第112話 なにわのガウショ その4

「あら、翔太、何しに来たの?」と遥。


「えー、だって、今日クラブ休みだし、司君の考えたサーキットトレーニングやるんでしょ?」と翔太。


「あんたも、もの好きねー。わざわざこんなきっついトレーニングやりに来なくても……」

 


 というわけで、ビクトリーズの無い木曜日は、司と俺と関沢先生が考えた、地獄のサーキットトレーニングの日。


 コンセプトは短時間、高負荷。部活が終わる5時までのたった1時間半の間に、肺の血管千切れるんじゃないかと思うくらいに走らされる。


 よくもまあ、こんなえぐいトレーニングを思いつくものだと尊敬してしまう。


 ちなみに拓郎あたりのすぐ弱音を吐いてごまかす人用のために、わざわざ心拍計まで買ってチェックまでするという徹底ぶり。


 まあ、心拍数は嘘つけないからね……怖っ!!



 すると、「中島翔太!!」と不倶戴天の敵でも見つけたかのような優斗君。「なんでおまえがここにおるんや!」と食って掛かる。


 いきなりそんなことを言われて、おびえる翔太。


 あれっ、お前と優斗君と知り合いだったの?


「あ……あの、どちらさまですか?」と完璧に怯えている翔太。


 自分のことを覚えていなかったという事にさらに怒りのボルテージを上げる優斗君。


「浪速のガウショや!、大阪府代表の稲森優斗や、忘れたとは言わさへんで!!」と優斗君。


 すると、難しそうに腕を組んで必死に思い出そうとする翔太……と、


「あー、去年、クラブで関西遠征した時に試合したよね」とやっと思い出した翔太。


 どうやら、優斗君の方が一方的に恨んでいるらしいというのは分かった。


「それだけやない、U-12の関西遠征の時にもお前おったやろ!!」と優斗君。


 なんとなく、二人の関係性は分かって来た。


「ちなみにそん時のスコアいくつだったのよ、お前……」と司。


「………………5-0と6-0や」と言いずらそうに優斗君。


「夢スコアじゃねーか」と無慈悲に司。

 

 こんな感じで全国各地に敵を作ってる翔太……小6で全国区になっていたのにはそれなりに訳がある。


「ってか、神児君に司君、ナショナルトレセンに選ばれたんだってーおめでとうー」と優斗君をナチュラルにガン無視する翔太。


 オイオイかわいそうじゃないか、お前の事恨めしそうに睨んでるぞ。


 と、そこで、翔太の言葉に気が付いたのか、「ちょっ待てや、ナショナルトレセンってどういうこっちゃ」と優斗君。


 まあ、これ以上黙っているのも悪いなと思い、俺は司の方を見ると、こっくりと頷き、同時に八西中のジャージを脱いだ。


 その下にはビクトリーズのユニフォームが…………


「なんで、ビクトリーズの選手がここにおるねん!!」


「だって、ここの中学の生徒だし」と司。


「サッカー部にも所属してるし」と俺。


 ここで勘違いしてもらいたくないのは、別にカッコつけてビクトリーズのユニフォームを着ているわけではない。


 選手登録してないのに八西中のユニフォームをもらうのにも気が引けるし、かといって学校のもふもふの体操着でサッカーするのもアレだ。


 それに、ジュニアユースに入っているとアディダス製のクラブユニフォームが3000円そこそこで購入できてしまうのだ。


 普通に安いし、ハイテク素材を使っていて肌触りがいいので学校で練習する時や、家の部屋着としても使っている。


「逆に聞きたいんだけれど、関西の方ではジュニアユースの子って兼部しないの?」と俺。


「せーへん、せーへん」と優斗君。


「でも、それだと、練習時間少なくないか?」と司。


「そんなん、知らん!」


 ……まぁ、確かに。


「ともかく、ビクトリーズの練習だけだと少ないから、こっちにも所属してるんだよ」と俺。


「それに部活は3時半から5時までだし、ビクトリーズは6時からだからちょうどいいんだ」と司。


「それ以外にも、ジュニアユースでの練習方法や戦術の立て方とかいろいろアドバイスももらってるんだよ」とキャプテンの竹原さんが話しかけてきた。


「ともかく、八西中サッカー部へようこそ。浪速のガウショ君」そういって竹原キャプテンは優斗君に握手の手を差し出した。


 すると、途端に気をよくする優斗君。


「そうか、そうか、そんなんだったらしゃーない、神児君、U-15ナショナルの選手やったんだ。だったら俺のドリブル止められても納得や」


「えっ、いや、まあ、その……」


 正直、まだナショナルって決まったわけでもないし、ちゃんと止められたわけでもない。


「それに、今のプレー、ペナルティーエリア内やったら、ワンチャンPKもありやろ」と優斗君。


 まぁ、そうだね。


 と、そこで、「じゃあ、俺ともやろうか」と司。「一応、これでもU-15ナショナルの選考に選ばれてるんだぜ俺も」そういうと、優斗君の前に立ちはだかる司。


「おっしゃー、U-15の代表って分かったら心置きなくやらせてもらうで」と優斗君。


 と、その時、「アカン」といって優斗君は足元を見た。


 見るとスパイクのひもを引っかける部分が千切れてしまっている。


 どうやら、俺との1対1の時にやってしまったみたいだ。


「スパイク壊れてしもうた、勝負はまた今度のお預けや」とがっかりした顔の優斗君。


 みるとスパイクにはあちこちに直した跡がある。よっぽど大事なスパイクなんだ。


「随分大切に使ってるなー」と司。


 すると、「まあ、ボロやけどかーちゃんがパートして買ってくれたんや大事にせんとな」と優斗君。


「あ、ああ、そうなんだ」と司が返事すると、周囲が微妙な空気になる。


 するとその空気を敏感に感じ取った優斗君。


「ああ、うちとーちゃんいないんや」といきなりのプライベートを晒してくる優斗君。


 先にそう言われてしまうと、「お、おう」とか、「なんか大変なんだな」としか言えない。


「あー、でも、どないしょ、これ……」そういって壊れたスパイクを見つめる優斗君。


「なんか今日、走るのメインの練習みたいやし、運動靴でもええかな?」と聞いてきた。

 

 すると、司、「よかったら、予備のスパイク部室にあるからちょっと来いよ」と優斗君に声を掛けた。


「ホンマか司君、なんかわるいなー」そう言って優斗君を部室に連れて行った。

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