第516話 はじめてのアウェー その1

「歯ブラシよーっし!」


「歯ブラシヨーッシ」


「ハンカチよーっし!」


「ハンカチヨーッシ」


「パンツよーっし!」


「パンツヨーッシ」


 すると……「何やってんだ?」と司。


「いや、明日の新潟戦の準備だよ」と俺。


「新潟戦の準備?」


「そうだよ、初めてこのチームでアウェイの遠征があるんだから、忘れ物があったら困るじゃないか」と俺。


「……そんなん、チームスタッフの人にお願いしとけばいいんじゃねーの?」と司。


「いや、これは、俺の大切なルーティンだから。そもそも以前は、現地集合、現地解散が基本だったじゃねーか。旅先では人を信用してはいけないんですよ!!」


「えっ!?明和のサッカー部って現地集合現地解散なの?」と驚いたように一英。


「バカッ!?」と司。そして……(前の事いつまでも引きずってんじゃねーよ)と声を潜めて耳打ちする。


 そうなのである。明和でもビクトリーズユースでも基本アウェイ遠征の時はマネージャーやらチームスタッフの人がお世話をしてくれるのだが、どうしても前の世界の『八王子SC』の時のクセで自分のことは全部自分でやらなければ気が済まないのだ。


 いやー、でも『青春18切符』での遠征は疲れたなー。近場だったらともかく、西日本のチームと戦う時なんか、事前にネットで路線図を頭に叩き込んでの移動だったもんなー。試合に間に合わなくなりそうになったことは一度や二度じゃなかったもんなー。俺は心の中で司に恨み節を言う。


 すると……「すまん」と司。


 あらやだ、上司、また俺の心の中読みました?



「んで、何でカズがここにいるんだ?」と司。


「いや、こいつもこのチームでアウェイ遠征初めてなんで「準備どうする?」って聞いて来たからさー」と一英を指さす俺。(ってか、いつから一英のことカズって呼ぶようになったんだコイツ?)


「あれっ、マリナーズの時、アウェイ遠征しなかったっけ?」とちょっと驚いたように司。


「いや、『東京』では初めてなんで、シンジに聞いたら、俺が一緒に見てやるって」と言って親指で俺を指さす一英。オイッ、一英、先輩を指で指すな。それから、『シンジ』じゃなくて『神児さん』な!!


「まあ、基本的なものは全部スタッフさんがやってくれるけど、個人の持ち物は自分で管理しておいた方がいいな」と司。


「ところでお前は?」


「ああ、俺はもう荷物まとめてスタッフさんに渡してる」


 こういう事に関しては相変わらず準備がいいなー。そんなんなら声かけてくれればいいのに。


「そうそう、遠征はスーツ移動が必須だからちゃんと準備しとけよな」と司。


「もちのろんです。昨日からちゃんと寝押ししとりますがな」そういってVサインの俺。


 すると……「あれ、ズレると修正効かねーし、そもそも寝汗がスーツに移るからお勧めじゃねーぞ」と司。


「「マジでっ!!」」と俺と一英。


「ズボンプレッサー貸してやっから、後でちゃんとやっとけよ」と司。


「「あざーっす」」と俺と一英。



 二日前、試合前に行われる紅白戦では、いつも『レギュラー組』と『サブ組』に分かれて試合をするのだが、SC東京に来て初めて俺は『レギュラー組』に入って試合をしたのだ。しかもその内容も我ながら手ごたえがあった。


 紅白戦が終わると監督から「今度の新潟戦、スタメンで行くぞ神児」と。


「よっしゃー」と思わずガッツポーズ。


 ついでに司も一英もスタメンの予定らしい。


 というのも、この後、中三日でアウェイの磐田戦がある上に、ゴールデンウィークを控え、カップ戦にリーグ戦とスケジュールがキツキツなのだ。


 これまでのアウェー戦では基本、寮のある小平でお留守番だった俺達。


 前回の札幌戦では、飛行機乗れるかなーなんてちょっと期待していたのだが見事にスルー。


 まぁ、お留守番しているときは大体大学に行って真面目に授業に出てるのですが、それにしても、プロのフットボーラーがアウェイの時はお留守番ってのもちょっと如何なものかと思ってしまう。


 もっとも、司は、「出番が無ければ、こっちに残って大学の授業に出てた方がよっぽどましだ」とは言ってるのだが……


 翌日、午前中の全体練習が終わると、練習場に隣接してるクラブハウスからバスに乗って東京駅へ。


 っと、そこでちょっとトラブルが……


「おいっ、翔太、なんじゃそれは?」と翔太のヨレヨレのスーツを指さして俺。


「んっ、いつも寝押ししてるんだけどなかなかうまくいかなくてー」と全く悪気のなさそうに翔太。


「せめて、ネクタイ位ちゃんとしめろ」と眉間に皺を寄せて司。


 さっ、切り替えてこう。


 クラブのバスに乗って大宮駅に着くと、あとはスタジアムのある新潟までは新幹線。しかもグリーン車ですって、グリーン車。神児感激。


 もう、道の駅で車中泊しなくてもいいんですね。ほんとJ1サイコー!!


 そして新潟で泊まるホテルが、スポンサー様のご配慮で、系列の高級ホテル(ルールでは選手一人当たり2万までという規定があるのだが、そこはそれ。ホテル側が2万と言えばどんなスイートだって2万円です。はい)に泊まれるんですって。あらやだ、もしかして代表の遠征よりもご立派ですか?J1サイコー!!


 そんな感じで我々は一路、新潟へ向かうのであった。チャンチャン。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16818093075990538435

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