第55話 赤いウイアーさん その2
体格を見ると、U-15でも、だいぶお釣りが来る司。
のっしのっしと戻ってくると、仲間たちからの手荒い歓迎を受ける。
「すげーぞ、おまえ」
「瞬殺じゃねーか」
「いいぞ、社長」
「ナイス、プレジデント!!」
「愛してる、シャチョサン」
既に、大下監督からのプレジデントの説明もあり、司のニックネームとしてチーム内にも浸透している。
まるで、花道を引き揚げるお相撲さんのようだ。
今にもザブトンが舞い飛びそうな多摩っ子ランドサッカー場。
「ごっつぁんです」って声がここまで聞こえてきそうだ。
そして、センターサークル内に戻ってくると、腰に手を当て、心底疲れたような顔をする。ごっつぁんです。
一方、明らかに、今の判定に納得のいってなさそうな、レッズの皆さん。
さあ、楽しいフットボールの時間ですよ。
では、レッズのキックオフから再開です。
するとキャプテンの関口君は、鬼のような形相で司のすぐ横をドリブルで通過する。
見て見ぬふりをする司。せめて体くらい寄せろよお前。
今の判定の不満をプレーで見返そうとしているんだね。うん、まさにフットボーラーの鏡だ。
守備時は司の頭数が入ってないので一人少ない状態と全く同じのビクトリーズの皆さん。
もし、俺が、あのピッチにいたら、司に怒鳴りつけてやりたくなるけれど、それをぐっとこらえて我慢しているのがひしひしと伝わってくる。
えらいなーみんな。
と、関口君の渾身のシュート。そして、それを横っ飛びで防ぐ南くん。かーっこいいー。
すると、その好プレーをセンターサークル内で見ていた司も拍手する。
てめーは、さっさと、守備に戻れや!!
どうやら、司は疲労回復に集中しているらしく、センターサークルのど真ん中で、微動だにしない。
いまや多摩っ子ランド天然芝サッカー場のモニュメントとなられました。おめでとうございます。
すると、やっとこさ、マイボールにするビクトリーズ。
センターサークルでゆっくりと休んでいた司の足元にボールが入る。
直後、スイッチでも入ったのか、器用にクルッとターンを決めると、ドスドスと司のドリブルが始まった。
翔太も虎太郎も自軍の守備に戻っていて、まだ全然追いついてない。
司は周りのサポートなど必要ないかの如く、単騎でレッズ陣内に攻め込んでゆく。
すると、それを止めようと必死で食らいつくレッズDF陣。
うーん、この光景どっかで見たなーと思ったら、そうか思い出した!
NHKの「ダーウィンが来た!」で見た、はぐれたヌーをジャッカルの集団が追い詰めるシーンだ。
あー、すっきりした。
そしてレッズDF陣は司に何回も振りほどかれても、そのつど起き上がりチャージを掛ける。
しかし、残念なことに、北里司ははぐれたヌーではなく、はぐれたゾーだった。ぱおーん!!
そして、ついにペナルティーエリア5m手前、司の射程圏内に入る。
直後、キャプテンの関口君が「どりゃぁぁー」と言いながら気合のスライディングタックル。
さすがに司といえど、あれだけがっつり足元に入ったら、ぶっ倒れた。
しかし、もちろん、審判からの笛が吹かれ、イエローカードをもらう。
でも、納得のいかない関口君。ボールの方に先に触れたと審判に猛抗議。
そして、司は右足を押さえてピッチの上でゴロゴロと転がりながらもだえ苦しんでいる。
「司、大丈夫!!」と遥と、「ああ、司ちゃん!!」と取り乱す司のかーちゃん。
えっ、なに、こいつ、家では司ちゃんって呼ばれてるの?
ケガをしたかもしれない親友の心配よりも、その親友の数少ない弱点を知れた喜びの方が勝る。
でも、友達甲斐の無い奴だ思わないで欲しい。だってアレ演技だもん。
そもそも左足をチャージされてるのに、なぜ、右足を押さえて痛がってるんだお前。
目のいい審判だったらお前がイエローもらってるぞ!!
そして、あのわざとらしい痛がり方は間違いなくやってます。
伊達にやつとは前の世界を入れると、20年以上の付き合いじゃない。
こっから見ても分かるぞ司。
「大丈夫っすよ、あれ、演技だから」
「ああ、やっぱり」と妙に納得する遥。
「…………たしかに」と落ち着きを取り戻す司のかーちゃん。
なにお前、家でもおんなじ事やってんの?
司はゴロゴロと転がりながら気付かれないようにボールに近づくといつの間にかボールを抱えてゴロゴロと元の位置に戻ってきた。
えっ、何、お前、遂に歩くよりも転がった方が速くなったのか?という俺の心配をよそに、司は横目でまだ抗議し続けている関口君の様子を伺っている。
どうやら、レッズDF陣もキャプテンの抗議を止めるかどうするか迷っているみたいだ。
だって、下手すりゃ、カード2枚で退場だものね、関口君。
すると、司はこっちを見てないことを確認すると、すっくと立ちあがり、ボールをセットして、いきなりシュート。
無警戒のゴールキーパーの脇を抜く弾丸ミドル。
直後、ピピーッと得点を認められるビクトリーズ。
ぶっちゃけ、翔太も虎太郎も何が何だかわからない状態。唯一、その一部始終を真後ろで見ていた健斗。諸手をあげて司に抱きつく。
「おめーすげーよ」と健斗の賞賛の声がここまで聞こえる。
しかし、納得のいかないレッズイレブン。
ものすごい勢いで審判に抗議をすると、それを見越したうえで、審判に見えないように、ロナウドのあのイラっとする、右手の人差し指を突き立ててチョンチョンと振るポーズをする司。
おお、すげー似ている。なにお前、隠れて練習してたの?
それを見ていた関口君。ユニフォームの赤と同じくらい顔を赤くして司に詰め寄ると、いきなり両手でドーンと諸手付き。
思いっきり尻もちをつく司。だらしないぞ、お前が相撲で負けてどうする。
俺が審判だったら、この勝負突き倒しで関口君の勝ちーと勝ち名乗りをあげるのだが、残念なことにこれ、フットボールなんだよねー。
という訳で、非情にもこの時点で2枚目のイエローカードをもらっちゃった関口君は、必死に抵抗を試みるも、仲間に羽交い締めにされながらピッチの外に消えていった。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663838092913
消える間際に「北里ー、テメーのことはゼッテー忘れねーからなー!!」と地獄の赤鬼のような雄叫びをあげる関口君。
いいプレーしてたのになー。惜しいな。残念。
というわけで、前半20分で2-1で逆転して、しかも相手のキャプテンまで退場させてしまう大活躍。
さあ、これから司の独壇場が始まるのかと思いきや、俺も遥も司のかーちゃんもウキウキしながらプレー再開を待っていたのに、既にピッチの上には司の姿は無く……
交代ゾーン脇で、自分で持ってきたであろう酸素ボンベを必死に吸いながら、大の字で横たわってる司がいた。
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