第201話 三月の勝者 その6

 司の家から帰ってきた後、やはりというか、家族で俺の合格のお祝いをした。


 場所は昔からなじみの近所のお寿司屋さん。そこの二階の個室を借りて、家族だけでなく、隣町に住んでいるじーちゃんとばあちゃんまでお祝いに駆け付けてくれたのだ。


 じいちゃんとばあちゃんはてっきり俺がビクトリーズでそのままプロになると思っていたところで、まさかの大学合格の知らせを受けるという寝耳に水の報告を受けて、まだよく事情が呑み込めてなかった。


 その上、受かった大学がまさかのじいちゃんの母校になると聞いて、孫の大学合格と自分の後輩になるという二重の喜びで、気が付くと、いつもよりもお酒を多めに飲んでしまったのだろう。


 終始ご機嫌で、最後にはじいちゃんから、明和の校歌を教えてもらうことになったのだ。


 個室と言っても、木造で出来たお寿司屋さんの二階。


 もちろんそんなところで校歌を歌えば店中に聞こえてしまっているに違いないが、じいちゃんの幸せそうな顔を見たら、まあ、そのくらいはいいかと思い、じいちゃんと一緒に何回も明和の校歌を歌ってやった。


 しまいには、まだ入学届けも出していないのに、明和大の校歌だけはしっかり歌えるようになってしまったのだ。


 今度、司にもじいちゃん直伝の校歌を教えてやらなければならない。


 気が付くと、春樹も一緒に歌いだし、「僕も兄ちゃんと一緒の大学に入る。それからJリーガーだ」と言い出す始末だ。


 もっとも、前の世界では、春樹は本当に明和大学のサッカー部に入部しており、主力として頑張っている。


 もしかしたら未来の自分を予言していたのかもとそんなことを思ってしまった。


 司の家でのご馳走を腹いっぱい食べなくて本当に良かった。俺と春樹はこの店のネタを全て食べきるつもりで思いっきり高級すしを食べてやった。


 だってそうだろ、親孝行って、こういう事だと思うんだ。


 お寿司屋さんでのお祝いが終わると、親父とじいちゃんは俺達をほっぽってそのまま二軒目になだれ込んでしまった。


 俺と春樹は明日も早いのでそのまま母ちゃんと帰宅。ばあちゃんもじいちゃんの帰りを家で待つことになった。まあ遅くなったらうちに泊って行けばいい。


 親父、じいちゃん、あんまり無理すんなよ。

 

 俺は自分の部屋に戻り、明和大学の入学手続きの確認をしていると、司から電話が入った。


 見ると時計は夜の十時を回っていた。

 こんな遅くに珍しいな。


 司はこの歳になっても、睡眠に関しては人一倍神経質で、こちらの世界に来てから、徹夜はもちろん、夜更かしすらめったにしなくなっていた。


 前の世界では、休みのたんびに俺とウイイレをオールでやっていたとはとても思えない。


 普段も夜の十時になるとベッドに入っているというのに……そんなことを思いながら電話に出ると、


「神児か、今からちょっと出れないか?」と言ってきた。

「今からか、別にいいけど」


 司からこんなことを言われるのは珍しい。


 すると、「今、遥も一緒にいる。裏の公園、これないかな?」と司。


「えっ?お前んちじゃなくって、裏の公園!?!?」

「ああ、もう、来てるんだ。出来たらすぐに来て欲しい」と……

「わかった、すぐ行く」俺はそう言うと、電話を切り、上着を引っかけて家を出た。


 背中から「こんな時間にどこ行くのー?」とおふくろ。

「ちょっと司に会って来る」というと、「気を付けてねー」


 家から歩いてすぐの公園には、既に司と遥が電灯の下で並んで立っていた。


 なんだよ、こんな時間にと思ったが、俺はすぐにいつもとは違う二人の変化に気が付いた。


 なんと司と遥が手を繋いでいたのだ。


 司からは「何回も遥に告白しているのだが、未だにうんとも言ってくれないし、手すら繋いでもらえない」としょっちゅう愚痴を聞いていたのだが、その二人が今俺の目の前で手を繋いでる。


 そして、「神児には一番最初に伝えなくちゃと思ってさ」とちょっと照れくさそうに司が言った。


「うん、やっぱ、一番最初に神児に言わなきゃね」と遥もちょっと照れくさそう。


「そうか」と俺は言った。

 俺は心の中で二人に祝福する。


 長かったもんなー、司。こっちの世界に来てから7年もかかっちまったもんな。


 てっきり、こっちの世界に来た小6の時に告白してさっさと付き合っちまうかと思ったら、まさか高校卒業まで掛かってしまうとは思いもしなかった。


 見ると、司も遥も照れくさそうになんかもじもじしている。


 なんだよ、手を握っているのは見られてもいいのに、付き合う事を伝える方が恥ずかしいのかよ。


 俺はそんなことを思うと、まぁ、しゃーないと、俺の方から水を向けてやった。


「どうした、司、話って」


 ここまで言ってやったら、もう十分だろ。


 なのに相変わらず、司ももじもじ、遥ももじもじ、えー、今更ですかー、めんどくせーなーったく。


「司、話ってなんだよ、早くしないとみんな、風邪ひいちまうぞ」さあ、ここまで言ったら、もういいだろ。


 すると、司は「あのー、えーっとー、そのー」と顔を赤らめてもじもじもじもじ。


 なんだよ、段々面倒くさくなってきた。大体こいつ、こんなにうぶだったっけ?


「わりい、司、おふくろにすぐ戻るって言ってきたんだ。用が無いなら俺帰るぞ」とそこまで追い詰めてやった。


 言っとくけど、遥は優柔不断な男は嫌いらしいぞ。さあ、男らしくさっさと俺に報告しやがれ!!


 その時、「ゴクリッ」と、俺にまで聞こえるのような司の唾を飲み込む音が聞こえてきた。


 そして、司は顔を真っ赤に染め上げながら、「し、し、神児、俺達、婚約することになったから!!」と。


「……………………はいっ?」

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