第80話 もんじゃ焼きのもじ蔵

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 俺たちは梅の湯を出た後、そのまま順平の案内で、そのもんじゃ焼き屋に向かった。


 すると、司「遥も呼んでいい?」とみんなに。

「もちろん、もちろん」とみんな。


 遥は俺たちが銭湯に行くと聞いて、先に家に帰っていたのだ。


 司が遥に携帯で連絡すると、「うん、うん」と何か遥と話している。すると、「あのさー、弥生と莉子も合流していいかーって遥が」


「もちろん、もちろん」とみんな。


「場所分かる?うんうん、オッケー、じゃあ後で」司はそう言うと携帯を切って、「もんじゃ焼き屋の前で合流するってー」。



 そんなわけで、順平の言うもんじゃ焼き屋の前に着く。みると看板に大きく「もじ蔵」と毛筆字体で書かれてあった。


「ここ、ここ」と順平。


 すると、店の前に張ってあるポスターには、


「学生様4名以上で1180円、ソフトドリンク飲み放題600円、90分食べ放題」


 と書かれてあった。


 しばらくすると、莉子と弥生と遥も合流。俺たちは「もじ蔵」の中に入っていく。


 時間はまだ夜の7時前とあって店内は幾分余裕があった。


 俺たちはお座敷に通されると、そこには長机に備え付けられた鉄板が。


 店員さんが注文に来ると、司が「全員食べ放題で、ソフトドリンク飲み放題の人は?」と。


 どうやら、全員、食べ放題の飲み放題になった。


 まあ3年生最後の打ち上げだからこのくらいの贅沢はしてもいいか。


 食べ放題のシステムは、明太子もちや豚キムチ、ベビースターなどのもんじゃ焼き36種類と、ブタ玉、牛玉、イカ玉なんかの関西風お好み焼き、6種類、そして焼きそばと焼うどん、計44種類の食べ物が時間一杯頼めるという事だ。


 ちなみに一つの鉄板に4名座っていて、鉄板ごとに2つのメニューが頼めて、食べ終わるころにまた注文が出来るとの事だった。


 じゃあ、という事で、全員が全員、最初は「明太子もち」と「明太子チーズ」のもんじゃ焼きを頼む。


「ここ、一回来てみたかったんだー」と遥。


「うんうん、もんじゃ焼きって、お店で食べたことなかったの」と莉子。


「私、一回、月島いって食べたことあるよ」と弥生。


 そんなわけで、周りが気を使ってくれたのか、俺たちのテーブルには俺と司と遥と弥生が、そしてお子様扱いで、俺と弥生の間に春樹が座っている。


 なんかどうもすみません。まあ、言うっても、すぐ隣には、拓郎以下のいつものメンツがいるんだけれど……


「僕、もんじゃ焼き初めてー、ねぇねぇ、どうやって食べるの?」と春樹。


「えーっと、どうやっるんだっけ?」と俺は司を見る。


「うーん、前に食べたことあったんだけれど、どうやったんだっけー」と司。


 すると、「あのー、よかったら、私作ろうか?」と弥生。


「あ、いいの?」


「うん、このまえ、家族で食べたばっからだから、たぶんできる」と弥生。


「じゃあ、おねがいしまーす」と俺たち。


「えっと、じゃあ、このもんじゃ焼きの具ををそのまま鉄板に」


 弥生はそう言って、もんじゃ焼きの具を鉄板の上に乗っける。


「そっちの方も取って、神児君」


「はい」


 俺は弥生にもう一つのもんじゃの丼を渡す。


 すると弥生はまた同じようにもんじゃ焼きの具だけを鉄板の上にのっける。


 そうしてしばらくの間、弥生はコテを器用に使ってもんじゃの具を炒めていく。


 しばらくすると弥生はコテを器用に使って鉄板の上に土手を作る。


「こうやって、もんじゃが外に漏れないようにしてー」


 見ると鉄板を縁取るように土手が出来上がる。


「へー、」と司。「なるほどなるほどー」と遥。


「これで良しっと」弥生はそう言うとおしぼりでおでこに浮いた汗を拭いた。


 どうも、お疲れ様です。


 それから弥生はもんじゃ焼きのどんぶりに残った汁を、土手を作った鉄板の真ん中に慎重に入れていく。


「うわーい、もんじゃ焼きの湖ができたー」とはしゃぐ春樹。


「そうだねー、もんじゃ焼きの湖みたいだねー」と弥生。そして、「じゃあ、しばらくこのまんま火が通るのを待っててね」と。


 そうしてみんなで、もんじゃ焼きがぐつぐつと煮えていく様子を眺める。


「うーん、いい匂いだねー」と遥。


「そうだねー、お出汁と醤油の香ばしい匂いがするね」と弥生。


 俺達は「ゴクリッ」と生唾を飲み込みながら、もんじゃ焼きが出来上がるのを待ち構える。


 そうこうしているうちに、なんか、見たような感じにもんじゃが整ってきた。


「あー、なんか、これ、見たことあるー」と春樹。


「えーっと、ここら辺のぐつぐついってるところはもう食べれると思うよ」と弥生。


「じゃあ、とりあえず、味見しまーす」と遥。


 こての先にのっけたもんじゃ焼きをふーふと覚まして、


 パクリ……「うん、美味しい」


「マジか」と司。「はやく、はやく」と春樹。


「あ、そうそう、青のりとおかかとマヨネーズを」そう言って弥生はダイナミックに青のりバサー、おかかバサー、マヨネーズどばーってぶちまける。


 なんか鉄板の上が印象派の絵画のようになっている。


 ど真ん中のピンクの明太子が一層そのイメージを際立たせてる。


「はい、お待たせしました、さあ出来上がりだよ」と弥生。


「「「じゃあ、いただきまーす」」」とみんな。


 俺は慎重に、ちっちゃなコテで端っこの方をすくって食べると……「うまっ!!」思わず声が出た。


 いや、美味しいよ。これ。ちょっと多めの青のりとおかかとマヨネーズが絶妙のマッチング。


「なんか、味が薄かったらもんじゃソースかけてみてくださいだって」そう言って、もんじゃソースをみんなの前に見せる弥生。


「うん、ちょうどいい感じじゃないか」と司。


「うまーい弥生」と莉子


「春樹やけどすんなよな」そういってふうふう言いながら春樹に食べさせてくれる司。


 あー、どうもすみません。食べるのに夢中になって。俺がやらないといけないですよね。ソレ。


 明太子とお餅とチーズが混然一体となってスゲー上手い。あれ、もんじゃってこんなにおいしかったっけ。


 しかも食べ放題なのに、どんぶり一つに明太子が一腹しっかり入っている。この糸みたいなのはスルメなのか?


 ともかく、とろろ昆布やスルメや天かすなんかが丼一杯に入っている。こりゃ、うめーわ。


 俺たちがパクパク食べてると、「どんぶりが空いたら、すぐに追加注文しないと時間もったいないよー」と順平。


 なるほどねー。食べ終わった後注文してたらその間の時間無駄だものね。俺たちはもんじゃ焼きを食べながら、「次ナニ頼む?」


「うーん、今度はお好み焼き食べたいわねー」と遥。たしかに、もんじゃがこれだけおいしいなら、この大阪風お好み焼きってどの程度だろう?興味がわく。


「じゃあ、ブタ玉とイカ玉追加でー」と司。


「はーい」と厨房から返事が聞こえた。


 すると、ちょうど、もんじゃ焼きが食べ終わったあたりで、ブタ玉とイカ玉がやって来た。これだったら、俺もできる。


 俺は渡された丼を一緒についてきたスプーンでこれでもかとこねくり回す。確かこうした方が中に空気が入ってふんわりするんだよな。


 司も俺と同じように一生懸命に混ぜている。


「そのくらいでいいんじゃないかな?」と弥生。


「オッケー」俺はそう言うと、油のひいた鉄板の上にブタ玉をのっける。ジュジュジューとおいしそうな音が聞こえる。


 お好み焼きは、前の世界でよく自分で焼いていた。小麦粉って安いし、冷蔵庫の中を整理するときにちょうどいいのだ。


 お好み焼きを上手く焼くコツは、とにかくギリギリまで触らない。そして、しっかりとお好み焼きに壁が出来たら、迷うことなく一気にひっくり返すのだ。


「エイッ」と俺は2つのコテを使ってお好み焼きをひっくり返す。


「お見事」司から合いの手が掛かった。


「あら、上手」と遥。


「うまーい」と弥生と莉子。


 すると、ほぼ同じタイミングであちこちのテーブルから「ぎゃー」だの「しまったー」だの「やっちまったー」だの悲鳴とも思える言葉が聞こえてきた。


 まあ、お好み焼きだ。火が通ったら形が崩れてても美味しく食べれるだろう。


「あら、やだ、美味しい」と遥。


「ふわふわだー」と春樹。


「いやいや、もんじゃも美味しかったけれど、お好み焼きもなかなかだ」と司。


 どれどれ、と食べてみると、ふんわりした生地にキャベツやネギ、それにかんなで削ったようなふわふわのスルメや昆布の旨味が感じられる。


 看板には月島名物と書いてあったけれど、意外や意外、お好み焼きも結構な本格派だ。しかもこれが食べ放題のメニューに入ってるだなんて太っ腹だなこのお店。


 そうなってくると、まだ食べてない焼きそばと焼うどんが気になって来る。とりあえず、俺たちは、お好み焼きを食べながら焼うどんと焼きそばを注文する。


「じゃあ、焼きそばと焼うどんは、この遥様にお任せなさい」とコテを両手に持って張り切り始める遥。


そういや、前の世界ではホットプレートでお好み焼きパーティーによく招待されたっけ。


 すると遥は慣れた手つきで、一つの鉄板で右には焼きそば、左には焼うどんと器用に分けて同時に調理する。


「遥ねーちゃん、じょうずー」と春樹の言葉に気をよくする遥。


 仕上げに焼きそばソースと焼うどんソースを間違わずにかけると、じゅじゅじゅーと美味しいにおいが鉄板の上から湧き上がってくる。


「さあ、たーんとおあがりなさい」と遥。俺たちはそのお言葉に甘えて焼きそばと焼うどんを食べる。うん、どっちもうまい。いいねこの店。


 俺は焼きそばと焼うどんをメロンソーダで流し込む。あー、おいしいなー。


 時計を見るとやっと折り返しの45分だ。周りのテーブルからは、「明太モチもんじゃ追加ー」だの「焼きそば二人前追加ー」だの「ブタ玉とタコ玉追加ー」だの


食力旺盛な八西中サッカー部の面々からの追加オーダーが出まくっている。


 よーし、俺たちも負けてられないやーと思ったら、春樹が「僕お腹いっぱーい」と。


 それに合わせて、遥と莉子と弥生の女子三人衆も「ちょっと、限界かも」、そして司は「俺もこのくらいにしておこうかと」とまさかのオーダーストップ宣言。


「そういや、春樹、あっちに綿菓子器があったぞ、食べに行こうぜ」と司。


「うん、行くー」と春樹。それに合わせて「じゃあ、私も行くわ」と遥。「じゃあ私もー」と莉子。


 気が付くと俺達のテーブルには弥生と俺だけになってしまった。


 えーっとコレって、気を使ってくださったのですか?


 すると弥生が「神児君、もんじゃ焼き食べるでしょ」と弥生が。


「あれ、弥生もお腹いっぱいじゃなかったんだっけ?」と俺。


「まだ少しくらいならまだ食べれるから付き合いますよ。神児君」と。その途端顔をぽっと赤らめる弥生。


 んっ?どうしたんだろ、と思ったら、あー、付き合うって言葉に反応しちゃったのねー。ドンマイ弥生。


「じゃあさ、さっき弥生が作ってくれてスゲー美味しかったから、俺に作り方教えてよ」


「あ、そう、美味しかった?よかったー」とほっとした顔になる弥生。


 そういや、バレンタインデーの後にデートして以来、こうして二人っきりになったことって一度も無かったもんなー。お互い部活とビクトリーズで忙しかったし。


 あえて、予定を付けて一緒に帰るってのも、なんかちょっと照れてしまって、一緒に下校したことすらなかった。


「そういや、神児君、膝の方、どうなの?」と弥生。


「あ、ああ、おかげさまで、すごい順調。4月から本格的にビクトリーズの練習に合流できそう」


「じゃあ、弥生たちと一緒に行けるかもね」


「うん」と俺達。


「私、司君のプレーもすごいと思うけれど、神児君の最後まであきらめないプレーも好きだな」と弥生。


「あ、ありがとう」と俺。そうか、弥生も俺のプレーちゃんと見ててくれたのかと思うと、なんだかちょっと胸がジーンとなってしまった。


「でも、無理だけはしないでね」と弥生。


「あ、ああ、分かってるって」


「ホント、痛かったら、痛いってちゃんと司君や他の人にちゃんといってね」と今まで見たことのないような真剣な表情の弥生。


「あ、ああ、分かった」


「じゃあ、約束して、神児君」


「約束って」


「怪我してるのに無理してサッカーしないって……」


 そういうと弥生は唇をギュッと噛みしめて俯いてしまった。思わず俺はその迫力に気圧されてしまい


「あ、ああ、約束する。怪我してるのに無理してサッカーはしないよ」と約束してしまった。


 途端にホッとした顔になる弥生。


 俺はふと思った。なんで弥生は俺の膝の怪我にこんなに神経質になったのだろう。


 弥生は俺が膝を痛めているのは知ってるけれど、こんなに思い込むようなことではないと思っていたのだが……すると、その時「はい、明太モチもんじゃおまたせしましたー」と店員さんがやって来た。


「お、弥生、来たぞ、追加のもんじゃが」と俺。


「あ、うん、じゃあ、神児君、一緒に作ろっか」と弥生。


 俺たちは二人並んでもんじゃ焼きを焼き始めた。



「いやー、粉ものって食べた後でもどんどんとお腹が膨らんでくなー」と司。


「僕もうおなかパンパンだよー」と司に肩車されている春樹。


「なんか、悪いな、司、肩車かわるよ」と俺。


「気にすんな、気にすんな、好きでやってるんだから」と司。


「司くーん、僕重い?」と心配そうに春樹。


「ぜーんぜん、ぜんぜん、軽い軽い」とその場でスクワットを始める司。そしてきゃっきゃと喜ぶ春樹。


 やっぱこいつは子供好きなんだなと改めて思った。


 最近、太陽君の事を口に出すことは無くなったが、時折、ものすごく寂しそうな顔をしていることに気が付く。


 司が太陽君の事を口に出さなくなったという事は、もう当分この世界から前の世界に戻れなくなったのだろうと覚悟を決めたのかもしれない。


 俺としては司が口を出さない限り、太陽君の事は俺の口からも出さないつもりでいる。


 そして俺の勝手な願いのために司を巻き込んでしまったことももう口に出すつもりはない。


 申し訳ないという気持ちは、一日たりとも忘れたことは無いが、その思いを表に出すことは司に対して失礼なことなのだと思ったからだ。


 この先、どういう風に世界が変わっていくか分からないが、現状で考えうる限りの最善を尽くしていこうと思っている。


 きっとそれが、前の世界の遥や太陽君、そして俺たちみんなに関わってくれた人に無いする最低限の礼儀のような気がしたからだ。


 すると、「そういや、弥生となに話してた」と司。


「ああ、サッカーの事だよ」


「なんだよ、色気ねーなー」と司。


 もしもし、弥生と何か変なことになったら許さないと言ったのはあなたですよ上司。


「ってかさー、弥生のやつ、俺の膝の事、妙に心配してたんだよ」


「お前の膝!?、俺の膝じゃなくってか?」


「ああ、俺の膝の事だ」


 司の膝の事は、おととしのビクトリーズとの決勝戦や、去年のフリッパーズとの試合で弥生たちみんな知っているのは周知の事実なんだけど、俺の膝の事は、皆には「ちょっと調子が悪くって」くらいにしか言ってないから、そんなに深刻に考えているとは思えないのだが……


「うーん、なんでだろう……まあ、心配してくれるってことは悪い事じゃないさ。


 せっかく俺の膝の方が順調に回復してるんだから、この世界で、今度はお前の膝が壊れたなんてことになったら目も当てられないからな。


 まあ、十分にケアしてくれ」と司。


「うん、わかった」と俺。

 

 それでも俺は、あの心配そうな弥生の顔がしばらくの間、脳裏から離れなかったんだ。

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