第78話 3月31日 その1
司の家に戻って時計を見たら、まだ2時前、さてどうしようと思ったところで、
「たまには部活に顔出してみないか?」と司。
そういや、春休みに入ってから全然行ってなかったな。
「部活だったら春樹を連れて行ってもいいだろう。みんな知っているし」と司。
おお、さすが上司。そういうところまでしっかり気が付く。
もっとも司は太り過ぎでビクトリーズでサッカー禁止令が出て以降、最近はリハビリがてら部活にもちょくちょく顔を出している。
俺も学校があるときはビクトリーズの練習が始まる前にはよく顔を出していたのだが……
まあ、良くも悪くもフレンドリーな部活なので、行ったら大歓迎、行かなかったら、ビクトリーズの方が忙しいのだろうくらいにみんな気を使ってくれる。
一応今でも在籍しているのでなんか後ろめたい気がするが、意外とみんなフランクなんです。
そんなわけで、河川敷のグラウンドへ。学校のグラウンドは、今日は野球部が使っている。
春樹を連れてグラウンドに行くと、やってるやってる、先週卒業したはずの三年生も混ざってのミニゲームをやっていた。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663944457243
武ちゃんも、順平も、拓郎も、大輔も、前キャプテンの神谷さんもみんな元気にボールを追っかけていた。
「おー、北里」
最初に気が付いたのは卒業生の大城さんだ。
「お久しぶりでーす」と司。
するとみんなはミニゲームを中断してワイワイと集まって来た。
「おー、春樹ー久しぶりじゃーん」と武ちゃんは春樹を肩車する。
「髪の毛痛ーい」と武ちゃんの坊主頭に手を当てて喜んでいる。
すると、「差し入れくらい持ってきてるわよね」と遥。
「アレ、遥もいたの?」
「ええ、年度末でクラブもないし体がなまっちゃうから混ぜてもらってたの」と自前のジャージで参加している遥。
「すみません、気が利かないもので」俺は素直に謝る。
「ポカリくらい持ってきなさいよ」とぶつぶつ言う遥。「ってか、何やってたの?」
「朝から自転車」と俺と司。
「あんたらも好きねー」と遥。
「ってか、ホントに痩せるんだな。びっくりした」と順平が。
「お腹、へっこんじゃってるー」と司の腹を撫でながら拓郎も。
嬉しそうに腹を突き出す司。
すると、「わー、僕も僕もー」と言って春樹も司のお腹に抱きつく。
これは何かな?新手のアトラクションか何かかな?
「で、どこ行ってたの?」と陸。
「ん?奥多摩」と俺。
「ちょっと100㌔走って1000m登って来た」とドヤ顔の司。
「あいかわらず、スゲーなー」と神谷さん。
俺たちが年明けからあほみたいに自転車に乗りまくっているのを知っている。
これだけ徹底的に自転車トレーニングをするとどういう効果を発揮するのか興味があったみたいだ。
幸い、俺も司も膝が万全ではなかったのでビクトリーズ同様、この部活でも「調子がいい日があったら顔を出せばいいよ」と神谷さんのお墨付きがあったのも大きかった。
「というか、あんたら、そんなに自転車乗って、今日まともに練習できるの?」と遥。まあ確かにごもっともだ。
正直俺もどのくらいできるのかちょっとわからない。
「まあ、それだけ走って来たんなら、今日は無理しないでもいいよ。流す程度で」と神谷さん。
「人数足りてないから立ってるだけでもありがてーや」と大城さん。あっ、お久しぶりです。
「じゃあ、ちょっと、準備運動がてら、そこで春樹と一緒にボール蹴ってます」と司。
「やったー」と春樹。
そんな感じで、ゆるゆるのフットボールが始まった。
「そういや、神児、膝の調子はどうよ?」と武ちゃん。
「いやー、意外と順調」とボールを蹴りながら俺。
そうなのである、意外と順調なのである。前の世界では司ほどではなかったけれど結構重度のオスグットだったのだが、ぶっちゃけ、以前の世界の半分か、それ以下くらいの症状なのだ。
そういや、前の世界ではとにかくビクトリーズのメンバーに置いていかれないようにずーっと無理をしていたし、今ほどボールを蹴らなかったことなど無かったのだ。
毎日が競争でおいていかれないように必死だったのだ。
でも、ちょっと冷静に考えれば13歳だった俺、そんな1年や2年休んで置いていかれても、どうにだって追いつけたのだ。
2度目のこの世界ではその余裕もあってか、昨秋から膝が痛み出したら、司ほどではないが徹底的に膝に負担をかけなかった。
すると、あっけない程に膝の痛みが引いていったのだ。やはり休むという事はトレーニングと同様に重要なことだったのだ。
しかし、ボールを蹴り始めてすぐに分かった。これはヤバイと。
とにかく足の踏ん張りが効かないのだ。さすが奥多摩消費カロリー6500㌔は伊達じゃあなかった。
司もふわふわー、ふわふわー、いるのかいないのかわからないような存在感。こりゃ、失敗だったかな。
それでも、足元に入れば不思議とボールはキープできる。
大輔と拓郎が二人してボールを奪いに来ても、体を入れればどうにかできてしまう。
あれ、俺、こんなにガタイよかったっけかなー……と。
いったん休憩が入ってめいめいで話し合う。あそこのパスは良かっただの、この時はサイドをもっと絞っても良かっただの。
そうして課題を見つけてからまたすぐにミニゲームをするというのがここのチームのやり方だ。
トライ&エラーを繰り返してボトムアップしようというのが司の提案だった。
すると、「ってか、神児、こんなにボールを取りずらかったっけかなー」と拓郎。
「うん、妙に体がゴツイというか、懐が深いというか」と武ちゃん。
そしたら、「あんたら馬鹿ねー」と遥。
「な、なんだよ、遥」?と武ちゃんと拓郎。
「神児、あんたらよりも背がでかくなってんの気付かないの?」と。
「アレ……!?」と武ちゃん。「そうだったっけ!?」と拓郎。
小学生の時はどちらかと言えば中肉中背の俺、クラスでもでっかい方にいた武ちゃんと拓郎には無意識のうちに自分より体格がいいものだと勝手に思い込んでいた。
「ちょっと、待って、ちょっと、待って」と武ちゃん。「背ー比べしよう、せいくらべ!!」と遥に注文する。
「ハイハイハイ、じゃあ、背中合わせで並んでみて」と遥。
「あー、神児の方がでっかくなってるわー」と拓郎。
「じゃあ、俺も俺も」と拓郎。
「うん、神児の方がやっぱ拓郎よりも高いわ」と武ちゃん。
「うわー、ちょっと、ショックだわ」と武ちゃん。「神児には身長では負けるなんて思ってもみなかったから」
「まあ、うちら、成長期だから来月になったらわかんなのねー」といたってのんきな拓郎。
でも、一時かもしれないけれど、武ちゃんや拓郎よりも背が大きくなったってのはなんかうれしい。
なんだろう、この嬉しさは、本能的なところからムクムクと湧き上がってくる。
「じゃあ、体重は体重」と武ちゃん。
「こんなところに体重計は無いわよ」と遥。
「いや、拓郎、持ち比べてくれ、持ち比べて」と武ちゃん。
「はあ、そんなことしても分かんないって」と拓郎。
「でも、一応、一応」と武ちゃん。
しょうがねーなーと思いつつ拓郎にだっこで持ち上げられる俺。あんまり嬉しくない。
「じゃあ、おれおれ」と武ちゃん。見ると武ちゃんを抱っこしている拓郎もあんまり嬉しそうな顔をしてない。
そしてなぜだか武ちゃんが嬉しそうだ。
「うーん……なんとなく、神児」と拓郎。
「うっそだー」と武ちゃん。
「まあ、でも、背がでっかくって体重が重かったら、そりゃ、ボールとりずらいわよね」と遥。
そ、そうなのかなー。
「なっとくいかねー!!」と武ちゃん。
何が納得いかないのやら…………
「この後、銭湯で勝負だ!!」と武ちゃん。「あそこだったら体重計も身長計もあるじゃねーか」
「おおー、そっかー……そういや今年に入ってから、俺も身長計ってなかったわ」と拓郎。
「神谷さーん、練習終わったら、そこの梅の湯行きませんか!?!?」と武ちゃん。
「おお、いいなー、中学最後の練習を銭湯で締めるってのは」と神谷さん。
「えー、そんなこと言わないで明日も来てくださいよー」と大輔。
「いやー、明日からは、高校の方の部活に顔出そうと思っててさ、ほら、一応今日までは中学生じゃん俺たちって」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ、卒業式やったけれど、立場上は3月31日までは中学生なんだよ俺ら」と神谷さん。
「まあ、じゃあ、しゃーない、銭湯で送別会と行きますかー」と2年生の竹原先輩。一応神谷さんから引き継がれたキャプテンだ。
「よーっし、春樹も行こうなー」と武ちゃん。
「えっ、いいの?」と俺
「当然、当然、だって春樹も今日で幼稚園は終わりだもんなー。4月からは小学生だ!!入学祝入学祝」と武ちゃん。
あら、覚えていてくれたんだ。うっれしー。
「じゃあ、俺は入学祝にいちご牛乳おごってやる」と順平が、
「だったら、俺は卒業祝いでフルーフ牛乳おごってやる」と武ちゃんが、
「春樹、お腹壊しちゃうだろうがー」と司。
そんな感じで今日もユルユルの八西中サッカー部なのでした。
でも、いいよな、こういうサッカーとの関わり合いも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます