第435話 トゥーロン国際選手権 その5
お待たせしました。
お待たせしすぎたのかもしれません。
フットボールのギフト、はーじまーるよー
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「うーん……」
そういって、腕を組んだまま戦術ボードの前で黙りこくってしまった手師森監督と司。
おいおいおい司、お前、後半から出場するんだろ。そろそろアップしなくっていいのかよ、オイッ!
すると、「すまん、鳴瀬、後半は北里は出さないことに決めた」と手師森監督。
えーっ、なんでー?
本気のポルトガル代表と戦えるチャンスなんかめったにないのに、それにほら、オリンピックに向けて今のうちにいろいろと力試ししときたいことあるじゃないですか。
俺が不満そうな顔をしているのをすぐ気が付いたのか、司が話しかけて来る。
「スタンドに、ナイジェリアとコロンビアとスウェーデンのスタッフが観に来てる」と声を潜めて司。
えっ、マジっすか?
ちなみにこの3カ国、先月のオリンピックの組み合わせで日本のいるグループBに入ったチームだ。ってか、勢ぞろいじゃねーかよ。
「それだけじゃない。ポルトガルのいるグループDのアルゼンチンとアルジェリアのスタッフもいる。そうそう、あとドイツもな」
「マジっすか?」
俺達の予想よりも随分と早くオリンピックの戦いの幕は切って落とされていたのである。
「ちなみに、クラップさん、ドイツのスタッフと一緒にいるぞ。後で、ちょっと挨拶に行くぞ」と司。
「へっ、挨拶っていつ?」
「後半」とさも当たり前のように司。
「後半って、じゃあ、俺は」そう言って自分を指さす俺。
「お役御免だ。後半はファン君と交代だ、神児」
「りょうかーい」
見ると、ファン・ウェルメスケルン君は手師森監督から何か言われている。
大方、後半の作戦を伝えているのだろう。
だが、前半の出番だけだと、なーんか消化不良だなー。
俺はそんなことを思いながらストレッチをしていると、司がジーっと俺の事を見る。
やだ、上司、また俺の心読んでたりしてませんか?
すると、司がつかつかと寄って来て俺に耳打ちする。
「さっき、前半の途中にポルトガルのスタッフからうちに連絡があったんだけどさ」
「……はい?うちって、日本のスタッフってこと?」
「ああ、そうだよ」
「こりゃまた、なんで?」
「いや、よかったら、明日、非公式、非公開で一本やりませんか?だって」
「一本って、ポルトガル代表と?」
「ああ、グラウンドも取ってあるって」
「マジすか?」
「マジマジ」と声を潜めて司。
「やります」
「おっし!」
すると司はすぐに手師森監督の所に行きゴニョゴニョと話している。
どうやら、こっちはこっちでいろいろとやる事やっているみたいだ。
そうだな、なにも敵さんに手の内全てを見せてやる筋合いもあるまい。
そんな感じでハーフタイムが終わると、俺と司は監督からの許可を得てスタンドから後半を見ることにした。
もっとも、スタンドと言っても、申し訳程度にベンチが並んでいる程度のものなのだが……
後半が始まると、相変わらずゲームは一進一退。
だが、風上に立ったU-23日本代表は攻勢を強めポルトガル陣内で試合を進める。
「で、実際ポルトガルと戦ってみてどうだったよ、神児?」
試合を観ながら司が尋ねてくる。
「身長差はないんだが、体がぶ厚い」
「……たしかに」
「一つ一つのプレーが重いというかガッツリしてる」
「そうか……」
後年、日本代表監督になるハリー・ポジッチさんがデュエルの重要性を力説してたのには訳がある。
まず、1対1で結果を出せなければ、どんなテクニックや戦術を持っていようが結局は砂上の楼蘭なのだ。
まあ、ハリーさんはちょっとデュエル原理主義者って感じですが……でも、言っていることは間違ってはいないですよね、西島監督。
「平均身長は大して変わらないと思うんだが、平均体重は10キロ以上違うんじゃねーのか?」
スタンドの上に立って全体を見渡してみるとその感じがさらに強くなる。
大人と子供って程ではないが、中学生と高校生くらいの体格の差は感じるのだ。
まぁ、こればっかりは、努力なんかでは埋められない人種の壁みたいなものなんだけれどな。
アフリカや中東、そしてヨーロッパの選手ってのは二十歳前後で体が出来上がるのに対して、やはり、俺達日本人をはじめとする極東の選手は24~5歳くらいで体が出来上がるような気がする。
もっとも、その代りと言っては何だが、その一方で、日本人の方が選手寿命の方が長いような気がしてならないのは気のせいなのだろうか?
まあ、それはもっともな道理でもあって、平均寿命の長い生き物は成長も遅いってのはちょっとでも生物学を齧っていればすぐに気が付く。
だって、ほら、同じ哺乳類でも犬と鯱だと成長するスピードも違うしな、なっ、拓郎。
ちなみに日本人の平均寿命は今んところ84歳だけれど、オリンピックの同じグループに入ったナイジェリアはどのくらいなんだべ……そんなことを考えながらスマホをポチポチ……ありゃま62歳だって。
……まっ、まあ、社会情勢とか、きっといろいろな理由があるのだろうけど……俺はそっとiPhoneを閉じる。
そうそう、選手の寿命の事なんだけれど、キング・カズさんはともかくとして、フランクフルトの皇帝こと、長谷川選手や、代表歴代ゴール数第三位の崎丘選手なんかも30過ぎてもまだまだ現役だ。
そして忘れちゃいけない俺達の偉大なるパイセン、永友優弥選手もだ。
そういや、前の世界では4回目のW杯を狙うって言ってましたけれど行けたのでしょうか?
まさか、5回目も狙ってるなんてことは……ないですよねー。
と、そんなことを考えていたら、少し離れたベンチの方で、
「なぜ、司は出ていないのだ!?神児はどうした!?」と周りのスタッフの方に八つ当たりしているクラップさんがいらっしゃるじゃないですか?
そういや、去年のドイツ遠征の直後にドルトムントの監督を解任されて、その後、リバプールの監督に就任されたんでしたっけ?おめでとうございます。
ところで、シーズンオフとはいえ、こんなところで油売ってていいんですか?
すると、「おい、行くぞ」と司。
どうやら、クラップ監督に挨拶しに行くみたいだ。
「もうちょっと見とかねーか、なんか面白そうだから」
見るとクラップ監督、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。そういうところですよ、ドルトムントを解任されたのは。
「性格悪いぞ」と司。
まさか、司からそんなことを言われるだなんて思ってもみなかった。
俺は口をパクパクさせながら、「お前にだけは絶対に言われたくはない」と思っていたら、司が俺の顔をジーっと見つめ、「おい、神児、お前が今何を考えているか言ってやろうか」と地獄の閻魔様のような顔をした。
背筋がゾ~ッ。
俺はすぐさま「いえ、大丈夫です」と丁寧にお断りをした。
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