第161話 U-15東アジア選手権 韓国VS中国 その2

 試合が始まると、俺達の抱いていた疑念は、キックオフ直後の最初の1プレイで雲消霧散に消え去った。


 俺達は韓国の9番が俺たちの知っている`あの´ファン・ソンミンであると確信したのだ。

 

 キックオフのボールを渡されたファン・ソンミンが左サイドを駆け上がると、その進路には中国の右サイドバックが立ちふさがる。


 するとファン・ソンミンはギュッとアクセルを踏むかの如く一気に加速すると、明らかにファン・ソンミンよりも前にポジショニングを取っていたサイドバックを一気にごぼう抜きしたのだ。


 「おおおおおー」と周囲にいた人たちも思わず声を上げる。


 それでも何とか抵抗を見せようと、中国人の右サイドバックはファン・ソンミンの腕を掴むが、ファン・ソンミンはスピードだけでその右サイドバックを引きちぎるように置き去りにした。


 そしてそのまま、ペナルティーエリアの手前で一気にカットインすると、流れるような2度のキックフェイントの後、ファン・ソンミンはインフロントに引っ掛けて中国のゴール右隅にシュートを決めたのだ。


 キックオフから30秒も経っていない。ファン・ソンミンの衝撃の一発だった。


「だめだこりゃ」


 一番最初に反応したのは膝の上に座っていた春樹。


 春樹はそう言うと俺の膝の上で両手を上げて仰向けになり、お腹を上に見せてのワンコの服従のポーズをした。


 おいおい春樹、あきらめるのが随分と早いじゃないか。もう少しお兄ちゃんを信用しろよ。


 すると、司「間違いない、あれはファン・ソンミンだ、神児」


 そういう司も顔色がよくない。


「こりゃ、選手全員に見せておいた方がよかったかなー」とちょっと後悔の念が見え隠れする監督。


 それまで香港相手の大勝直後で、どことなく浮かれムードが漂っていたVIP席も、今のファン・ソンミンのプレーで雰囲気がガラッと変わった。


 どこからか、「おいおい、日本やばいんじゃないのか」という声も聞こえてくる。

 

 その後も韓国チームはファン・ソンミンがいる左サイドを中心にして中国チームを責め立てる。


 なんだか、ファンのプレーを見ているとワーグナーの「ワルキューレの騎行」が聞こえてくるようだ。


 あっ、今度は中国のゴール前でこぼれてきたボールをものすげーボレーで決めたファン・ソンミン。わーお、ゴラッソ…………

 

 ファン・ソンミンのプレーを一言で言うと、馬力のある三苫君だ。


 とにかく体をぶつけても全く減速することなく中国チームのピッチを駆け上がっていく。それでいてものすごいスピードなのだ。

 

 そうだ、三苫君ならどう思うんだろうと三苫君の姿を探すと、俺達の右斜め後ろに川崎の3人と一緒に険しい顔をしてファン・ソンミンのプレーを凝視していた。


 顔色が悪く見えるのは……気のせいではないだろう。


 俺と目が合った三苫君が一言、


「あの9番、すごい選手だね……」と。


 俺や司と一緒に、代表初ゴールを決めた浮かれた気分はもうどこにも無かった。


 分かっていることは、六日後に確実にファン・ソンミン率いる韓国U-15代表と戦うというだけだ。


「やはり、ファン・ソンミン、噂通りの選手だったな」と監督。


「噂通りというと」と司が尋ねる。


「ああ、既にドイツのハンブルガーSVとの契約を済ませてるという情報があるんだ」


「ハンブルガーって、あいつも俺達と一緒のまだ15歳ですよね」と岩山さん。


「まあ、噂だけだから確証はないが、でも、俺がハンブルガーSVのスカウトなら間違いなく声を掛けているよな」


 眼下のピッチではファン・ソンミン率いる韓国代表が圧倒的にゲームを支配している。


 ゲームスコアは、前半の20分の時点で既に3-0で韓国がリード。


 そしてファン・ソンミンはこれまでの全ての得点に絡み、2ゴール1アシストを記録していた。この後一体何点取ることやら……

 

 すると、とどめは、前半35分、中国のコーナーキックからのこぼれ球を、自軍ゴール前から持ち運んで、70メートルの独走ゴラッソ。


 2020年のバーンリー戦を彷彿とさせるゴールで中国の息の根を止めた。


 プスカシュ賞おめでとうございます。

 

 ちなみにプスカシュ賞とはFIFAが決める年間最優秀ゴール賞の事ですよ。


 結局その後、ファン・ソンミンからのスルーパスを韓国の11番が決めて、前半だけで5-0となった。


 そして、ファン君は前半だけでお役御免。といっても3ゴール2アシスト。文句のつけようのない活躍だ。


 しかし、後半になると中国も息を吹き返してきた、コーナーキックからのセットプレイで韓国から2点をもぎ取る。


「何気に、中国のセットプレイやばいよな」


「ああ、あのセンターバック、180あるんじゃないのか?」


 しかし、それに負けじと韓国も2点を取り返す。


 最後は暑さからか韓国チームの足が止まり、中国チームのキャプテンのCBが前線に上がってのパワープレイでさらに1点をもぎ取った。


 結局スコアは韓国が7-3で勝つというかなり大味な試合になった。


「何気に、あの2番のCBもヤバいな」と司。


「ガタイでかすぎじゃない?」と弥生。


「もしかしてあの選手を9番の前の右サイドバックに置いたら試合の展開が変わってたかもね」と遥。


「ってか、意外と韓国のディフェンダー脆くない?」と翔太。


 そんな感じで中国対韓国の試合が終わった。

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