【web版】放課後、ファミレスで、クラスのあの子と。

左リュウ

第一章 一学期編

第1話 いつもの席に、いつものあの子

「クラブハウスサンド一つ。ドリンクバーをセットで」


 メニューを一切見ることなく注文を告げ、店員さんが席を離れたと同時に、俺は慣れた足取りでドリンクコーナーへと直行し、店のロゴが描かれた透明なグラスを手に取る。少しばかり氷を入れてから、マシンの所定の位置にグラスを置き、定番のメロンソーダを長押しする。よく味わってみれば大してメロン味のしない緑色の液体。泡立った炭酸が零れないギリギリまで注いでからストローを突っ込むと、俺は来た時と同じルートを、これまた同じく慣れた足取りで戻り、いつもの席に着いた。


 ファミリーレストラン、フラワーズ。

 金曜夜の店内は、子供連れや仕事終わりの社会人などで賑わっていた。

 俺はそんな店内の様子をバイト終わりのぼんやりとした頭で眺めながら、ストロー越しにメロンソーダを口に含む。プラスチックのストローが緑に染まり、口の中に水分を含んだ俺は、ほうっと息をついた。


「まだ八時か……」


 現在時刻は午後八時三分。高校二年生が外を出歩く時間帯としてはあまり相応しくはないだろう。しかし、それでも俺にとっては『まだ』である。

 俺、成海紅太なるみこうたは今日も今日とて、高校二年生という時間をメロンソーダと一緒に浪費していく。


 注文したメニューを待っていると、ふいに視界の中に金色の光がチラついた。俺の視界を掠めたウェーブがかったロングヘアの色は「太陽」とか「向日葵」とか、眩しくも美しい色をイメージさせる金色。


 指には瞳の色と同じ、反射する水面を思わせる綺麗な蒼のネイル。この距離からでは分からないが、恐らくメイクもしているのだろう。


 豊かな胸に引き締まったくびれ。モデル顔負けの抜群のスタイルを包み込んでいるのは、俺も通っている星本学園指定の制服だ。傍にカバンがあることから、家に帰宅すらしていないのだろうか。


 どことなく冷めた眼差しはスマホに向いていて、特に熱心に何かのコンテンツを見ているわけではなさそうだ。そのいかにも時間を浪費しています、という眼は、深く印象に残る。


「……加瀬宮かぜみや、今日もいるのか」


 彼女の名前は加瀬宮小白かぜみやこはく。俺と同じ星本学園高等部の二年D組の、いわば同級生だ。


 しかし、俺と彼女の共通点はクラスメイトというだけではない。


 だが、顔馴染みというわけでもなければ友達でもない。席が隣ということもなく、家が隣同士の幼馴染というわけでも、前世で縁のあった宿敵でもない。


 俺と彼女を結ぶ共通点。


 それはこのファミリーレストラン、フラワーズにおける常連客だという点。


 ただその一点のみである。

 共にこのフラワーズの定番、ジューシービーフハンバーグセットの味について語り合うわけでもなければ、全メニューを制覇しようと誓い合った同士でもない。特に会話することもないし、なんなら挨拶すらしない。


 いつも同じ席に座って、ただ交流をかわすこともなく、互いに無干渉のまま無為に時間を過ごす。


 常連客同士という、あるかないかも分からない、か細い糸で繋がっただけの同級生。


 気になる点があるとすれば、どうして彼女は毎回のようにファミレスで無為に時間を潰すのかという点だが、そこを探るような趣味もない。


「お待たせしました。クラブハウスサンドです」


 注文したメニューがテーブルに届けられた。

 この混雑した時間帯でも丁寧に作られたクラブハウスサンド。


 ベーコン、レタス、トマト、ローストチキンを狐色のトーストで挟んだ、この店の定番メニューの一つだ。


「いただきます」


 いただきます、の挨拶をしてからかぶりつく。途端、甘酸っぱいソースが舌の上に広がっていく。うん。美味い。

 そのまま、時折スマホを眺めながら黙々と夕食としてクラブハウスサンドを平らげる。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて、ごちそうさま。

 男子高校生の胃袋の中に納まったクラブハウスサンドは、程よい存在感と満足感を与えてくれた。


 この時点で夜の九時前。健全な男子高校生なら帰宅している時間だろうが、生憎と俺はそのカテゴリーに当てはまらない。まあ、だからといってあまりよろしくない連中とつるんでいたりするわけでもない。


 ただこのファミレスでダラダラと居座る。それだけだ。

 経営はあまりよく知らないが、お店の側からすれば回転率のよくない客はあまり有難くないだろう。多少の申し訳なさもあるが、このままドリンクバーで粘らせてもらおう。


 資金の限られている高校生がこんな時間まで居座れる時間はあまり多くはない。

 カバンから教科書とノートを取り出して課題を済ませた後は、スマホでお気に入りのサイトやSNSのタイムラインを巡回し、あとはお気に入りのソーシャルゲームをプレイして時間を潰す。


 このゲームはスマホを横持ちにするタイプなので、傍から見れば明らかにゲームしていることが分かってしまうのが難点だろうか。


 そして訪れた午後の十時。これが俺にとってのタイムリミット。

 荷物をまとめて忘れ物がないことを確認し、伝票をとって立ち上がる。


 ――――と。同じく伝票を手にレジに向かおうとしていた加瀬宮とかち合った。


「――――……」


「――――……」


 ぱちっ、と思わず目が合う。

 その瞳は吸い込まれそうに綺麗な、蒼。晴れ晴れとした青い空。神秘的な青い海。

 時間にして僅か一秒か二秒ほどだろうか。特に何かがあるわけでもなく、俺は軽く会釈してから一歩後ろに下がった。


 加瀬宮は軽く頭を下げると、そのままレジへと向かい、支払いを済ませると店を出ていった。その後に続くようにして俺もまた支払いを済ませて店の外へと出ると、太陽はとっくの昔に沈みましたと言わんばかりの夜空が頭上には広がっている。


 そんな自然の闇を嘲笑うかのように、街は人口の明かりで満ちていた。そんな人の手で造られた文明の光の中を堂々と歩く背中を、俺はただ見つめる。

 一歩踏み出す度に揺れる長い金色の髪。その、どこか寂し気な足取りは、強く俺の目に焼き付いている。


「…………帰るか」


 加瀬宮に背を向けるように、俺は彼女と反対の方向へと歩みを進める。


 今日も明日もこれからも。


 俺たちはただの常連同士で、言葉を交わすこともなければ道も交わることもない。


 ――――この時の俺は、そんなことを思っていた。




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