第202話 三月の勝者 その7
「えーっと、今、なんて」
空耳だったのかな?俺は改めて司に聞きなおした。
すると司は一旦口に出して言ってしまったら、開き直ってしまったのだろう。コホンッと咳ばらいを一回すると、
「私、北里司は、この度、一ノ瀬遥さんとの婚約をさせていただくことになりました。まだまだ若輩者の私ですが皆様方からの暖かいお力添えをいただきながら遥さんと二人で幸せな未来を歩んで行きたいと……………」
「待て待て待て待て待て待て待て待て!!!」
すると、話の腰を途中で折られて憮然とした表情になる司。
そして、「話の腰、途中で折るなよ神児、一生懸命練習したんだから」と…………
「いやいやいやいやいやいや、話が急だって、急」
さすがに司も遥も俺の言っていることが分かってくれたのか、今度は二人でごにょごにょと話し合う。その間も手を繋いだまんま。
「俺の方から言うよ」
「いや、私の方から言った方が分かりやすいって」
「でもー」
「大丈夫だから」
「しょうがないな」
「じゃあ、私に任せてね」
えーっとなんだか二人に見せつけられているんですかね?
もう帰ってもいいっすか?
すると、遥が一歩前に出て来て、コホンと咳払い。さすがにその時点では司とは手を放している。
「えーっと、この度、一ノ瀬遥は、北里司と正式にお付き合いすることとなりました。神児、今後ともよろしくね」そう言って頭を下げる遥。
うん、これだったら分かる。
「で、婚約うんぬんってなんなの?」と俺。
すると、遥と司が顔を見合わせ気まずそうに笑みを浮かべる。
なんだよ、お似合いじゃねーかお前ら。
「じゃあ、私から話すね」そういうと、「任せた」と司。
「まあ、話は長くなるんだけれど、司、ずーっと私のこと好きだったじゃん」
「うんうんうん」まあ普通そう言われると「そんなことねーよ」って言うのが相場なんだけれど、司の野郎はまったくもってその通りだと大きく頷いている。
まあ、前の世界から知ってますからね今更なんですけれどね。
「まあ、私も司のこと嫌いじゃなかったんだけれど、なーんか、信用できないじゃん、こいつ」そう言って後ろに立っている司を親指で指す遥。
「そっ、そんな事ないぞ、遥」と司は必死。
「まあ、いいから」そう言って司を制してから、「だって小学校の頃からでっかい女だなんてからかってくるし、バレンタインデーのチョコたくさんもらったって自慢してくるし、俺様はモテるからなーなんてラブレター見せびらかしてくるし」
あー、確かに。前の世界の小学生の時のコイツって結構やなガキだったよなー。まあ、こっちの世界に戻って来てからというもの、司は遥に対してそんな態度は一切取ってないんだけれどね。
「それが、いきなり、小六の夏休みの最後の日に、遥、好きだ、付き合ってくれなんて言われても、あんた今までのあの態度で、どの口が言ってんのって話でしょ、」
「うんうんうん、そうだね、その通りだね遥」
どちらかと言ったら、前の世界ではそのフォローを俺がやってたからなー、えーっと、遥にとっては7年前の事なんだけれど、我々にとっては、20年以上前の話になるんだよなー。記憶の彼方だ。
司も、あーあー、そんなことあったっけかなーとちょっと気まずそう。
「そして、それ以上に、気まずかったのは、私のお父さんと司のお父さん、同級生でしょ」
「はい?あっ、そうだったんですね」
「うん、小さいころからお正月とかそういう時に司と一緒に会う間柄でしょ。まあ、幼馴染なんだし」
うん、そうですよね。こいつのお母さんは翔太の母ちゃんと同級生なんだけれど、父ちゃんは司の親父さんと同級生なんだね。
まあ、確かに俺達小学校の時から幼馴染で、よくお互いの家のお父さんお母さんとご飯食べたりしてたもんなー。ってか同じサッカーチームに入って幼馴染だったら大抵そんな感じだろ。
「まあ、確かに、おまえんとこの親父さんとも俺顔見知りだし」
「そう、それが問題なのよ!」と遥。
「へーっと、それの何が?」
ふー、とため息をつくと腰に手を当て、分かってねーなーコイツと言った顔になる遥さん。
すいません、我々根っからのサッカー馬鹿なものでそういう乙女の微妙な恋心というの前の世界から含めてとんと縁のない世界で生きておりましたので……
「お父さんがね、お酒を飲むたびに茶化してくるのよ。おい、お前、司と神児どっちを旦那にするんだって」
あー、おじさん、そういう事言いそうだもんなー。それはちょっとキッツいなー。
見ると司も気まずそうに口を引きつらせている。
「お母さんも、お母さんで、止めなさいお父さんとか言っているのに、一緒になって喜んじゃってんの。気まずいじゃん、そういうの」
「はいはいはいはい」
「しかも、中途半端な気持ちで付き合って、やっぱ違いましたって分かれても、その後一生言われるのよ。司と付き合ってたことを、正月とかいろんな席で会うたんびに」
うーん、たしかに、それはきっついよなー。しかも女の子だったら、その分。
「だから、私は司に言ってたの。もし私とあなたが付き合うって言うのなら、中途半端な気持ちじゃ絶対ダメなんだからねって。そしたらコイツ」
そういって、司の方をジロって見ると、「じゃあ、結婚を前提に付き合おう、遥って」そう言うとはぁーとため息。
「そ、それの何処が悪いんだよ」と司。
「そんな小学生のあんたに結婚を前提に付き合ってくださいなんて言われて、ハイそうですかって答えるわけないでしょ」
まあ、言うてもその時の司の精神年齢は26歳なんだけれどな。しかもお前と結婚して一児の父親だ。なんて思いつつも。
「うん、そうだねー」と遥に合わせる。すまんな司。
「そしたら、じゃあ、っていう事で、中学生になっても年に何回も同じこと言ってくるの」
うん、司も一途だからなー、そういう所。まあ、太陽君の事もあるし、こいつはこいつで必死なんだろう。
「たいへんだったねー」と、とりあえず、遥の気持ちに寄り添ってみる。そしてその後ろで地獄のような目で俺を睨みつけてくる司。
分かってる、分かってるよ、お前の言いたいことは。はいはいはいはい、全部俺が悪いんですから。
「で、高校になっても相変わらず。さすがにやっぱ、本気なのかなーって思ったら、こいつ大学進学するとか言い出したじゃない」
「うん、そうだねー」
「なんでよ、せっかく、ビクトリーズのトップから昇格の打診があるってのにっていったら、」
「そんな、サッカー選手なんていつ怪我してクビになるか分からないんだから、結婚した後の安定した生活送れないだろう。大学でしっかり教員免許とりながらサッカー選手目指す、それが俺の本気だ」と司。
「まあ、そこまで言われちゃ、もう適当にやり過ごせないでしょ」と遥。
「で、私、えっなに、そんなにあんた私の事が好きなの?ってあらためて聞いたら」
「死ぬほど好きです」と司。
「というわけで、この度、司とお付き合いさせていただくこととなりました」
そういってペコリと頭を下げる遥。
「えーっと、その、婚約ってのは?」と俺。
「うん、付き合うにあたって、私のお父さんにちゃんと挨拶しなくちゃって、で、あの後、うちに来て挨拶したんだけど、私が言うちゃんとしたお付き合いをっていったら、じゃあ、結婚を前提に付き合わせて下さいってお父さんに言っちゃったのよ」
「だって、そう言うことだろ、本気で付き合うってことは」と司。
「まあ、確かにそうなんだけど、お父さん腰抜かしちゃったじゃないのよ。しかも、なんだお前ら、子供でも出来たのか!!って」
そう言うとふーっと深いため息をつく遥。
「そしたら司、いいえ、遥さんにはまだ手すら繋がせてもらってませんって……わざわざそんなことまで言わなくてもいいでしょ」
「まあ、たしかに」
「そしたら、お父さん、お前、それじゃあ、司君が可哀そうじゃねーかって話になって、なんだかお父さんもお母さんも司の味方になっちゃって、どうやら、司がプロ入り見送ったのが私のせいになっちゃって、逆に遥、ちゃんと責任取って司君とお付き合いしなさいっていわれちゃったわ。なんかおかしくないそれって」
その瞬間、遥の後ろでニヤッと笑った司の顔を俺は一生忘れない。
えっ、なに、司、これもお前の作戦のうちなの?
「そんなわけで、この度正式に司と付き合うことになりました。よろしくお願いします」そういってぺこりと頭を下げる遥。
「というわけで、この度遥と結婚を前提にお付き合いさせていただきますことになりました。よろしくお願いします」そういってぺこりと頭を下げる司。
「おめでとうございます」とぺこりと頭を下げる俺。
「じゃあ、俺これから遥を送りに行ってくるから、じゃーなー」そういって遥の肩に手を回し公園を後にする司。
そんな二人の背中に向かって、俺は拳を掲げて無言のエールを送る。
すると、司はそれがまるで見えていたのか、遥の肩に掛けた右手でピースサインを送って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます