第152話 湘南の風 その3

「神児君すごーい」と抱きついてくる翔太。


「相変わらず、エッグイの打って来るなー」と健斗。


「おみそれしました」と綾人さん。


 一気にチームの雰囲気が変わった感じがする。


 時計を見ると後半15分。さあ、残り25分でいっちょ試合をひっくり返しますか!!


 すると、湘南さんからもぼそぼそと声が聞こえてきた。


「アレが、鳴瀬神児だよ」とか、


「先週のトレセンで青森大山田から点取ったやつだって」


「あー、あのヤバい人ねー」


 見ると、先週、トレセンで見かけた人がちらほらいた。

 あっ、どうも、お久しぶりです。お元気ですか?


 試合が再開すると、これまで以上に守備的になって来た湘南ベルファーレ。


 このまま2-1で逃げ切る気満々です。


 町田君をトップに残して後はベタ引き。しかしこれがなかなか手ごわかった。


 翔太も二人までなら抜けるのだが、そこから先にはなかなかいけない。


 綾人さんのポストプレイも、湘南のCBが馬鹿でかくって、なかなかヘディングで競り勝てないのだ。


 そのままじりじりと時間が経過する。


 すると、残り時間10分を切ったあたりで猛烈に虎太郎がスペースに走り込む。


 何度もオフサイドを取られようがお構いなしと言った感じだ。


 この試合、まったくいい所を見せられなかった虎太郎。何とかアピールしようと必死なのだ。


 すると、司からのアーリークロスが虎太郎の足元に入る。


 絶妙のトラップを見せる虎太郎。


 DFラインを抜けたか!?と思ったその瞬間、たまらずCBが足を出してスッテンコロリンの大転倒。


 アタタタター、急いで駆け寄る俺。すると、可哀そうにあちらこちら擦り傷だらけの虎太郎。まあ、致命傷にはなるまい。


 すると足を出したCBにイエローカードが掲示される。


 場所は先ほどよりも短いゴール正面およそ25m、絶好のチャンスです。


「虎太郎、グッジョブ」と声を掛けると、傷だらけの顔で親指を立ててニヤリとやせ我慢の笑顔。


 おっしゃー、その心意気しかと受け取ったぜ。


 さすがに先ほどの俺のフリーキックを見た湘南の選手たちは6人で壁を作る。


 すると司さんがトコトコと寄って来て、「わかるよな、神児」と威圧的に俺に話しかけてきた。


「はい、分かっております」俺は素直にそう答えると、ボールから、1歩2歩3歩と距離を取り始める。


 湘南の選手たちは俺が助走のために距離を取ってるのだと思っているのだろう。壁の人たちは思いっきし顔をこわばらせている。


 すると、ピーっと笛が鳴った瞬間、ボールのすぐ横で待ち構えていた司がワンステップでボールを蹴った。


 タイミングを外された壁の人たちはジャンプすらできずに司の蹴ったボールをただ見送っている。


 インフロントに引っ掛けた司のシュートは、きれいな弧を描き、ゴール右隅に決まった。


 キーパーは一歩も動けず。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330664162440880


 すると、司は人差し指を天に掲げながらベンチに向かって走り出している。


「お前も遠藤のマネじゃねーか」俺はそう言いながら司に抱きつく。


「お前ばっか、いいかっこさせてられるかっての!!」そう言いながら心底嬉しそうに笑っている。


 ピッチの上の誰もが俺がまた蹴ると思ってたところでかっさらうような司のフリーキック。


 敵も味方も思いっきり騙されたに違いない。


 あー、いい気分だ。


 ゲームでどれだけ押されていても、フリーキック一発で点を取る。これがフットボールの怖さって奴だ。やっぱ飛び道具って大切だよね。


 しかし、それからの10分、目の色を変えた湘南の攻撃を耐え忍ぶことになるビクトリーズ。


 まだこんなスタミナがあったのかと驚くばかりの湘南のプレスが始まった。


 ここまで勝ってたんだから絶対に勝ち点3をもぎ取ってやるという意思がビンビンに伝わってくる。おー怖っ!!


 擦り傷がなんぼのもんじゃいとスライディングも平気でしてくる湘南の選手。


 で、よくよく見れば皆さん、スライディングパンツ履いてるじゃないですか。ずるーい。俺も今度からちゃんと準備しておこっと。


 そんな感じで、後半の残り10分、思いっきり押し込まれましたが、最後の最後で湘南さんが精度を欠いていたためにどうにか2-2の引分けに持ち込めました。


 やっぱ、キックの精度って大切だよね。


「はー、危なかった」と沖田さん。


「まあ、今度は内のホームでしっかりおもてなしするからいいじゃねーか」と大場さん。


 負けては無いけれど、しっかりと今日のお礼を返さないと気が済まないビクトリーズの皆さん。


 もう、負けず嫌いなんだから。


「お前が一番そうだろ」とどっかから司の声が聞こえてきた。 

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