第三章
第188話 高円宮杯U-18プレミアリーグファイナル
第三章
2014年12月14日 埼玉スタジアム2002
東京ビクトリーズU-18(プレミアリーグEAST王者)VS チェザーレ大阪U-18(プレミアリーグWEST王者)
柔らかな冬の日差しがスタンドに降り注ぎ、ピッチの上には師走の風が通り抜けていく。
普段は真っ赤なサポーターによって埋め尽くされる、ここ埼玉スタジアム2002には色鮮やかな装いをした1万5千人を超える大観衆がいる。
スタンドからは陽気なマーチングバンドの演奏が聞こえてくる。
前の人生を含めてこれほどまでの観客の前で試合をしたことなど無かった。
年に一度のユース年代のお祭り。高円宮杯U-18プレミアリーグファイナルがこれから始まるのだ。
先月行われたプレミアリーグイーストの最終戦で俺達東京ビクトリーズは青森大山田を振り切り優勝をつかみ取った。
そして今日、ユース年代の総決算として、ついにこの舞台にやって来たのだ。
FIFAアンセムの演奏に乗ってオープニングセレモニーが一通り終わると、西の王者、チェザーレ大阪のキックオフから試合が始まった。
すると、試合開始直後からチェザーレ大阪のエース、南君を中心とした分厚い攻撃がビクトリーズに襲い掛かった。
しかしビクトリーズも健斗を中心としたディフェンス陣が鉄壁の守りを見せ、そう簡単にはゴールを割らせない。
そのまま膠着状態しばらく続き、前半はスコアレスかと思ったその時、一瞬を突き、左サイドを駆け上がった司が優斗にスルーパスを出す。
優斗は司からのパスに追いつくと、マークを振り切りチェザーレ大阪のゴールを目掛けて一直線。
ペナルティーエリアに入ると同時に、待ち構えるチェザーレ大阪のディフェンス陣の目の前でグラウンダーのクロスを入れる。
すると、そこには、逆サイドから矢のようなスピードで飛び込んできた虎太郎が!!
前半35分、ついに待望の先取点を手に入れた我が東京ビクトリーズ。
今シーズン、プレミアイーストの各チームに恐れられていた北里ー稲森のホットラインから先制点が生まれた瞬間だった。
「ナイスパスやで、司君」と点を決めた虎太郎より司に駆け寄る優斗。
「ナイストラップ優斗、完璧だったぞ」と最大限の賞賛を惜しまない司。
シーズン途中、チームの大黒柱だった翔太が一足飛びの二種登録をすませ、トップチームに帯同することとなりチームから抜けてしまったが、それでもビクトリーズは、今シーズン一度も首位を明け渡すことなく、プレミアリーグイーストの優勝を果たしたのだ。
そして翔太のいなくなったビクトリーズの原動力となったのが、司ー優斗のホットラインだった。
中三の時にセレクションを受け、高校年代のユースからビクトリーズに入った優斗だったが、これまでは翔太の控えに甘んじることが多かった。
しかし、翔太がトップチームへの昇格を果たしてから、一気にその才能が開花した。
そして今では押しも押されぬビクトリーズの不動のレギュラーとなったのだ。
「点を決めたのは、俺なんだけれどなー」と手持無沙汰に虎太郎がやって来る。
「ナイスシュート虎太郎」俺は惜しみない賞賛を虎太郎にする。
「どうもありがとう神児」と虎太郎。
すると、「妬かない、妬かない、司と優斗のホットラインはうちのチームの生命線なんだから」そう言ってニコニコしながら拓郎に慰められる。
優斗のビクトリーズ入りはある程度予想はしてたのだが、まさかこいつまでビクトリーズで一緒に戦うことになるとは、あの頃の俺には全く予想もついてなかった。
まあ、言うても、小六の時に東京代表の決勝に行き、中二、中三で全国大会に出場、しっかりと地域トレセンにまで選ばれて、経歴だけ見ると、こいつもそれなりのサッカーエリートなんだけれど、この人畜無害そうな表情からはとてもビクトリーズの鉄壁のフラットスリーと恐れられている風には感じない。
つくづくサッカーにおいてはでっかいことは正義なんだと、俺達の中で誰よりも成長を遂げた190になった拓郎を仰ぎ見る。
まあ、こいつのハイボールの強さに今シーズンどれだけ助けられてきたのかを考えて見ると、文字通り頭が上がらないのだが……
「さあ、早く戻らないと、あちらさん、すごい目で俺たちのことを睨んでいるのね」と拓郎が言う。
見ると、南君自らボールをセンターサークルにセットして、試合再開を今か今かと待ちわびている。
すいません。大変長らくお待たせしました。
スタンドではマーチングバンドの応援合戦が繰り広げられている。
別にビクトリーズもチェザーレも自分のところでブラスバンドなど持ってはいないのだが、この高円宮杯U-18プレミアリーグファイナルの会場には、俺達と同じユース年代の生徒たちによるダンスや音楽などのイベントも同時に開催されるのだ。
スタンドを見ると様々なユニフォームを着た未来のフットボーラー達も観戦に来ている。
高校サッカーの集大成は冬の国立と相場が決まっているが、ユースサッカーの集大成は埼スタで行われるこのプレミアリーグファイナルの舞台という事になりつつある。
冬の選手権とはまた違った雰囲気が醸し出されている。
サッカー好きなら一度くらいここに来ても損はしないと思うぞ。
チェザーレの猛攻を凌ぎ切り前半が終了する。
控室に戻るところでふと観客席を仰ぎ見ると、なんとそこには翔太がビクトリーズの旗を振って応援していた。
お前、そんなところにいるくらいなら、Jのシーズン終わったんだから、こっちの試合に出たっていいんだぞ。
俺はそんなことを思いながら、俺達の仲間で誰よりも一足早くプロのステージに立った翔太にこぶしを突き上げる。
優勝したら、特別に記念撮影、一緒に撮ってやってもいいぜ、翔太。
控室に入るなり、監督からの檄が飛ぶ。
「よくやった、お前ら、ここまで予定以上の展開だ。後半チェザーレは確実に足が止まる。その瞬間をしっかりと待ち構えてカウンターで止めを刺せ」
事前の作戦では、前半はなんとか同点で折り返して、後半に一気に勝負を決めるということだったのだが、この時点で既に1点リードしている。
監督からは後半15分過ぎまでは攻撃参加は控えるように言われている。しかしこの展開ならもう少し早い時間から仕掛けてもよいのかもしれない。
後半ビクトリーズのキックオフで試合が再開すると、チェザーレの猛攻は監督の言う通り後半10分過ぎ辺りから、ピタリと収まって来た。
明らかにチェザーレの選手達から焦りが感じられる。
すると、その瞬間を待ってましたと言わんばかりに司がフィールドの中央に切れ込んでゆき、ゲームを支配し始めた。
当初はカウンターでという事だったのだが、運動量が落ちてきた途端、チェザーレはブロックを敷いてビクトリーズの攻撃を耐える形になる。
きっと、試合終盤に訪れるであろう、ビクトリーズの攻め疲れを待ち構えているのだろう。
ならば、その前にきっちしと止めを刺さなければなるまい。
司からのパスを優斗は足元で受けると、得意の母指球トラップからのターンでチェザーレのディフェンダーから一歩抜け出す。
たまらず優斗のユニフォームを掴んで倒すチェザーレディフェンダー。
その途端、審判の笛の音が聞こえた。
ゴール前23m、ビクトリーズは絶好の位置でのフリーキックを得た。
すると、ディフェンスラインからトコトコと拓郎が上がって来る。
今シーズン、ビクトリーズのもう一つの得点パターンは拓郎の頭を使ったセットプレイだ。
司の正確無比なフリーキックと190cmを越える拓郎のヘディングはこの年代の全てのチームから恐れられている。
現に今シーズン、ゲーム内容では押されていたにも関わらず、このセットプレイでひっくり返した試合が幾度となくあった。
チェザーレも最大級の警戒を持って、拓郎をケアする。
ピーっと笛が鳴ると、司はそんなのはお構え無しといった感じで拓郎の頭に合わせてボールを入れる。
すると、まるで郵便配達員のような正確さで確実にゴール前にボールを折り返す拓郎。
そして、そのボール目掛けてビクトリーズの選手がなだれ込んだ。
気が付くと敵味方が入り混じり何人かの選手と共にボールがゴールの中に押し込まれていた。
ピーっと笛が鳴る。
ファール、ゴール、どっちだ?一瞬の静寂の後、審判がセンターサークルを指さした。
おおおおおーと観客から歓声が上がる。
今のはハンドだ、いやキーパーチャージだと必死にアピールするチェザーレの選手達。
審判が念のため副審に確認をしているが、ファールは無いと首を振る副審。
あらためてビクトリーズの得点が認められた。
後半18分、東京ビクトリーズ対チェザーレ大阪のスコアは2-0となる。
ところで、誰が点を決めたの?
2-0は危険なスコアとはよく言われるが、足が止まってしまっては万事休すと言った感じのチェザーレの選手達。
ベンチはここぞとばかり、交代のカードを切って来るが、一度波に乗ってしまったビクトリーズの攻撃に、チェザーレの選手達は耐えるのに精いっぱい。
すると、後半40分、なんとしてでも点を取らねばと前掛になったチェザーレに対し、ビクトリーズのカウンターが発動。
司のピッチを切り裂くようなスルーパスに優斗が反応すると、チェザーレのセンターバックと1対1。
「いけー!!」と司の叫び声。
すると、それに応じるように優斗が渾身のエラシコを見せる。
完璧に逆を突かれたセンターバックが優斗のユニフォームに掴みかかるが、優斗はその手を薙ぎ払うと、ついにキーパーと1対1。
優斗は飛び出してきたキーパーの鼻先を掠めるように、ボールをつま先でチョンと押し込むと、コロコロと無人のゴールに転がっていった。
チェザーレに止めを刺す優斗のシュートにより東京ビクトリーズ対チェザーレ大阪のスコアは3-0となった。
「やったー、やったで、司君」優斗はそう言いながら司に抱きつく。
「よくやった、よくやったぞ優斗」と司も負けじと優斗に抱きつく。
すると勝利を確信したビクトリーズの選手達が次々と二人に抱きついていく。
ユース年代の最後を締めくくるような美しい大団円。
俺はその光景を眺めながら、もしかしたら優斗と一緒に試合をするのは、もうこれで最後になるかもしれないと、そんなことを思っていた。
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