第156話 開幕!東アジア選手権 その1
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「止めろ、鳴瀬ー!!」
ボランチの森田さんが大声を上げる。
「もっと寄せろー神児ー!!」
岩山さんの悲鳴にも似た怒声が聞こえてくる。
俺は一直線に突っ込んできた敵の9番にショルダーチャージをする。
その瞬間、ガツンッ!!と火花が飛び散るような衝撃が脳天にまで貫いた。
なんじゃこりゃ、こいつダンプかブルトーザーかよ。
体を寄せてるにもかかわらず、真っ赤なユニフォームを着た9番は止まるどころかドンドンと加速していく。
翔太といい、三苫君といい、なんで俺のサイドにばっかこういう化物が来るんだよ。
自分のポジションの運の無さに一瞬だけ嫌気が差すがすぐに思い直す。
だってそうだろ。
その程度の覚悟ならば、そもそもこのユニフォームに袖を通してはならないのだ。
この紺碧のユニフォームに袖を通したフットボーラーは、すべからく、それと引き換えに、己の全てをこの胸に輝く日の丸に捧げなければならないのだ。
闘争心を搔き立てられて、脳内にアドレナリンがドクドクと溢れてくる。
力が無限に漲って来た。
「うおぉぉぉー!!」
俺は雄たけびを上げると、真紅のユニフォームを纏った9番の足元に渾身のスライディングタックルをした。
…………二週間前、一学期の終業式が終わり帰りの準備をしていると関沢先生から俺と司が呼び出された。
「おーい、神児、司、それ終わったら帰りにちょっと職員室に寄れー」と関沢先生。
てっきり、夏休みの部活の話かと思い、優斗も気を利かして職員室まで一緒に付いてくると、
「おめでとう、代表入り決まったぞ。鳴瀬、北里」と関沢先生。
「へっ、それって、関沢先生から教えてもらうんですか?」と予想外の人から代表入りを伝えられ、喜びよりも驚きの方が勝ってしまった。
「いや、さっき、お前の母さんから電話があって、クラブの監督からお前んちに連絡が来たんだって。ほら、この後、部活に顔出すんだろ。だったら早めに教えておいた方がいいかなって」
「おおおおー、おめでとう、神児君、司君、U-15日本代表選出やん」と俺や司よりも先に優斗が喜んでくれた。
「あ……ありがとうございます」と俺は先生と優斗に感謝の礼を述べる。
なんだかいまいち実感がわかない。
ふと、司の方を見てみると、俯いているが口元はわずかばかりの笑みをたたえ、こぶしをギュッと握りしめていた。
そこからはあわただしく時間が流れ去っていった。
その日は部活には顔を出すだけで、すぐにクラブに行くとこれからのスケジュールを伝えられた。
三日後にはJビレッジでの合宿が始まり、1週間後にはU-15東アジア選手権が開幕する。
参加チームは、日本、韓国、中国、香港。
この4チームが総当たりして優勝チームを決めるのだ。
俺も司も初めての国際試合だ。
前の世界からタイムスリップして2年の時が経ち、ようやくサムライブルーのユニフォームに袖を通すことが叶ったのだ。
ゾクゾクとした高揚感が体の底から湧き上がってくる。
前の世界から何度も夢にまで見た憧れのユニフォームを着れる時が遂にやって来たのだ。
自分でも思わず頬が紅潮していくのが分かる。
その時、ふと気になり、司の方を振り返って見ると、口元だけは僅かに笑っているが、その目は怖いくらいに前方にある何かを睨んでいたのだ。
そうか、司にとっては念願では無いんだ。
前の世界でサムライブルーのユニフォームを着て何もすることが出来なかった自分自身に対するリベンジなのだと俺は理解したんだ。
それから3日後、代表合宿が始まると、以前にも増してピリピリとした緊張感の中でのサッカーをすることとなった。
これが代表のプレッシャーという奴か。
前回の合宿ではそれぞれの選手は自分の所属しているチームのユニフォームを着ていたのだが、今回は初日の監督の挨拶の直後に背番号入りのユニフォームを手渡された。
司は14番、そして俺は15番だった。
俺と同じポジションの室田さんは6番、そして司と同じ左サイドバックの中川さんは5番。
つまり監督の中ではそういう序列なのだろう。
監督から代表のユニフォームをもらったその一瞬だけ感極まったが、すぐに自分の背番号を見て自分が何をすべきなのかが分かった。
わざわざJビレッジくんだりまで来て、代表のユニフォームだけもらって帰るつもりは毛頭ない。もちろん司もそうなのだろう。
俺は3日間というわずかな時間の中で、今の自分の出来る限りのことを表現したつもりだ。
練習が終わった後、司が卓球に誘ってくれたが、練習でクタクタに疲れてしまいミーティングルームに顔を出す気力すらなかったのだ。
あとで「岩山さんが寂しそうに一人で詰将棋してたぞ」と司に言われた時は申し訳ないと思ったのだが、これが俺のサッカー人生の中での分水嶺になるような気がして、とにかく、もてる限りの全てを出し切ろうと思ったんだ。
そして、初日の香港戦のスタメンを勝ち取った時、自分のやっていたことは間違いではなかったのだと手ごたえを感じた。
そして、俺はあらためて思ったんだ。
この大会で、これまで培ったサッカー人生の全てをささげようと…… しかし、俺のそんな思いも、司の一言で全てがすっとんでしまった。
「なぁ、神児、お前、韓国のメンバー表見たか」と…………
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