第128話 かもめの水兵さん その2
試合前の握手をする際、明らかに怯えている選手が二人いた。
インサイドハーフの山下(翔馬)と山下(和馬)だ。
この二人か?カフェテリアで俺の噂話をしてたのは?
フレンドリーに手を差し伸べても、なんとか握手はするのだが二人とも目を合わせてくれない。
そういうことならと、「今日はよろしくね」と俺から目を合わせに行くと……
「ごめんなさい」
「ひどいことしないで」
と二人の山下君に言われてしまった。罪悪感ハンパ無い。
笑いをこらえている司と健斗。
とっても心外です。プンプン。
そんな感じでキックオフ!!
ところが試合が始まるや否や全然違うんですよ。
「神児、内に寄せろー!!」と大場さん。
「ハーイ!!」
「もっとタイトにー!!」
「ハーイ!!」
「裏取られてんじゃねー」
「ハーイ!!」
マリナーズの3トップが、横に縦にとピッチを広く張ると、その空いたスペースを埋めるように二人の山下君達が、縦横無尽にチョコマカチョコマカ切り裂いていく。
あーもう、めんどくせえなー。全盛期の香川真司が二人いるかのようだ。
マークを付こうとしても頻繁にポジションチェンジを繰り返し的を絞らせない山下君'ズ。うーん、やりずらい。
守備に関してもビクトリーズがボールを持ったら、二人の山下君達は連携ピッタリでプレスを掛けに来る。
そしてそれを中心として、フォワードもボランチもサイドバックも、連動的に動いてくる。
うーん、やりずらい!!
ビクトリーズの攻撃になると、司も何とか内に切れ込み、ボール回しに参加するのだが、なかなかフィニッシュまで持ち込めない。
翔馬君も数馬君も足元のテクニックがうまいって感じじゃないんだけれど、とにかくコンパクトにそしてコレクティブにボールに絡んでくる。
イビチャ・オシムが言うところの典型的な「水を運ぶ選手」という感じだ。
その上 ボランチの香田君はビクトリーズの数的不利な場所を見つけるとすぐさま正確無比なフィードを配球してくる。
これはこれで一級品のレジスタだ。
3トップもそれぞれに1対1に強くおいそれとマークを外せない。
うーん、やりずらい!!!
すると二人の山下君にペースを握られたまま、前半15分。
マークのズレたどっちかの山下君がビクトリーズのペナルティーエリアの手前、右45度のところからピンポイントのアーリー(早めの)クロス。
体のでっかい、マリノスのセンターフォワードの9番がヘディングでドンピシャ!!
ビクトリーズ対マリナーズのスコアは0-1となった。
あれよあれよという合間に、あっという間に点を取られてしまった。
すると、これじゃまずいと、センターサークルに戻る途中、司と大場さんと沖田さんが話し合う。
「あの二人が厄介です。ボール持ったら中盤すっ飛ばしてパス出します」と司。
「わかった、ディフェンスの時はどうする?」と大場さん。
「前線でのプレスはとりあえずやめて、ゴール前にリトリート(引いて)してブロックを作りましょう」
「ラインはどうする、上げるか下げるか」と沖田さん。
「いったん、ゲームが落ち着くまで下げましょう」と司。
「俺はどうする?」と司に聞くと、
「神児、チャンスがあったらサイドチェンジを多めに使っていく。前が塞がったら、お前の方からもどんどんサイドチェンジを仕掛けてくれ。とにかくあの二人の山下からボールを引き離せ」
すると、虎太郎が、「あのー、ちょっといいですか?」と。
「なんだ?」と大場さん。
「どうした虎太郎?」と沖田さん。
「沖田さん、大場さん、もっとDFラインの裏のスペースにボールを出してほしいんですけれど……」と虎太郎。
あっ、忘れてた、そういやこいつがいたんだっけ。
大場さんも沖田さんも司も俺も、二人の山下君の対応に追われて、すっかり虎太郎の存在を忘れていた。
なんかゴメンね。だって向こうの山下君達がとっても目障りだったんですもの。
すると、良い事考えたーと言った感じで、「わかった、虎太郎、縦一本、ガンガン通していくぞ」と大場さん。
沖田さんも「裏の空いたスペース、どんどん入れていくからなー」と。
ビクトリーズのキックオフでプレイが再開する。
すると、司のアドバイスもあってか、プレーが落ち着き始めた……途端、沖田さんから虎太郎に縦パスが入る。
一瞬の隙をついて、マリナーズのサイドバックをぶっちぎる虎太郎。翔太の陰に隠れているが、こいつのフルスプリントは川崎の三苫君とどっこいどっこいなのだ。
一気にゴール前手前で急旋回すると、そのままノールックでの折り返し。
綾人さんが必死に詰めるが残念、一歩間に合わずそのまま逆サイドにボールが流れて行った。
「あああー」と頭を抱える味方のベンチ。
ため息がここまで聞こえてきそうだ。
しかし、今のプレイで潮目が変わった。虎太郎のヤバさに気が付いたマリナーズDF陣はDFラインをずるずる下げて警戒する。
すると、間延びしたマリナーズのDFラインの前にスペースが出来、ビクトリーズもやっとボールを回せるようになってきた。
ビクトリーズもその後、何度か惜しい攻撃を見せたが、ちょっとでも気を許すとすぐさまマリナーズの鋭いカウンターが発動する。
特に二人の山下君の、ゴール前左右のサイドでの、ディフェンスを抜け切る前のアーリークロス(早めのセンターリング)がとっても厄介だ。
ビクトリーズのDFラインも上がるに上がれず、そのまま膠着状態が続いて行った。
一進一退の攻防のまま1-0前半は終了した。
すると、ピッチを引き上げる途中で、
「誰だよ2mもある大男とか言ってた奴は」と山下君。
「狂犬とか言う割には、別に大した事ねーじゃん」と山下君。
「ビビッて損したー」と山下君。
「ビビってんのはお前だけだろ」と山下君。
「なんだとー」と山下君達は俺の前をじゃれ合いながら意気揚々とベンチに引き上げていった。
神児イラっと来た。なんか今とってもイラっと来た。
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