第180話 熱闘!関東大会 その4

 ホテルに戻ると早速ミーティングに入る。


 まず最初に、八西中の試合前に撮っていた流通経営大学付属中学の試合を見た。


「こりゃ、つえーなー」と武ちゃん。


「レベルがちがうわー、レベチだレベチ」と大輔。


「修得よりも上か、これ」と真人。


「得点の形が見えてこーへん」と優斗。


「10回戦ったら9回は負けるな、コレ」と司。


 それくらい圧倒的な戦力の流通経営大学付属中、略して流経中。


 選手層も圧倒的でおそらく明日の第二戦は選手をターンオーバーしてくるだろうな。


 ここに来て、この関東大会ではチームによって目的が大きく二つに分かれるのに気が付く。


 一つ目は、都大会の決勝で負けた修得やこの流経中など、関東大会の優勝を目的としたチーム。


 そして二つ目は、八西中を筆頭に、優勝は目指さなくとも、ともかく全国大会出場の切符を手に入れることを最優先としているチームである。


「一つ確認しておいてもらいたいのだが」と司。


「なんや、司君」と優斗。


「どーした司」と竹原さん。


「明日は勝っても負けても、15:30分から二試合目を戦わなければならないんだぞ」と……


「うーん」と翔。


「そうなんだよねー」と拓郎。


 そうなのである。勝っても15:30分から準決勝が、負けても同じ時間帯で全国大会の出場権をかけた第五、第六代表の決定戦があるのだ。


 しかも、その決定戦で負けたチームは翌日の朝一番で第七代表を掛けた戦いに出場しなくてはならない。


「問題は、流経中相手に全力で戦って、うちに午後の試合で戦う体力が残っているかどうかなんだよ……」と司。


「しかも、下手にカードもらって午後の試合出場停止だなんてことになったら目も当てられない」と西田さん。


 実は先ほどの試合、イエローをもらっている選手が3人いるのだ。


 ルールではイエロー累計2枚、レッド1枚で次の試合は出場停止。


 トーナメントと言いつつも、ここまで来ると、明日、明後日で行われる三試合のうち一勝すれば、八西中のミッションはクリアなのだ。


 しかも、明日は勝っても負けても初のダブルヘッダー。


「いっそのこと、イエローもらっている連中、全員引っこめるか」とイエローをもらっている大輔と羽田さんと真人をチラッと見る関沢先生。


「そうなったら、10回に1回も勝てなくなるよなー」と竹原さん。


「いっそのこと、流経中との試合、捨てるか」と吉村さん。


「でも、せっかくの本気の流経中との試合、最初から勝ち諦めて戦うのはちょっといややなー」と優斗。


 確かに戦う前から強豪相手にしっぽを巻いて逃げるというのはフットボーラーの本能に逆らう選択だ。


 それに本気の流経中と戦えるというのもめったにない機会だし……


 集会室に沈黙が支配する。

 

 すると、「よーし、分かった」と関沢先生。


「明日の流経中との闘い、スタメンはベストメンバーで挑む。そしてリードされたら、後半、選手をターンオーバーする。どうだ、お前ら」


 ここまで来て強豪と言えるチームと戦える絶好のチャンスを全国大会出場という目的のためとはいえ回避することは選手のモチベーションにも関わることだと関沢先生は考えたのだろう。


 けれども、向こう見ずに全力で戦ってその後のことを全く考えないという事も受け入れがたい。落としどころとしてはこの辺りがギリギリという事なのだろう。


「俺も、それでいいと思います。流経中も明日の試合、ベストメンバーで来るかどうか分かりませんし」と司。


 兎にも角にも、選手のモチベーションと体力、そして、この後の3試合を見通した戦略が必要とされている。


 ちょっとしたボタンの掛け違いで全てを失いかねない状況に俺たちみんなは細心の注意をもって明日の試合に臨まなければならないのだ。

 

 すると、司が、「なあ、神児、悪いけど、明日の試合、隣の会場に行って前橋中と桐法中との試合、見てきてくれないか?」


 なるほど、勝っても負けても明日、このどちらかの中学と戦うことになるのだ。


「分かった、ビデオはどうする?」


「あっ、私が大丈夫だから私もそっちいく」と弥生。


「すまない、じゃあ、神児と弥生頼んだぞ」と司。


「悪いなー、神児、弥生、これつまらないものだけれど、向こうの試合見ている時にでも食べてくれよ」と、ポケットからままどおるを差し出す拓郎。


 いや、これ、そもそも俺の買ってきたお土産だろう。


 おまえ、どういうつもりだ?


 ……翌日、俺達は試合会場に着くと、俺と弥生だけは、富士北麓公園陸上競技場の隣にある球技場に行く。


 歩いて5分程度の距離だから助かった。これが、4つある他の競技場になるとおじさんにお願いして車が必要になっていたところだ。


 俺と弥生は観客席に座ると早速ビデオカメラをセットする。


「そういえば、今日戦う前橋中と桐法中ってどんなチームか知ってるか、弥生?」


 すると、弥生は何やらノートをペラペラとめくって、


「えーっと、前橋中は群馬県の県大会を1位で突破したチーム。冬の選手権常連の中高一貫の前橋高校の中等部だね」


「ふんふん」


「桐法中も神奈川県予選1位突破で、こちらも選手権常連の桐法高校の中等部だね。どっちもサッカーで有名私立高校の中等部。うちとしては出来たらどっちも当たりたくないチームだね」


「よく知ってるなー、弥生」


「でも、ネットで調べられるくらいの事だよ。最近の中体連のHPって試合結果が出たらすぐに更新されるから」


「ふーん、そうなんだ」


「あっ、そろそろ、試合が始まるよ」


 見ると、ピッチには水色のユニフォームの桐法中とオレンジのユニフォームの前橋中の選手達が出てきた。


 審判がコイントスを行うと、関東大会2回戦、前橋中と桐法中の試合が始まった。


「前橋中も桐法中も4バックか?アレ」


「そうだね、見た限りだと両方とも4バック、前橋中は中盤をダイヤモンド方にした4-4-2で桐法中は3トップがワイドに張り出した4-3-3って感じだね」


 おやおや、弥生、おまえ随分と詳しいんだな。俺だってお前に言われなかったら前橋中が4-4-2だと気が付かなかったよ。


 ともにピッチを広く使ってのサイド攻撃に重点を置いている。


「サイド攻撃ってオフサイド取りずらいし、コンパクトな守備がやりずらいんだよねー」


「うん、どっちにしてもやりずらいなー。この両チーム」


「戦うとしたら相性はあんまりよくないよねー」


 すると両チームも果敢にサイド攻撃を繰り返し、カウンターを取り合っている。


「うちのチームだと涼君と真人君の裏のスペース使われそうだよねー」


「そうなると、二人とも下がって5バック気味になるのかなー」


「それは、うちの苦手なパターンだよね。真人君か涼君のどっちかだけ下げることはできないのかなー」


 おやおや、弥生とはあんまりこんな風にサッカーの話を掘り下げて話したことは無かったけれど、司や遥並みの知識の豊富さだな。


 やばいな、俺もちゃんと勉強し直さなければ。


「あっ、いいクロス入ったよ、神児君」


 前半は前橋中対桐法中のスコアは3-3のまさかまさかの殴り合い。


 ここまで攻撃に特化した両チームだとは思いもしなかった。


 互いの両サイドバックがバッチバチのデュエルを仕掛けてくる。


 しかも両チームのフォワードともタッパもガタイも優れていると来ている。


 涼や真人に防ぎきれるのか?この両チームのサイドバック…………


「どうする、神児君、八西中の試合見に行く?」


「いや、あっちは司が付いていてくれる。俺達はこっちのほうを集中してみよう」


「うん、分かった、神児君」


 ポケットをまさぐると、拓郎からもらったままどおるがあることに気が付いた。


「まあ、これでも食べて、一旦休憩しよう」そういって俺は弥生にままどおるを渡した。


 すると、クスクスと笑う弥生。


「ほんと、神児君ってままどおる好きだね」そう言っておいしそうに弥生はままどおるを食べた。


 拓郎、ぐっじょぶ。俺は心の中で拓郎に親指を立てた。

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