第437話 トゥーロン国際選手権 その7
「あっ、このヘーゼルナッツのジェラート、ものすごく味が濃くておいしい。神児君、一口どうぞ」と弥生。
「ありがとう。俺のピスタチオのジェラートもおいしいよ。一口食べなよ」と俺。
俺達は今、何をしているのかと言うと、トゥーロンの港を見下ろすオープンカフェでジェラートを食べている。
ここら辺はイタリアに近いとあって、食事も、文化もどちらかと言うとイタリア寄り。特に美味しいイタリアンジェラートのお店があちこちにあるのだ。
ギニア戦の翌日、午前中は軽めのリカバリーで、午後はオフとなっていたために、俺は弥生を誘ってトゥーロンの町中でデートとしゃれ込んだのだ。
5月の南仏プロヴァンス、もしかしたら今が一年で一番心地いい季節なのかもしれない。
地中海から吹く潮風が俺達を優しく包み込む。眩しい太陽に照らされて俺達は一瞬、地上の楽園に迷い込んでしまったのかと錯覚をする。
まあ、戦士には泡沫の休息も必要というものだ。
えっ、お前、昨日の試合も出てなかったじゃねーかだって?
まあ、試合以外にもいろいろと大変なんだよ。こっちは。
そういや、司のヤローは、せっかく誘ってやったのに、部屋に閉じ籠って、明日のイングランド戦の作戦会議だってさ。
ご苦労なこった。戦術オタクめ。少しは気分転換も必要なんだぜ。
そもそも、俺達U-23日本代表はいきなりの2連敗のお陰で、既に決勝にも3位決定戦にも進めないことが決まってしまった。
今のところ1位は3連勝中のイングランド、そして2位には、2勝1敗同士でパラグアイとポルトガルが争っている。
明日のイングランド戦せめて爪痕の一つくらいは残しておきたいというのが司の考えみたいだ。おつかれちゃん。
「残念だったね、神児君」
昨日のギニア戦を見ていた弥生はがっかりしたように言う。
「まあ、しょうがないさ、朝野さんはさっさと日本に帰っちゃうし、翔太はケガだし、主力が軒並みお休みじゃあ。まあ、今回の大会の最優先は新戦力の発掘と3バックの練度をあげることだからさ」とアプリコットのマカロンにピスタチオのジェラートを付けて食べる。
あらやだ、なにこれ、ちょー美味しいんですけれどー!!
お皿の上に綺麗に盛られたジェラートの上に季節のフルーツやマカロンが乗っかっている。こういうしゃれおつな所がちょっとフランスっぽいのかな。ジェラートってったらてっきりカップコーンの上に乗っかって出て来るものだと思ったら意外や意外しっかりとデコレートされているのだ。
「ちょっと、弥生、ヘーゼルナッツのジェラートも食べさせて」
「はい、どうぞ神児君」
あまりの美味しさにあっという間に完食してしまった俺は、お替りのジェラートを注文すべく、弥生をテーブルに待たせてお店のカウンターに並ぶ。だってほら、せっかくの港を見下ろせる特等席に座れたんですもの。二人して席を立ったら他の人にとられそうじゃん。
ショーケースの中にある様々なジェラートに目が映るが、ここは一択、さっきから気になっていたショコラ・アメーのジェラートを注文した。ちなみにアメーって「苦い」って意味だよ。
そして、トッピングのマカロンには色鮮やかなフランボワーズ。
えーいついでだ、マダガスカル産バニラのジェラートも付けてしまえ!!
俺はホクホク顔でジェラートの乗っかったお皿を持って弥生の元に戻る。
まあ、ちょっくらカロリーオーバーだけど、弥生とシェアしながら食べればいいよね。
俺もあんまし司の事を言えなくなってきたな……なんて思いながら港を見下ろすテラスに出ると、俺の席にヘアバンドをした金髪ヤローが図々しく座っていやがった。
そのヘアバンパツキン野郎は、ちょっと困った顔をした弥生にお構い無しと言った感じでペラペラと英語で話しかけている。
俺はすぐさまテーブルに駆け寄ると、ジェラートのお皿を置いてから、そのヘアバン野郎に話しかける。
「Do you need something?(何か御用ですか)」と。
丁寧な言葉とは裏腹に、険のある口調に、今の状況をすぐに理解したのか、その金髪ヘアバン野郎は、ニッコリと俺に対してもほほ笑んできやがった。
「Ah, hello. Isn't that no good? Leave such a cute girl all alone.(やあ、こんにちは。だめじゃないか、こんなかわいい女の子をひとりぼっちにしちゃあ)」
しかもいけしゃあしゃあとこういいやがったのだ。
俺は顔を引きつらせながらも、
「Thank you for your concern. It's okay now, so please take it back.(ご心配していただきありがとうございます。もう大丈夫ですのでお引き取り下さい。)」と大人の対応で返す。
しかし、そのヘアバン野郎は聞こえないふりをして相変わらず俺の椅子に座ったまま、そのうえ、「どうぞ」と、別の席を進めてきやがった。
こういう野郎は、もう、はっきり言ってやらないとあきらめないのだ。
俺は、「Do you need something for my girlfriend?(私の彼女に何か御用ですか)」と思いっきし、「ガールフレンド」にアクセントを付けて聞き返してやった。
さすがにここまで言われてしまうと相手もお手上げと言った感じで、外人特有の掌を上にあげてお手上げのポーズをして、
「A lovely girl was all alone, so I sat next to her in case something happened to her. She excused herself.(素敵な女の子が一人ぼっちでいたので、何かあったらいけないと思って横に座ったのさ。失礼しました)」
そう言って席を立った。
はー、やれやれ。
と、その時、そのパツキン ヘアバン野郎は、俺の一瞬の隙を盗み「Eh bien, belle fille, un jour, quelque part(それじゃあ、美しいお嬢さん、いつかどこかで)」と言って、弥生の手を取り、その甲にキスをしやがったのだ!ガッテム!!
あまりの一瞬の出来事に思わずポカーンの俺と弥生。
すぐさまぶん殴ってやろうと思ったのだが、それよりも先にその野郎はさっさとテラス席から出て行ってしまい、追いかけようにも「もー、いいよー、神児君」と弥生に止められる始末。ぐぬぬぬぬー!
せっかくのチョコとバニラのジェラートが台無しですよ!!
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668761580115
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