第173話 決戦、韓国戦 その7

 ゴールに入ったボールを誰よりも早く取りに行く悠磨君。


 喜ぶ時間すら惜しい様子で、すぐさま味方にポジションに戻れと指示を出す。


 そうだ、まだなのだ。同点のままでは優勝は出来ないのだ。


 しかし、したたかな韓国代表はギリギリまで時間を使いながらファン君を中心にもう一度それぞれのマークを確認する。


 韓国からしてみれば、この試合、まだこの状況で日本に勝っているのだ。


「早くしろよ!!」


 悠磨君が苛立たし気に声を荒げる。


 俺はその間、ピッチ脇に立つ監督を見る。


 目の合った監督は俺に対し、韓国ゴールを指さした。


 さっきのオーダーはそのまま継続なのだと理解する。


 時計を見る、後半35分を過ぎていた。アディショナルタイムを合わせて後何分残されているのだろう。


 韓国のキックオフでゲームが再開すると、ファン君を中心にディフェンスラインでボール回しを行う。


 それに対し、悠磨君を始めとする日本の選手達が、最後の体力を振り絞ってプレスに掛かる。


 

 凌がれても凌がれても必死に食らいつく。


 肺が、心臓が、今にも破裂しそうだ。


 日本も必死だが韓国も必死だ。しかし日本選手全員で行うオールコートのハイプレスに徐々に韓国は押し込められると、最後はキーパーへのバックパスしか選択肢が残されない状況になる。

 

 肺よ、心臓よ、破裂するならしてもいい、ただしそれはゲームが終了してからだ。


 俺と悠馬君が鬼神のような顔でキーパーに襲い掛かる。


 すると、ゴール前で下手にカットされるくらいならと、韓国のキーパーは、渾身の力で、大きく日本陣内に蹴り込んだ。


 俺たち全員の執念が実りついに日本のボールとなる。


 日本のDFラインまで届いたボールを岩山さんが収めると、すぐさま司に渡す。


 そして司はトップ下の大竹さんにボールをパスすると大竹さんは右足のアウトサイドでダイレクトにフリックした。


 そして、そのスペースには三苫君が…………

 

 既に足が止まった韓国のディフェンダー陣は、三苫君のスラロームに誰も付いて行けない。


 が、そう思ったその時、ファン・ソンミンがペナルティーエリアに入る前に決死のスライディングをする。


 すると、その執念が勝ったのか、スライディングに成功するとボールはゴールラインを割った。


 日本のコーナーキックだ。


 すると司が全速力で走って来て、ホールをコーナーアークにセットすると、息つく間もなくコーナーキックを蹴る。

 

 右足のインスイングで蹴られたボールは、韓国ゴールに襲い掛かる。そしてそれに鬼の形相で飛び込む悠磨君。


 負けじと決死の覚悟でパンチングをするゴールキーパー。

 

 ゴールラインを割ったボールは再び日本のコーナーキックになる。


 時計を見る。後半のアディショナルタイムに入った。


 残された時間は後3分。


 すると、再び司が、今度は左足のインスイングで再びゴールに襲い掛かるようなコーナーキックを蹴る。


 必死に掻きだすゴールキーパー。

 

 すると、パンチングでクリアしたボールはまるで意志を持ったかのように俺の足元に転がって来た。


「ふかすんじゃねーぞ、俺!」


 俺は自分にそう言い聞かせると、助走を付けながら韓国のゴール左隅を狙って、渾身のミドルシュートを放つ。


 左足の甲にしっかりとボールの真芯を捉えた感触が伝わってくる。


 が、その直後、ファン・ソンミンの出したつま先にわずかに当たり、ゴール左に逸れてしまった。


 あまりの悔しさのあまり、「チキショー!!」と膝をついて天を仰ぐ。あと、ほんの一センチずれていたら。



 すると、「神児ー」!!とすぐに司が三度、ボールをコーナーアークにセットする。


 司は悔しんでいる暇すらも惜しいと言った感じだ。

 

 俺は急いでゴール前に走り込もうとしたが、その時、司が俺に対してウインクしたのに気が付いた。


 お前、ここでそれするのかよ。


 司のあまりのメンタルの図太さに恐れ入る。


 下手したらこれがラストプレイだぞ。そう思いつつも、お前と一緒に心中するのも悪くはないなと思ってしまう。

 

 ふとゴール前を見ると、韓国のゴールエリアにこれでもかと敵味方が集まっている。


 直前に蹴られた司の二度のインスイングのコーナーキックが敵味方みんなの脳裏に焼き付いている。

 

 韓国選手は何があってもゴールを割らせるものかと!


 日本選手は何としてもゴールに押し込んで見せのだと……


 誰も彼もがこのコーナーキックがこの試合最後のプレーになるのだと信じて疑わなかった。


 司が手を上げた瞬間、俺はコーナーアークに向かって猛ダッシュをする。


 そういや、韓国の2点目もお前のお株を奪うようなシュートだったな。司。


 異変を感じ取ったファン君はすぐさま俺の後を追いかけてくる。


 すると司はいつものように優しくショートコーナーを蹴る。


 そして俺もいつものように司の蹴ったボールを左のアウトサイドでフリックをして、ペナルティーエリア左45度の場所に入れる。

 

 なあ司、一体これまで、このプレイを何回繰り返して来たんだろうな。

 

 直前の司の2発のコーナーキックが良い伏線になっていたのだろう。

 

 韓国の選手は皆ゴール前に貼り付いていて、そこのスペースだけ……つまり、韓国のペナルティーエリア左45度のスペースだけぽっかりと開いていた。

 

 司は俺がフリックしたボールを右足の裏でワンフェイク入れると、デルピエールゾーンから必殺のシュートを放つ。

 

 異変を感じ取ったファン君が司に向かって必死にスライディングをするがあと一歩届かない。

 

 司の右足から放たれたボールは、美しい弧を描きながらゴール手前で急激に落ちると、寸分たがわず、韓国の右ゴールポスト内側を叩く。


「ガコンッ!」という韓国の選手にとっては絶望的ともいえる音と共に司の蹴ったボールはゴールに飛び込んでいった。


 自分の蹴ったシュートの軌跡に満足がいったのか、司は「うん」と一回頷いてから俺に振り向き、


「なあ、神児、知ってたか、必ず仕留めるから必殺技っていうんだぜ」と言った。


 直後、「うぉぉぉぉぉー」スタンドから地鳴りのような歓声が沸き上がる。

 

 誰も彼もが司に抱きついてくる。

 

 司を抱え上げ、喜びで顔をくしゃくしゃにする悠磨君。


「お前、スゲーよ、なんなんだよ、今のシュートは!!」


「やりやがったな、お前、最後にやりやがったな」と岩山さん。


「ナイスシュート司」とどこまでもクールに大竹さん。


「ナイスゴール」と何か嫌なことを思い出したのか、微妙な顔をする三苫君と田中君。

 

 美しい物語の最後を締めくくるような司のシュートに誰も彼もが喜びを隠さない。


 後半42分、北里司のシュートにより日本が勝ち越す。


 日本対韓国のスコアは3-2となった。

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