぅ......」


 ここで俺は確信した。


「やっぱチート能力ねぇわ」


 絶望しながらも残っていたわずかな希望が散った瞬間であった。












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