第129話 かもめの水兵さん その3
ハーフタイムに入ると監督から、「司、神児、守備時には二人の山下にマークを付いて自由にプレーをさせるな」と。
そして、俺達が山下君達に付いて空いたスペースは、虎太郎と翔太が下がってスペースを埋め、綾人さんをトップに残しておくことになった。
また、攻撃に関しては、「ロングパスを有効的に使いながら、スペースが空いたら勇気をもって細かいパス回していけ。
「とにかく、絶対にどこかで二人の山下達のペースは落ちるから、そこを辛抱強く狙っていけ」とオーダーが出た。
後半の40分が始まる。
後半に入り、前半以上に積極的に虎太郎に縦パスが入る。監督からは行けるところまで行けと言われているだけあって、ペース配分など関係ないと言った感じで馬車馬のように右サイドを駆け抜ける。
すると、後半5分、マリナーズのサイドバックが虎太郎のドリブルを止めきれずに足を引っかけてしまった。ナイスファール。
5番のサイドバックはイエロー1枚、俺たちは角度のちょっと無い右側30度くらい、距離25m付近のところでフリーキックを得た。
キッカーは俺。直接狙えなくは無いが、コースが狭いため、ファー側にクロスを入れることとなる。
ファー側には背の高い片山さんと岩崎さん、折り返したところを綾人さんや翔太が詰めるという手筈だ。
普段の練習で散々やっているパターン。ここは是が非でも追いつきたい。
見ると、目の前の壁には山下君達が……もう一度言う、直接狙えなくは無い。
壁の人数は5人、で右端の二人が山下君達。
対峙するキーパーはニアを開け気味。
俺がファー側にセンターリングを入れるのを予測しているかのようだ。
しかも、体重が右足に乗っかっちゃっている……誘ってるの?
ねぇ蹴っちゃうよ、ニアに…………
審判の笛がピーっとなる。
その瞬間、キーパーがさらに一歩ファー側に寄った。
きっと俺のクロスを直接取るつもりだ。
よし、気が変わった。
左足インフロントのインスイングで巻くようなおしゃれなキックを蹴ろうと思ったけれど、やーめた。
俺は、思いっくそ右足を踏み込んでの、左足のインステップでドーンッ!!!
と、直前での俺の気配が変わったのを察したのか、勘のいい方の山下君がとっさに俺のシュートコースに入る。
「あっ、危ない!!」
と思う間もなく、バッカーン!!!
ボールはものの見事に山下君のテンプルにヒットすると、ゴールラインを割り、あさっての方向に飛んで行った。
哀れ、可哀そうな方の山下君はその場で崩れ落ちる。
「あー!!翔馬ー!!大丈夫かー」
どうやら倒れたのは翔馬君の方だ。
思いっきり取り乱しながら翔馬君に駆け寄る数馬君。
すかさず審判が、触らない触らないと数馬君を引き離す。
やっべー、物凄げーの当てちゃった。
生きてるかな、あの子…………
すると、むっくりと起き上がる翔馬君。
あー、よかった、無事だった……と思うも束の間、「お星さまがキラキラしてるー」と言い残しまたぱったりと倒れた。
「翔馬ー」
数馬君の叫び声がピッチにこだました。
担架で運ばれていく翔馬君。どうやら脳震盪を起こしたらしい。なんか、ゴメンね。でも、シュートコースにいきなり飛び込んできたの君の方だからね。
すると、あきれた様子で司が来ると、「なあ、神児、監督の言う自由にプレーをさせるなって、こういう意味じゃねーからな」と…………
混乱が収まらないままのマリナーズ。
すぐさま交代の選手がピッチに入るもマークの確認がうまくいかなかったのか、俺の蹴ったコーナーキックはゴール前の混戦の中、どさくさに紛れて翔太が押し込んだ。
後半8分、1-1の同点となった。
その後も、あんな感じで翔馬君がピッチを去ってしまい、数馬君も動揺してしまったのか、途端にプレーの精彩を欠くようになると、トラップミスしたところを翔太にかっさらわれて、ゴール前で綾人さんにパスして、あっさり逆転に成功。
後半15分、2-1の逆転となった。
その直後、ショックがでかいと思ったのか、向こうの監督さんが数馬君も下げて選手交代したのだが、その混乱のさなか、今度は虎太郎の果敢な裏抜けのドリブルからの折り返しを大場さんがしっかりと決めて、後半20分までに3得点。
気が付くとスコアは3-1となっていた。
正直ちょっと罪悪感が半端ない。
こんなつもりじゃなかったんだけれどなー。とりあえず、U-15の初めての試合で1アシストの結果を残した虎太郎はお役御免でベンチに下がった。
その一方で、一度集中力の切れたマリナーズはどうにかこれ以上傷口を広げないのがやっとの状況。
うちのチームもここぞとばかりに止めを刺そうとするのだが、ここからマリナーズの正ゴールキーパー畠中さんの獅子奮迅の大活躍。
圧倒的にボールを保持しているのにかかわらず、点が入らなくなると、ついついDF陣も前掛かりになってしまうのは人としての人情。
すると、まさかまさかの、後半31分、畠中さんからのゴールキックに抜けだした敵の11番を健斗がペナルティーエリア内で倒してしまったのだ。
しかも明らかに悪質なアウタータックル。
主審から問答無用のレッドカードを提示されると顔面蒼白になる健斗。
アディショナルタイムを合わせて残り10分少々、ビクトリーズは10人で戦うことになる。
俄然勢いを増すマリナーズイレブン。
マリナーズにあっさりとPKを決められると、一人少なくなったビクトリーズは怒涛の攻撃を受ける羽目になる。
しかも間の悪いことに交代のカードも全て切った直後なだけに、代わりのCBを入れることもできず、監督からの命令で急遽俺は健斗の抜けた3バックに入ることになった。
一寸先は闇のフットボールの怖さを久しぶりに身を持って体感するビクトリーズイレブン。
そして、一度嵩に懸かったマリナーズの攻撃は激しさを増す一方。
慣れないラインコントロールに四苦八苦していると、後半38分。
DFラインのギャップを付かれ11番に侵入を許すと、ヘディングで折り返され、センターフォワードを囮に使われた挙句、いつの間にか上がっていたボランチの香田君にものの見事なダイビングヘッドを決められてしまった。
後半38分、ビクトリーズ対マリナーズは3-3の同点となる。
やばい、やばい、やばい、アディショナルタイム含めあと何分あるの?
逆転の匂いがぷんぷんしてきた。
既にビクトリーズの選手は点を取ろうという意思は全くなく、どうにかしてこのまま耐え凌ぐことに専念する。
というのも、今の勢いに乗ったマリナーズ相手にちょっとでも点を取ろうなんて色気を出したら、間延びしたところを一瞬のカウンターでやられてしまうからだ。
すると、アディショナルタイムは無常の5分!!
絶望的な気持ちになるビクトリーズ。
なんとか必死にボールのクリアを続けているが、マリナーズイレブンは、クリアーしたボールを回収するなりすぐさまゴール前に放り込み、パワープレーで止めを刺してくる。
パニック状態になってしまったビクトリーズ。
それでもなんとか凌いでいると、後半45分、三点目と同じく、再び、俺の背後を取った11番が中央にヘディングで折り返す。
と、そこには先ほどのデジャビュのように香田君がペナルティーエリアに突っ込んで来た。
俺は一か八か両手を後ろに組んで、シュートコースに体を投げ出す。
と、渾身の香田さんのシュートが、バカーン!!と……今度は俺の顔面に直撃した。
薄れゆく意識の中で、因果応報とはこのことなのか……と思いながら、俺は試合終了のホイッスルと聞いた。
U-15関東ユース一部リーグ第四節、東京ビクトリーズ対横浜Fマリナーズは3対3の引き分けとなった。
試合後、俺は鼻血を止めるため、両方の鼻の穴にティッシュを詰め込んだままロッカールームに引き上げると、真っ青な顔になった健斗にその場で謝られた。
「スマン、神児、申し訳ない」
「大丈夫、大丈夫」と言いつつも、最後にくらったシュートのせいかまだ頭がちょっとズキズキする。
健斗はチームのみんなに必死に謝り続けている。
みんなもサッカーをやっているだけあってか、誰一人として声高に攻め立てるものはいなかった。
しかし、司だけは「なあ健斗。ディフェンスは……センターバックは、常に最悪を想像してプレーしなくちゃなんないんだ」と健斗に諭す。
司の言葉に声無く頷く健斗。
「なあ、健斗、あの時の最悪ってなんだか分かるか?」と優しく司。
「………………」俯き泣いている健斗は声を出すことが出来ない。きっともう分かっているのだろう。
「あの局面での最悪は、点を取られることじゃない。健斗、お前がピッチから居なくなることだ」
司にそう言われ、しっかりと頷く健斗。
「頼むぞ、健斗、お前がビクトリーズのCBなんだから」
……きっと三岳健斗というフットボーラーにとって、今日の出来事は、スパイクを脱ぐその日まで、決して忘れることは無いのだろうと、その時、俺は思ったんだ。
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