第136話 Jヴィレッジにようこそ!! その4

「なかなか、気合入ってんじゃん、神児」


 司が隣でシャワーを浴びながら俺に話し掛ける。


「アピールする時間は限られているからな。司も結構いいクロス通してたじゃん」


「まず、基本的な技術はしっかりと持っていることを見せないと、いきなりトリッキーなことやっても嫌がるだろ監督も」


「まあ、よく分かってらっしゃてる」


「誰だと思ってんだよ、司さんだぞ」


 そのギャグ、まだ誰も分かんないだろ。確かトレンディーエンジェルがM-1取るの5年後だっけ……


 

 まあ、言うても前の世界で司はジュニアユースの監督してたんだから、どういう選手が監督から選ばれるのか十分承知しているだろう。


 かく言う俺も、トレセンでのプレーは、司にアドバイスされたことを忠実に守ってるだけなんだけれどね。


「ってか、いいな、午前中の練習が終わるとシャワー浴びれるの」と気持ちよさそうにシャワーを浴びる司。


 今回のトレセン、午前と午後の練習の合間にシャワーを浴びれる。そしてさっぱりした気持ちでご飯が食べれる。


 汗をかいたユニフォームも係の人に出しておけばすぐに洗濯してくれる。


 サッカーだけに集中できる環境を与えてくれている。まさにいたせりつくせり。トレセンサイコー。



 昼飯を食べながら、「なあ、司、午後のテストマッチの相手ってどんなのが来るんだろ」


「うーん、前の時は、Jのユースとか、強豪校の高校生とか……たしか、上のカテゴリーのチームを呼んでたなー」と前の世界の記憶を司は辿りながら答える。


「そうかー、俺達よりも格上のチームが来るのか」


「うん、たしか、俺達よりも弱いチームが来たのは記憶にないなー」と司は顔を曇らせる。


「それって勝てたりするの?」


「いやいや、トレセンのテストマッチで勝った記憶ないなー」と渋い顔の司。


 まあ、そうだよね。弱いところ連れてきたって勉強にならないし。


 さて、午後のトレーニングマッチ、一体どんなところとやるのやら。


 俺は 白河高原清流豚の冷しゃぶサラダを食べながら、これから戦う強豪チームの事に心を悩ませた。


 午後の練習が始まると、軽いランニングが終わった後、全員を集合させられた。


 周りのみんなを見ても、何やら落ち着きがない。きっとこの後のテストマッチで強豪チームと戦う事を知っているのだろう。


 高柳監督がみんなの前に出ると、


「じゃあ、これから予定通り、テストマッチを行います。テストマッチは40分の3本、メンバー交代は両チームとも制限なしでどんどん交代していくので、みんな、思う存分戦ってください。では、対戦するチームの紹介をします」


 すると、ベンチの後ろから対戦相手のチームの人達がやって来た。


 途端にみんながざわつき始める。


「うそだろ」「シャレになってない」「ムリムリムリムリ」


 ちょっとサッカーをかじっていれば、あの深緑色のユニフォームの恐ろしさは誰もが知っている。


 胸の真ん中にあるオレンジのロゴには「AOMORIOOYAMADA」と。


「青森大山田高校かよ」司がぼそりとつぶやいた。


 知ってる人は皆知っている。なんと対戦相手は高校サッカー界の絶対王者。青森大山田高校サッカー部だ。


「おいおいおい、試合になんのかよ」と山下君達がつぶやいた。


 高柳監督が言う。


「では、今回皆さんの相手をしていただくのは、青森大山田高校サッカー部セカンドです」


 周囲にざわざわとどよめきが起きる。


「セカンド?」「えっ、どういう意味」「2軍ってこと」「だったら、まだ少しは勝ち目あるのかな」


 先ほどと違って、若干楽観的な空気が流れ始めた。


「じゃあ、主将の柴崎君挨拶お願いします」と高柳監督。


 サブイボ通り越して頭痛がしてきた、この監督俺達を殺すつもりか。


「初めまして皆さん、青森大山田高校サッカー部セカンドチーム主将、柴崎学といいます。今回はU-15ナショナルトレセンの試合相手にご指名いただき誠にありがとうございます」そう言ってぺこりと頭を下げる柴崎さん。


 あなたたしか1年の時からファーストのレギュラーじゃなかったんですか!?!?


「この合宿は8月に行われるU-15東アジア選手権の選考を兼ねていると高柳監督から聞いております。U-15の日本代表を選ぶ大切なテストマッチ、全力を尽くして戦わされていただきますので、よろしくお願いします」と柴崎さん。


 将来のバリバリの日本代表じゃないですか。ってか、今もU-17代表のキャプテンじゃありませんでしたっけ?

 

 すると、山下和馬君が手を上げる。


「あの、青森大山田高校のサッカー部は知っているのですが、セカンドってどういう意味ですか」と聞きずらい所をズバリ聞いてくる和馬君。


 柴崎さんは和馬の質問に快く答える。


「セカンドとはセカンドチームの事です。青森大山田高校サッカー部の2軍と思ってくだされば結構です」


「あっ、そうなんですか」


 周りからはトップチームが来なくてよかったー……という安堵の空気が流れる。


 しかし司は顔を引きつらせてセカンドチームのメンバーを見つめている。そしてきっと俺も同じ顔をしているはずだ。


「やべーの来ちまったぞ」と司。


「下手すりゃトップよりも厄介だな」と俺。


 青森大山田のサッカー部、しかもセカンドを連れてくるだなんて、つくづくこの高柳監督という人間の腹黒さを垣間見たようだ。

 

「青森大山田高校サッカー部セカンド」それまでは、強豪校の2軍くらいにしか思われてなかったこのチーム名が全国に轟いたのは、2020年の10月の事だった。


 その年、未曽有のコロナ渦により、春夏の甲子園が中止となりインターハイも中止、そしてユース世代のサッカーチーム日本一を決める戦い、高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグも中止になってしまった。


 しかし、日本国中のサッカー関係者の尽力により、その下の地域リーグであるプリンスリーグはどうにか開催されることになったのだ。


 2020年春、スーパープリンス東北リーグという名に変わり開催されたその大会ではトップカテゴリーのプレミア勢を含む12チームが2つのブロックに分けて、6チームごとの総当たりをし、最後に各ブロックの1位同士が優勝決定戦を行うことになった。


 その結果、Aブロックの代表チームは大会の大本命、青森大山田高校サッカー部。

 

 そしてBブロックの代表チームは…………青森大山田高校サッカー部セカンド。


 並み居る強豪のプレミアリーグ勢を押しのけBブロックの代表に駆け上がったのが青森大山田セカンド。


 その結果にサッカー界に衝撃が走った。青森大山田のセカンドはこれほどまでに強いのかと……


 そもそも青森大山田高校みたいな大所帯のチームはトップ、セカンド、サード、とそれ以外にも何チームもが同時進行で各カテゴリーのリーグ戦を戦っている。


 そして、リーグの規定上同じカテゴリーで戦う事は通常は無いのだが、コロナ渦という未曽有の不可抗力により、この年だけ同じリーグで戦う事になったのだ。


 もっともプリンスリーグに所属しているセカンドはこれまでプリンスリーグを3度優勝しているにもかかわらず、この規定によりプレミアリーグに上がることが叶わないチームであり、実力はセカンドチームにもかかわらずプレミア勢となんら遜色は無いと言われてたのだが、ここまで強いとは、正直誰も思っていなかったのだ。


2020年10月7日、


 雨の中の死闘の末、最後の最後でトップチームである青森大山田高校サッカー部がセカンドチームを返り討ちにして高校サッカー史上最大の下剋上はならなかったのだが、その戦いは全てのサッカー関係者の心に刻まれた。


 それだけの実力を有するチームが今、目の前にいる。


 最も勝ちに飢えている2軍。しかもキャプテンが青森大山田高校史上最高傑作と言える柴崎学。おまけに現U-17日本代表キャプテン。


 なんであなたがそこにいるのですか?ガッくん。


「大方、リハビリ明けかなんかだろう」と渋い顔して司。


 なるほどー、そういうことかー、とほほほほ。 

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