第155話 フットボーラー補完計画 Ⅳ その3
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「で、どうよ、母指球トラップは」と湯船につかりながら俺。
「いやー、ちょっとびっくりやで、確かに今んところ二回に一回しか成功せーへんけど、決まるとドンピシャに足元に収まるんや」ニマニマと優斗。
「おー、よかったじゃねーか。まー、サイドバックの俺はそんなにデリケートなトラップする場面ってあんましないからなー」あー、ジャグジー気持ちいい。
「それよりも、驚きやったのは、アレが決まった時、ターンがめっちゃスムーズに行くんや」と優斗は目をキラキラさせながら言う。
「マジか!!」
「うん、今までトラップしてからのターンってなんとなくギクシャクして苦手やったんやけど、あのトラップが決まると、クルっとターンできるんや」
俺もちょっと本格的に練習してみようかなーと思ったところで、
「そーだよー」と翔馬君。
「クルッと回れるよー」と和馬君。
さっきから二人はずーっと顔だけ出して大浴場の中を二人並んですいすいと平泳ぎで泳いでいる。
「なんか、山下君達、波止場で泳いでるカモメみたいだな」と俺。
「うん、なんか水鳥みたいやな」と優斗。
「マリナーズのマスコットがカモメだからじゃねーのか?」けらけらと健斗。
「気持ちいいねー」と翔馬君
「部活終わりの銭湯サイコーだねー」と和馬君。
すっかり二人は司のおもてなしコースを堪能している。
ちなみにメンバーは先週のメンツと一緒だよ。隣の女湯には遥と弥生と莉子と陽菜ちゃんが入ってる。
「やーん、しゃんぷー目に入ったー」と隣から聞こえてくる。
「あっ、ゴメンゴメン、陽菜ちゃん」と慌てた様子の遥。
「遥さん、すいまへんなー、陽菜ー、お姉ちゃんのいう事ちゃんと聞くんやでー」と女湯に向かってしゃべる優斗。お疲れ。
そんなことを思ってたら、「んっ」と春樹がシャンプーハットを俺に差し出してきた。
はいはい、俺もお兄ちゃんの仕事ちゃんとしますよ。
春樹の頭を洗いながら、隣で体を洗っている司に質問する。
「ところで今日の晩御飯なんなの?」
司が頭を洗いながら、「たしか、カレー」
「カレーだーい好き」とはしゃぎだす春樹。
「バカッ、頭洗ってる最中に動くんじゃない」
「あぁぁぁー目に入ったー!!!」
「だから、言わんこっちゃない」
急いで顔にシャワーを掛ける俺。
「お顔にシャワーかけないでー」と春樹。
じゃあどうすればいいんだよ。
「おまえ、たしか来週からプール開きだろ」
「プールはプール、お風呂はお風呂!」
訳の分からん屁理屈をこねる春樹。おにいちゃんも大変なんです。
「やったねカレーだ」と和馬君。
「やっぱカレーはバーモンドだねー」と翔馬君。
「いや、カレーはゴールデンだろ」と和馬君。
「いや、バーモンドの甘口」と翔馬君。
「ゴールデンの中辛」と和馬君。
「バーモンドの甘口」「ゴールデンの中辛」「甘口」「中辛」「甘口」
「中辛」
ここでもやはり、違いが出てきた。
味覚がお子様なのは翔馬君。そしてちょっぴり大人なのが数馬君。
と、そこで、「なあ、神児、神児」と健斗。
「なんだよ」
「お前、どっちが和馬でどっちが翔馬かわかるのか?」と二人に聞こえないように声を潜める健斗。
「ああ、完璧に分かる」と俺は自信満々に胸を張る。
「えっ、どこで見わけんだよ、見かけ変わんねーだろ」健斗は全くわからんと言った感じで首を振る。
俺も健斗にしか聞こえないように声を潜めながら、「生えてるのが和馬君で生えてないのが翔馬君だよ」とニヤリ。
「……………」
直後、健斗から頭をポカリの叩かれた。
「アホ、それじゃ風呂場でしか分かんねーだろ」
俺は頭をさすりながら「なるほど、確かに」
風呂を出たら出たで、
「コーヒー牛乳だろ」と和馬君。
「イチゴ牛乳だよ」と翔馬君。
「コーヒー牛乳」と和馬君。
「イチゴ牛乳」と翔馬君。
「コーヒー」「イチゴ」「コーヒー」「イチゴ」
すると、「僕はフルーツ牛乳」と春樹も参戦してきた。
「コーヒー」「イチゴ」「フルーツ」「コーヒー」「イチゴ」「フルーツ」
「陽菜もフルーツ牛乳ー!!」
「ヤッター僕たちの勝ちー」と喜ぶ春樹と陽菜ちゃん。
がっくりと肩を落とす山下君達。
こいつらは一体何をやってるのだろう。俺は首をかしげながら牛乳をゴキュゴキュと飲んだ。
梅の湯の帰り道、大好きなサッカーをしこたまやって、銭湯に入ってさっぱりして、牛乳飲んで、晩御飯はカレーか。控えめに言ってサイコーじゃねーか!!
……しかし、俺達は、司の家でカレーを食べるという行為をよく理解していなかった。
司の家に入るなり、「すげー、お前んち金持ちなのー」と目をキラキラさせる翔馬君。
「恥ずかしいからやめろ馬鹿」と翔馬君の口を押える和馬君。
「どうもお邪魔しまーす」と挨拶をすると、
「いらっしゃーい、今ちょっと手を離せないんで、勝手に入っててー」と司の母ちゃん。
どしたんだろ。たしかキッチンの方から声が聞こえたけれど。
勝手に入るのもなんなんで、俺はおばさんのいるキッチンに挨拶に行く。
すると、今まで見たこともないような馬鹿でかい釜がキッチンの真ん中にドンと置いてある。
「な、な、なんですか、コレ?」と俺。
「あー、これ、今度学校で使う予定のタンドール釜。試しに家で試運転したかったのー。だから今日はいっぱいナン食べてねー」
あー、そうだ、そうだ。これ、インド料理屋に置いてあるナンやらタンドールチキンを焼く窯だ。
おばさんの言うカレーってまた随分と本格的ですね。
「すげー、おまえんち、レストランか何かかよ」と翔馬君。
「だから、恥ずかしいから、そういう事言うなってーの」と和馬君。
「あー、うち、かーちゃんが料理教室やってんだよ、ここで」
「へーすっげーなー」と翔馬君。
「もう、リビングに料理出てるから先始めちゃっといてー」とタンドール釜相手に苦戦している司の母ちゃん。
リビングに入ると、なるほど、既にサラダやら唐揚げやらフライドポテトやら、いろいろと置いてある。
「先、食っちゃっていいのかよー」
「どうぞ、どうぞー」と司の母ちゃん。
「じゃ、じゃあ、いただきまーす」と随分とイメージの違うカレーパーティーが始まった。
しばらくすると、「えーっと、ご飯とナン、どっちがいい?」と汗だくだくのおばさん。
あの苦労見てたら、さすがにご飯とは言えないよな。
「えーっと、ナンでお願いします」と俺。
「じゃあ、俺もナンで」と司。
「えーっと、私もナンで」と遥、「私も」と弥生、「私も」と莉子も。
「じゃあ、俺もナンで」と健斗。
「僕もナンで」と翔太。
「じゃあ、僕達もナンで」と山下君達。
「僕はごはん!!」
一瞬、あたりが静寂になる。
「陽菜もごはーん」
「………………なっ、ひな、ナンもおいしいでー」と空気を読んで優斗。
「陽菜、ナンとか知らーん、カレーやったらごはんがええー」
さすが小学一年生、カレーの前には空気なんぞどこ吹く風だ。
「そうそう、陽菜ちゃん達用にカレーの王子様作ったのよ、それでいい?」と司の母ちゃん。
「やったー!!」と春樹と陽菜ちゃん。
さすがにそういうところは抜かりないですね。春樹達には気づかれないように親指を立ててグッチョブのサインをするおばさま。
「あ、すいまへん、僕はナンでお願いします」と優斗。
「はいはいはーい、ナンは何枚でもお代わり自由よー、ナンだけにね!!」そう言うと決め顔をするおばさま。司はなぜだか視線を逸らす。
えーっとここ笑うところですか?
「あ、あはははははは」と乾いた笑いをする遥と弥生と莉子。
おばさんはクルッと踵を返すと乾いた笑いに見送られてさっさとキッチンに行ってしまった。
「なっ、なかなか変わったお母さんだね」と和馬君。
「ま、まあ、そうだな」と顔を引きつらせる司。
キッチンの方からは「エイヤーッ!!」という掛け声とともに「バチーン、バチーン」とおそらくナンを叩きのばす音が聞こえてくる。
お料理学校の先生ってのもなんだか大変そうですね。
すると、お腹を空かせてる春樹たちのためにおばさんは先にお子様用カレーを持ってきてくれた。
「やーん、ニンジンがお星さまになってるー。陽菜これやったら人参食べれるー」
「よかったなー陽菜」
「やったー、カレーの中にウインナーとコーンが入ってる。僕これだーい好き」
確か昔は家でもそういうカレーを作ってたんだけれど、俺が小学校の高学年になったあたりでバーモンドの甘口になっちゃったんだよねー。
まあ、春樹は文句も言わずいつも食べてたから気付かなかったけれど、さすがプロの料理人。おこさまの喜ぶツボをわきまえてらっしゃる。
するとカレーの王子様を見た翔馬君が、「あのー、これ、僕の分とかあります?」と。
「馬鹿、何言ってんだよ」と声を殺して和馬君。
「もちろん、もちろん、たくさん作ったから大丈夫よ」
「じゃあ、僕にも一つ」と翔馬君。
すると、「あのー」と気まずそうに莉子。「私も辛いの苦手なんで良かったら私もそれを……」
「はいはいはい」
思いのほか大人気のカレーの王子様。
「えーっと、翔太君も食べる?」と俺たちの中で一番お子様っぽく見える翔太に聞くおばさま。まぁ、間違いじゃないよな。
「あ、大丈夫ですー。出来たら少し辛くしてもらえます?僕、カラムーチョとか好きなんですよ」と意外や意外、まさかの翔太は辛党だった。
しばらくすると、「はいはいお待たせー」とおばさんはそう言いながら、でっかいお皿に何枚ものナンを乗っけてやって来た。
そして、「はい、これが、バターチキンカレー、そしてこれがサグチキン……あっ、ほうれん草のチキンカレーね。こっちがポークマサラにこっちがキーマカレー」
とまさかの超本格派カレーが出てきたのだ。
「あっ、そうそう、ついでだったんで、欧風のビーフカレーも作ったんだけれど、食べる?」
「…………はい、いただきます」と俺達。
「ビーフカレーは、サフランライスと白いご飯があるけれどどっちがいい?」
「サフラン」「白ご飯」「サフラン」「白ご飯」「サフラン」「白ご飯」
「はい、おっきなお皿に盛ってきますので、好きな方を取ってね」
すいません、ご迷惑おかけします。
すると、カレーの王子様を夢中に食べていた春樹達も、見たこともないカレーが目の前に置かれ気になるみたいだ。
「春樹、ちょっと味見してみる?」
「うん」とこっくり頷く春樹。
俺はナンにバターチキンカレーをチョンとつけて春樹の口に持っていく。
「恐る恐る、人生初めてのナンとバターチキンを口に入れる春樹」
入れた瞬間、ニマーと顔をほころばせ、「うまーい」と春樹。
「あっ、そう、よかったわー」とおばさん。
「えー、春樹君おいしかったの?じゃあ、陽菜も一口」と優斗におねだりする陽菜ちゃん。
優斗も俺と同じように陽菜ちゃんの口に入れる……と、
「やーん、ナンって、めっちゃおいしーやん」とほっぺたをふるふるさせる陽菜ちゃん。
「どれどれ」と俺もナンだけ一口食べる。
口に入れた瞬間、表面がパリ、中がふわっ、小麦の香りがぷーん。カリッふわっぷーん。
「うっま!!なにこれ、」とりあえず、ナンだけをむしゃむしゃ食べる。
「あら、気に入ってくれたの?うれしいわー」と司の母ちゃん。
「これ、とっても香りがいいですねー」と遥。
「あら、鼻がいいのね遥ちゃん。これ「春よ恋」っていう国産のブランド小麦を特別に挽いてもらったのよ」
「すごーい」
「あと、ギーっていう水牛のミルクで作ったバターを塗ってるの」
「これだけでも全然食べれちゃいますねー」と健斗。
「あら、うれしい、でも、カレーもいっぱい作ったからたーっくさん食べてね。あとこれも試しに作ってみたのよ」と形のちょっと違うまあるいナンを出してきた。
「これは?」
「これは、チーズナン。中にチーズが入っているのよ」
「何ですってー」と遥。
途端にみんなで争奪戦が始まる。
「うわっ!バターチキンとチーズナン、すっごい合いますね」と莉子。
「チーズがトロトロでめっちゃおいしー」とすっかりナンの虜になった陽菜ちゃん。
すると、司、
「あれ、なんか、母さん、焦げ臭くない?」
途端に顔を引きつらせるおばさま。
「しまったー、ナン焦がしちゃったわー」とダッシュでキッチンに戻るおばさま。ドンマイ、切り替えていこう。
そんなわけで、おばさまがキッチンでタンドール窯と格闘している最中、俺達はナンとカレーを堪能する。
「いやー、普通バターチキンってったら、鶏肉のちっこいのがチョロっと入ってるだけだけどさ、司んちのは手羽元とか手羽先がゴロっと入ってて食い応えあんなー」と健斗。
「でしょー、おばさんも、バターチキンだったら鶏肉がっつり食べたいのよー」とキッチンからおばさま。
「この、サグチキンもほうれん草の甘い香りがすごいしますねー」と弥生。
「でしょー、契約している農家さんから取れたてのほうれん草で作ったのよー」とキッチンからおばさま。
あのー、もう、ナンは結構ですから、リビングでゆっくり休んでください。
すると今度はでっかい土鍋に入ったビーフカレーを持って来てくれた。
「はい、黒毛和牛のタンとテールのカレーよ」とタンとテールがゴロゴロ入ったカレーを持って来てくれた。
おばさま、これ、原価だけでおいくらになりますか?
「すっげー、この肉、マンモスの肉みてーだ」と骨付きの牛テールを指差してテンションアゲアゲの健斗。
「じゃあ、一番でっかいの持ってっていいぞ、健斗」と大人の対応の司。
「マジか、わっりーなー」とそう言うなり、スプーンを2本使ってゲンコツのような骨付きの牛テールを自分のお皿に持っていく健斗。
健斗は「うっひょー」と言いながらテールの塊にかぶりつく。
「にーちゃーん、陽菜もアレ食べたーい」と牛肉の塊を指さす陽菜ちゃん。
「だめ、ちゃんと、お皿のカレー全部食べ終えてからや」と意外としつけに厳しい優斗。
「えー、そんなん待ってたらみんなに食べられちゃうやんー」と陽菜ちゃん。
すると、「じゃあ、お持ち帰りのタッパに入れておくから陽菜ちゃん好きなお肉取っていいよ」とナイスホスト役をする上司。
「やーん、司君大好きー」と恋気よりも食い気の方がまだまだ優先する陽菜ちゃん。
だからと言って、まんざらでもない顔をする司。
しかし俺はその瞬間を見逃さなかった。優斗、春樹、そして遥から差すような視線を投げつけられていたのを………
そんな事になっているとはついぞ気付かぬ司。
すると陽菜ちゃんは、我慢できずにタッパに入れたビーフカレーからトロトロになったタンをひとかけら口にする。
「やーん、コレ、もう、カレーやのうてビーフシチューやーん。陽菜、これが一番好きー」と一瞬でビーフカレーよりも序列が下になってしまった司。
何とも言えないもの悲しい顔で陽菜ちゃんのためにタッパにカレーをよそっている。
なぜだか留飲を下げる春樹と優斗と遥。なんだかもうカオスです。
「すまんなー、司君」
「いいよ、いいよ、どうせ、家に置いてても食べきれないんだから」
「えっ、そうなの?」と山下君達。
「ああ、どうせ、今度の授業で作る予定の料理を予習してるんだからさ」
「なるほどねー、料理学校の先生も大変なんだなー。ってことは、もしかして、アレか?俺もお持ち帰りしていいってことか?」
「もちろん、お好きなだけどーぞ」と司。
直後、「はーい、お待たせー、タンドールチキンとシシカバブーよー」と北里家の魔法のタンドール釜から次々と料理が飛び出してくる。
あのー、おばさん、よかったら、俺も料理を持って帰ってもよろしいですか?
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