第93話 キャノンボール おまけ
…………翌朝、
「司、起きろー」
俺はベッドの上でくたばっている司に声を掛ける。
時計を見ると朝の10時、かれこれ15時間以上は眠っている。
結局昨日は、あのあとラーメンまで食べて4時過ぎにホテルに帰還。その後、大浴場でひとっ風呂浴びて、夕飯まで食ってくたばった。
で、今日の朝、一旦7時に起きてホテルのバイキングを腹いっぱい食った。
いいよなー、ホテルのバイキング。
納豆ご飯を食った後、ジャムをいっぱい乗っけたクロワッサンを食った。
遥なんかは「センス無いわねー」とか言ってたんだけど、いいじゃん好きなものを好きなだけ食べるのがバイキングの醍醐味なんだから。
そん時、「うちら、これからUSJ行くんだけれど、司たちも行く?」と遥。
さすがにキャノンボールを走り切った翌日、朝から遊園地に行く気力は無く、俺も司もおじさんもUSJはお断りして、その後大浴場で優雅に朝風呂に入って二度寝して、そんで、今。
「今何時ー」と浴衣をはだけさせながら司。
「10時を過ぎたところ」俺はそう言って司に缶コーヒーを渡した。
「サンキュ」そう言って缶コーヒーを受け取る司。ベッドの上でストレッチをしながら体の体調を確認する。
「どうだ、司、筋肉痛になったか?」とおじさん。
「いや、疲れてはいるけれど、それほどでも…………」と言いながらしっかりと柔軟をする。
「そういや、神児君は大丈夫か?」とおじさん。
「いやー、疲れてますが、特に痛い所はないですねー」と俺。
「若いっていいなーうらやましい。おじさんなんか、あちこちバキバキだよー」と言いながら腰を押さえる。
「いやいや、若いですよ、おじさん。それに道中ずーっと引っ張ってくれましたし、俺達なんかよりも疲れているでしょ」
実際、俺なんか、前の世界では怪我の影響もあって、毎朝1時間はストレッチをしないとまともに体が動かなかったんだ。
「まあ、キャノンボール達成が目標だからいい試走になったよ。こっちこそ」とおじさん。
「そういや、昼飯どうするー?」と司。
朝はバイキングで腹一杯食べたけど、昼もここのホテルってのはちょっと味気ない。
「せっかく大阪きたんだからさ、自転車でちょっと大阪の街、走らないか?それに行きたいうどん屋さんもあるんだ」とおじさん。
「うどんかー」と俺。大阪といえば蕎麦ではなくうどん圏ですよね。ここ。
「どんなうどんよ?」と司。
「いや、肉吸いっていうんだけれどね」とおじさん。
「にくすい!?!?」と司。
…………俺も、聞いたことがない。
するとおじさん、iPhoneでその肉吸いを見せてくれた。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663967529336
「なんだ、肉うどんじゃん」と司。
「いや、肉うどんのうどん抜きなんだよ」とおじさん。
「なんじゃそりゃ!?!?」
「昔、吉本の芸人さんが二日酔いで食欲が無くて肉うどんのうどん抜きってのを注文したら、それが評判になってね、今じゃ名物になってんだ。うどんの代わりに卵が落としてあるんだ」とおじさん。
「へー、なんか、面白そうじゃん」
「ダウンタウンや明石家さんまがうどんを出さないうどん屋って紹介して有名になったんだってさ」
「じゃあ、そこ、行こ行こ」と司。
というわけで、ホテルの横で自転車を組み立て、肉吸いの千とせにレッツゴー。
ちなみにうちの親父は別行動でせっかく大阪来たのだからと大阪城に行っており、携帯で連絡をして合流することになった。
俺たちは、大阪の街を自転車で軽く流しながらうどんの千とせに向かった。
しばらく走ると、「ありゃ、大阪城か、でっけーなー」と司。
名古屋城もでっかかったけれど、大阪城もでっかいなー。
江戸城は今もあるんだけれど、天守閣が無いと、なんか城!!って感じがしないんだよなー。
そんなことを思いながら、大阪の街をゆっくりと自転車で流す。
今度は時間制限など無く、ゆっくりと京都や大阪の街を自転車で散策したいなーと思った。
そんな事を思っているうちに、あっさりと難波に到着。
なんか、東京に比べてコンパクトだよね。大阪って。
さて、お楽しみの肉吸いとやらはどんなものか、と思ったところで親父と合流。
「なんだ、その千とせってうどん屋、なんばグランド花月の1階にあるんだ」と司。
「そりゃ、ダウンタウンもさんまも紹介するわな。ホームなんだから」と俺。
すると、おじさん、「本館の方がすいてそうだから、そっち行こう」と。
司とそんなことを話しながら、難波グランド花月すぐそばの千とせ本店に入る。
なんだか随分と趣のある店構えだな。店の中はちょうど混み合っていたところだが、タイミング良く四人がけのテーブルがあいた。俺たちはそのテーブルに案内される。
すると醤油差しに何故か村上ショージの顔が……醤油瓶をよくよく見ると、「特選ギャグ しょうゆこと醤油瓶」と……「くだらな!」と司。
後から合流して来た親父も、その「肉吸い」とやらに興味津々。
そんなわけで俺たちは肉吸い四つと小玉、大玉と呼ばれる卵かけごはんのを注文した。
もちろん小玉と呼ばれる卵かけご飯の(小)は親父とおじさん。大玉と呼ばれる卵かけご飯の(大)は俺と司だ。
しばらくすると、お盆に乗っかった肉吸いが俺たちの前に運ばれてきた。
うん、みるからにおいしそうだ。出汁のいい香りがここまで漂ってくる。
俺はとりあえず、肉吸いの中にあるお肉を食べてみる。
おや、これは牛肉なんだ。とちょっとびっくり。
東京ではそば屋で牛肉を食べることがほとんど無かったので勝手に豚肉かと思っていたら、薄切りの牛肉だった。
うん、おいしい。上品なかつおだしにしっかりと味のある牛肉の薄切りがたっぷりと。
上品なしゃぶしゃぶのような味。そして半熟に火の通った卵を崩して牛肉と一緒に食べると……こりゃ、うめーや。それにシャキシャキした青ネギも美味しい。
関東の長ネギだったら匂いがちょっとキツくなっちゃいそうだけど、青ネギの優しい香りと上品な透き通った出汁が絶妙なハーモニーを奏でている。
試しに卵かけご飯と一緒に牛肉を食べてみると、これも美味い。
まるで極上の牛丼を食べているみたいだ。
ふと、隣をみると、司も一心不乱に食べている。
なんで、これ、東京に無いのだろう。いや、あるかもしれないけど、俺が知らなかっただけか?
俺たちはあっという間に肉吸いと大玉を食べきってしまった。
「おやおや、こりゃ、お代わりが必要そうだな」と親父。
どうやら、キャノンボールで空っぽになってしまった体内のグリコーゲンタンクは昨日一日の食事だけじゃまだいっぱいになってないらしい。
じゃあ、せっかくなんでってことで、「今度はこの肉うどんいいかな?」と俺。
「あ、じゃあ俺は豆腐入りの肉吸いで」と司。
「ご飯はどうする?」
「じゃあ、大玉で」
そんなわけで、もうワンセット。
俺たちの食いっぷりをニコニコしながら見る司のおじさんと親父。
さすがにどんぶり飯2杯分のたまごかけご飯と肉うどんと肉吸いを食べて、大満足の俺達。
ぽんぽこに膨れたお腹をさすりながら、さて、この後の予定はどうしようかと話し合った。
すると…………
「実はちょっと行きたいところがあるんだけれど」とおじさん。
「えっ、どこよ?」と司。
「暗峠(くらがりとうげ)」
「暗峠!!なにそこ?」
「大阪と奈良の間にある峠なんだけれど」
「また峠ー」と司。
「国内最高難易度の峠」とおじさん。
「ちょっと、詳しく聞かせてもらえませんか?」と俺。
「データーはこんな感じ」とiPhoneに入ったデーターを見せてくれた。
標高差:400m
距離:2.4km
平均斜度:16.8%
最大斜度:41.0%
「平均斜度16.8%!!」開いた口が塞がらない俺。
「最大斜度41%!!!」と隣から覗いていた司。
「これ、坂じゃなくて崖だろ!!」
「でも、れっきとした国道なんだ」っておじさん。
おやじは俺たちの言っていることが何言ってるのかわからないみたいで首をかしげている。
「なんか、神児、そんなすごい坂なのか?」と親父。
「坂っていうか、階段を自転車で登る感じ!!」と自転車素人の親父にも分かりやすく言う。
「………………そうか」と開いた口が塞がらない親父。「でも、ちょっとみたいな」
「………………うん」と司。そして俺も。
登りたいとかそれ以前に、そんな崖みたいな坂、ちょっと見てみたい。しかも国道だなんて。
後で知ったんだけどこういう道を国道って言うんじゃなくって、酷道(こくどう)っていうんだってな。
標高差は和田峠くらいで距離がグッと短くなっている。きっとその分角度がきついんだ。
「おじさん、それって、ここからどのくらいなんですか?」
「うん、10㌔ちょっと。大体30分くらいかな」
「…………いくか」と俺。
「えー、ぜったい無理だよそんなん坂」と司。
「いや、登る登らないはともかく、ちょっと見たい」と俺。
「まあ、確かにな……」と司。
「私もタクシーで行っていいかな」と親父。
「もちろんですよ」とおじさん。
そんなわけで怖いもの見たさで暗峠にアタックすることになった。
難波花月から東に向かて自転車で30分ほど、JR枚岡駅のすぐ近く、枚岡神社のすぐわきにその峠の入り口はあった。
「コレって私道?」と司。
いえいえしっかり、国道308号線の標札が…………
どこの町にもあるような、なんてことの無い住宅街の坂道が地獄の入り口だった。
すると親父も到着した。
「全長で2㌔ちょっとなんですよね。私はハイキングがてら歩きでいってみますよ」と親父。
「じゃあ、とりあえず、いってみるかー」と司。
なんだよ、やる気満々じゃん。
しかし、走り始めて100mも立たないうちに「ぴー」と叫びながらあっさりと足を着く司。「なんじゃこりゃ」
走り始めは家が邪魔して坂道の先がよく見えなかったのだが、ちょっと見通しが良くなったと思ったら、壁のようなまっすぐな坂道が…………
誰だ、この道作ったやつは!!ふつうこういう坂に道を作るときは傾斜を緩くするためにグネグネと曲げるだろう。何まっすぐ道ひいちゃってるのさ!!
暗峠とは山肌に沿って一直線に作られた頭の悪い道でした。以上!!
というか、ゴールデンウィークのど真ん中というだけあって、俺達みたいなもの好きの自転車乗りが次から次へとやって来る。
そして、そいつらはみな「ひー」とか「ぎゃー」とか「アレー」などの断末魔をあげながら自転車を止める。
それでもバッチバチのロードの格好をした若い男の人がダンシングでグイグイと俺たちを追い抜いて行ったと思ったら、強烈な檄坂の部分で前輪が持ち上がってひっくり返った。
なんじゃこりゃ。
「神児君、これ、普通に走ったらヤバい奴だ」とおじさん。
「普通に走るってなんですか?」と俺。
「ダンシングはヤバイ。前輪が浮いちゃう。シッティングだ。道をギザギザに走って少しでも傾斜を緩くしよう」
既に司は50m後ろで戦意喪失。
かくいう俺達も何度足を着いたか分からない。
そして一度足を着いてしまうと再び乗り出すのが一苦労。みんなも坂道の途中で自転車乗るの難しいよな。ビンディングペダルだともっと難しいんだぜ!
そして、国道というだけあって、対向車がビュンビュンやって来る。誰だよ、こんな道走るやつは!!ってか、なんで普通に家が建ってるんだここは!!!
そんなあわあわしている俺たちの横を、親父が「お先ー」といいながらえっちらおっちら歩いてゆく。
まあ、ぶっちゃけ、山道だと思えば歩けない道ではない。俺達も自転車置いて歩こうかなと一瞬思ったがビンディングシューズのクリートが邪魔して上手く歩けない。
あきらめて登るか。そんなわけで。少し走っては止まり、少し走っては止まる。
そしたら、意外と司のやつが、ファイナルローでアリのような歩みでシャカシャカ前に進んでいる。いいなートリプルクランクって。
しかし俺は男だ。男だったら男ギア。フロント52-39のスプロケはマックス25でゴリゴリと登っていく。でも、今日だけは乙女でもいいかなーと思いながら。
そうして登り始めて1時間。ぶっちゃけ、歩いた方が速くない?って感じで暗闇峠を制覇(?)したのか???
一体大阪まで来て俺たちは何をやってんのか。
とりあえず最大斜度41%の坂で記念撮影。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663968401036
ああ、やっぱこれ、坂じゃなくて崖だった。
「そんで、あんたら、凝りもしないで今日も一日自転車に乗ってたの?」とあきれて遥。
そのあと、日本橋の自転車屋巡りをした俺達。おじさんも掘り出し物のパーツを見つけてホクホクです。
もちろんおばさんに見つからないようにその場で職場に宅配便で送ってた。
まあ、男同士の秘密の約束って奴ですね。
というわけで、夕飯は遥が「本場のお好み焼きが食べたいと」というので、ホテルのフロントの人に勧められた「風の街」というお好み焼き屋にやって来た。
テーブルの上にある鉄板を使って自分で焼くスタイルのお店なんだけれど、通常のブタ玉も美味しかったのだが俺のおすすめは、断然牛すじねぎ玉だ。
甘辛く煮た牛すじの入ったお好み焼きの中に青ネギをこれでもかとぶち込んで焼く。そして仕上げに、もちもちのうどんを乗っけて鰹節を山ほどかけてそれをまた焼く。
そしてそれをポン酢で食べる。
うっまーーーーーい!!
なにこれ、甘辛い牛すじとしゃきっとへたッとした青ネギにマヨネーズとモチモチのうどん。
一口食べた瞬間にすぐお代わりをした。もういい、今日はこれだけで。
そうはいっても、モダン焼きも自家製キムチねぎ玉も全部美味しい。
ビールが飲みたい。安西先生、オレ、ビールが飲みたいです!!
司もそんな顔をしている。
そしてこれ見よがしでビールをゴキュゴキュ飲んでいる大人たち。
うらやましい目で見てると弥生が、「ねえ、神児君、この牛すじネギ玉って気に入った?」と。
「うん、もちろん」と即答すると、
「これ、もしかしたら、うちでも作れるかも。お母さん大阪の人だから」と。
「マジっすか弥生」と!!
「うん」
「すいません、今度ごちそうしてください。あっ、うどん付きで」
「それ、俺も呼ばれていいかな」と司。
「あっ、だったら私も」と遥。
お前らさー、もっと空気ってもんを考えろよ。
せっかく弥生が俺のことを家によんでるんだぜーと心の中で思いながらも、前の世界でその新婚ほやほやの空気ってやつを毎晩のようにぶち壊していた自分を思い出す。
ああ、なにもいえねー。
そんな感じで、粉ものにまみれた大阪NIGHTが過ぎ去っていく。
そして次の日がちょっとひと悶着。
アルファードに自転車を乗っけて帰るという話だったが、自転車3台は乗せられなかった。
そんなわけで急遽近場の宅配所に行き、自転車を家まで送ることになったのだが……お値段一台一万円なり!!
意外とするんですね。びっくし。
そんなわけで、帰りはおじさんの運転で八王子まで帰ることとなった。
帰りは高速に乗りながらのんびりと優雅に観光できました。
おじさん、どうも、お疲れさまでした。
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