第73話 対抗意識

「――――と、いうわけで。芽乙女。リレーに出る気はあるか」


 リレーの空いたメンバー枠を仮押さえさせてもらった後、俺と八木はさっそく、登校してきた芽乙女に話を持ちかけた。


「凛ちゃんのことは聞いたけど……いいの? めい子で」


「いいに決まってるだろ。芽乙女は頑張ってたし」


「でも、負けちゃうかもしれないよ?」


「その時は俺が責任持つよ」


「成海とおれの二人な」


 すかさず訂正を入れてくる八木。今までは沢田を中心とした四人組の中の一人という印象だったが、実際にかかわってみるといいやつだな。


「でも……借り物競争はどうするの?」


「清水は走れないし……誰かが兼任する形にはなるかな」


「めい子がやるってのは?」


「それも考えたけど、個人的に芽乙女にはリレーに集中してほしいと思ってる。それに借り物競争って、借り物が見つからなかったら結構体力使いそうだし」


 借り物競争は大声を出して借り物を募ったり、見つからなかったら走って物を探し回る必要がある。

 芽乙女も体力がついてきたとはいえ、借り物競争を終えてからリレーを走るのは負担が大きいだろう。


「芽乙女には全力でリレーを走ってほしい。ごめん。これは俺のワガママ」


「いいぜ。わかんねーけど、成海のワガママは、たぶん誰かのためになるワガママだろ」


 前回の体育でのバスケ以降、たまに話すようになった八木だが、話せば話すほどカーストトップにいるのも納得の人柄だ。実は密かに女子人気があっても不思議じゃないな。夏樹ならそこらへん何か知ってそうだけど。


「んー……じゃあ、クラスの誰かに借り物競争を兼任してもらえないかきいてみるしかないか。成海は誰かアテとかある?」


 女子のアテといえばクラスだと小白しかいない。クラスじゃなくても小白ぐらいしかまともな女子の知り合いはいないが。琴水はそもそも一年生だしな。


「うーん…………」


 俺には小白しかいないが、小白には頼みづらい。

 なにしろ体育祭の借り物競争には――――


「か、加瀬宮さんに頼むのは、どうかなっ……?」


 俺が却下するよりも前に、芽乙女が切り出した。


「おお、その手があったか!」


「いや、待て。小白はちょっと……難しそう、かな?」


「ん? なんでだ? 彼女と一緒の競技に出れるんだぜ?」


 八木のやつ、もしかして知らないのだろうか。

 うちの学校の体育祭には――――借り物競争に出場したカップルは将来必ず別れるというジンクスがあるということを。


「くぅぅぅぅ~~~~……! めっっっちゃくちゃ羨ましい~~~~……! おれだって体育祭で彼女と一緒の競技でいちゃこらしてみてぇよ……! いや、来年こそは……!」


 ああ、これは知らないやつか。

 ジンクスの件。俺は信じる気はないものの、小白はとても気にしていたものだ。

 出来れば回避してやりたいところだけど。


「そ、そーだよね……めい子も、羨ましいな……加瀬宮さんのこと」


 芽乙女も知らずに提案したきたのだろうか。

 八木が知らないぐらいだしな。同じグループにいる芽乙女が知らなくても不思議じゃない。実際、俺も夏樹から聞くまでは知らなかったわけだしな。興味が無かったらこんなもんか。


「……一応、本人に訊いてみて、了承がとれたら兼任で走ってもらう。ダメなら他の女子にあたってみるってことでいいか?」


「そりゃ勿論。ま、大丈夫だろうけどな!」


 多分、小白は断るだろう。他の女子に頼むことになるだろうが、どうするかな。

 責任をとるといった手前、俺が探すのが筋だ。ダメ元で色々あたってみるか。クラスの他の女子と接点ないけど。


「おっ、噂をすればなんとやらだな」


 ピッタリなタイミングで教室に小白が登校してきた。


「おはよ。……これ、何の騒ぎ?」


「あー……実はな」


 登校してきた小白に、清水が怪我をしてリレーに出られなくなったこと、芽乙女が代わりに男女混合リレーに出場することを説明し、芽乙女の代わりに借り物競争を小白に兼任してもらえないかという相談を持ち掛けた。


「……借り物競争?」


 予想していた通り、小白は渋い顔をする。

 頭の中を過っているのは『借り物競争に出場したカップルは将来必ず別れる』というジンクスだろう。


「めい子に感謝しろよ~? ナイスなアイデアを思いついてくれたんだからさ!」


「芽乙女さん……」


 その時。ほんの一瞬。小白と芽乙女の目が、合った。


「……?」


 ただ偶然、目があったとか、そういうのじゃない。そんな気がした。

 小白と芽乙女はさほど接点がないはずだけど。


「…………分かった。借り物競争、私が出る」


 一瞬の沈黙。後に小白から出てきた言葉は、俺には予想もいていなかったことだった。


「……出るの?」


「うん。出るよ。私が、紅太と一緒に」


「そ、っか…………」


 さっきからどうにも芽乙女の歯切れが悪い。逆に小白は、どこか、燃えているような。


「そういうことだから。あと、ちょっと紅太、借りるね」


「お、おお? 分かった」


「紅太。きて」


 そう言うや否や、小白は返事も待たず俺の手を掴んで、八木と芽乙女を置いて教室を出ていく。朝、各々の教室へと向かっていく生徒たちの流れに逆らうように、俺たちは二人で廊下を歩く。いや、早歩きで進んでいく。


「小白? どうした?」


「……………………」


 小白は何も答えない。人けのない廊下を探すように、ただ無言で俺を引っ張っていく。

 何度か呼びかけてみたものの返事はこない。仕方がないので俺は黙って、小白に引っ張られるがままになっていた。俺の腕を掴む小白の力は、いつもより強い。ベッドのシーツにシワを刻む時のような。

 流れるがままに屋上へと扉の前へと連れ込まれた俺は、小白から制服のネクタイを引っ張られて、


「――――っ」


 そのまま、強引に唇を奪われた。

 朝の喧騒が遠くから聞こえる。押し付けられた唇は小白にしては荒っぽい。だけど甘えてくるような感触は、いつもの小白らしい。


「……どうした、急に」


 学校でキスすることは初めてじゃない。

 今までも何度か、隙を見てしたことはあるけど、こんな風に強引にすることはなかった。しかも小白の方から。


「……宣戦布告されたから、見せつけてやっただけ」


「思いっきり人けのないところ連れ込まれてるし、見られたら困るだろ。お互いに。色々」


「そーいうんじゃなくて……やっぱいい」


 ぽすっ、と。小白は俺の胸に頭を埋める。体を委ねるような体重のかけかた。

 甘えたがってるのが四割ぐらい。残りの六割は、引き留めたくて必死になってる時みたいな感じ。


「んっ。ちょっ、こらっ。なに……」


 ころころと喉元を指でくすぐってやる。


「可愛がってる」


「私は猫か」


「可愛さでは互角だな」


「そこは彼女の方が可愛いって……んんっ」


 何に燃えてたのかは知らないが、どうやらある程度は鎮火したようだ。


「……なんで参加する気になったんだ? 借り物競争。前まではあれだけジンクスのことを気にしてたのに」


「だから……そういうのに負けないように、気合入れることにしたって話」


 はっきりと言いたくないってことかな。だったら追求しないけど。


「次、こっちの質問」


「どうぞ」


「なんで芽乙女さんを推薦したの?」


「練習めちゃくちゃ頑張ってたから」


「それは知ってるけど……」


 しがみついてくる小白の手が、きゅっと締まる。不安になってるのは、ここか。


「……言っておくけど、芽乙女とは本当に何もないぞ。ただの練習友達ってだけ」


「…………………………」


「その疑いの眼差しはやめてくれ。心に刺さる」


 本当に何もないんだけどな。でもまあ、確かに彼女からすれば不安かもしれない。

 思えば芽乙女とは二人で練習する機会も多かったわけだし。


「……ま、いいよ。どっちにしろ負けないし」


 誤解から妙な対抗心をメラメラと燃やしている小白。

 ジンクスを気にしなくなったのはいいことか。


「……小白には悪いけどさ。ちょっと嬉しい」


「なんで?」


「体育祭、同じ競技に出られるだろ。最初に言ってた競技とは違うけど」


「…………それは、うん。私も、嬉しい」


 小白の手が、次第に緩む。不安がるような力は抜けて、甘えるように絡みつく程度に。


「じゃあ一緒に頑張るってことで」


「ん……がんばる」


 俺も頑張らないとな。体育祭もそうだけど、あんまり小白を不安がらせないように……。

 違うな。それだけでもないか。


「俺も、不安がないわけじゃないよ」


「……そうなの?」


「ああ。今朝、琴水が言ってたんだけど。なんか一年生の間とかじゃ、小白と沢田が付き合ってるって誤解も広まってるらしいし」


「そーいうの、ほんっと迷惑なんだけど……はぁ。根深いんだよね、これ系の噂って」


 小白の場合は中学時代にも色々あったらしいからな。

 俺よりも厄介さについては詳しいのだろう。


「だから、琴水からもアピールした方がいいって言われたんだけど」


「アピールって、何するの?」


「んー……とりあえず、学校でも一緒にいる時間を増やすとか?」


「じゃあ、こうやって隠れてる場合じゃないね」


「それもそうだな」


 苦笑しつつ、だけどまだみんなの前に向かう気にもなれなくて。


「一緒の時間を増やすにしても……こうやって二人きりの時間も確保したいな」


「なん――――」


 問いかけが終わるよりも早くに、今度はこっちから唇を重ねる。さっき強引にされた分のちょっとした仕返し。それでいて、最初のキスよりも時間は長く。お互いに求めるように。


「……小白のこういう顔は、独り占めしたいから」


「こーゆーのは、家でしてよ……」


「家ならこんなもんじゃ済まないだろ」


「………………ばかっ」


 耳の先まで赤くして、言い返す言葉も稚拙なものになる小白。可愛いがすぎる。


「最近、ずっとキスしてる気がする……」


「付き合い立てだし」


「そんなもんかな……」


「そんなもん、ってことにしとこう」


 確かにちょっと溺れすぎかもしれない。自制を聞かせていきたいけど、あんまり自信ないな。


「私は嫌じゃないからいいけど……あ。今のうちに言っとくけど、今日の放課後、練習会には少し遅れる」


「ん? どうせ俺は暇になるからいいけど……何か用事でもあるのか?」


 俺が問いかけると、小白は少し複雑そうな表情を浮かべる。


「清水さんのお見舞い、行こうと思って」



――――――――――――――――――――――――――――――――

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