第42話 この夏でいちばん長い日 その3

 すると、後半開始早々、前半あまりいいところが無かった田中君の足元にボールが入る。


 と、田中君、一気にボールを運ぶと急停止からのキックフェイントを、一発、二発、三発、四発、と執念のフェイントを見せる。


 たまらずマークがはがれてしまった、左サイドバックの大輔……えっ、

大輔?


 と思う間もなく、CBの武ちゃんが詰めてくる前に、渾身のインステップキック。


 ドスンと八王子SCのゴールに突き刺さる田中蒼君の衝撃のミドルから後半が始まった。


 そういや、田中君って、まだ小学5年生なんだよね。空恐ろしい、未来のサムライ。


 みると、司が、交代エリアでアクエリ飲みながら休んでやがる。もしかして、今日、もう、試合に出る気ないんですか!!!



 そんな司に気を取られることなく、俺は命令通りに、攻撃時には内に切れ込みゲームメイクに勤しんでいる。


 もっとも、ラッキーなことに後半早々、三苫君も下がってくれたのが大きい。


 やっぱ、三苫君をみながらのゲームメークってちょっと無理ゲーだよ司。


 そんな感じで、テキパキとボール回しを頑張る私。


 と、俺のスルーパスに反応して虎太郎がシュート!!惜しい、ゴールキーパーがはじいたのをDFが懸命に掻きだして、偶然俺の目の前にコロコロコロコロ。


 と、さっきの田中君のミドルに触発されたせいでもあります。


 俺は思いっきり走り込んで、ボールのど真ん中をドーン!!!!


 すっごい手ごたえ(足ごたえ)を感じたボールは、直後ブルンブルンと揺れ始める。


 すると、パンチングしようとしたボールキーパーの拳をすり抜け、ゴールネットにドーン!!!


 蹴った俺すらビビってしまう、年一回あるかないかの超ブレ玉シュート。


 敵も味方もみんなあんぐり。そして打った俺自身もあんぐりのシュートで4-3。


 まだまだ、試合は続きます!!



「交代」「交代」「交代」「交代」


 双方のチームとも次々と交代のカードが切られ続ける。

 

 ピッチ上の温度は既に33度を超えている。気を利かせた保護者の方々が、双方の交代エリアのすぐ後ろに、ビニールプールを用意してくれている。


 交代で戻ってきた選手はとりあえず、プールの水を頭からかぶってクールダウン。


 なかには、スパイク脱いでユニフォームのままプールに飛び込む輩もいる。


 でも、この暑さと、このインテンシティーの激しい試合。文句を言う人間は誰もいない。クライマーさんもホース片手にピッチを左右に縦横無尽。


「ボーイズ、ネッチュウショウダケニハ ナラナイデクダサイネー」と声を出し続けている。


 クライマーさんこそ、熱中症には気を付け下さいね。


 すると、横森監督も、試合の指示そっちのけで、ホース片手にウォーターミストを掛け回っている。なんか本当にご苦労様です。


 ふつう、このくらいの暑さの中の試合だと、ある程度はだらけるのは仕方がない事なのに、両チームとも、試合開始直後から全力でぶつかり合っている。


 競馬で言うところの完璧に掛かってしまった状態だ。


 双方の誰もがブレーキをかけることなく、暴走列車は進んでいく。


 そして、ついに、後半15分、途中から入ってきた三苫君の超特急ドリブルを、スライディングでカットに成功。


「よっしゃー」と声高々に拳を上げる俺。もしかして、さっきゴール決めた時よりもうれしいかも。


 そして、俺のスライディングに本気になって悔しがってくれる未来の日本代表。正直俺はそれが見れて、今日一番うれしかったかも。


「やったなー、神児ー」と司も喜んでくれた。


 直後、川崎スローイングで再開する、すると、また三苫君にボールが渡ると1対1の状況になる。


 何度だって止めてやるぜ、来い、三苫郁(みとまいく)と思ったところで、後ろから走り込んできた三芳君におしゃれなアウトサイドパス。


 ちょっとそれ、聞いてないよー!!!


 と、そこからのワンツーで完璧に崩されてしまった、左サイド。


 必死に戻っては見たが、最後は再び三苫君から田中君へのおしゃれなアウトサイドパスでゴール……ありゃりゃりゃりゃ、気が付けば、5-3になっちゃった。

 

 このままだったら、この前とおんなじスコアの6-3になりそうだ。


 ビクトリーズの助っ人たちに一瞬嫌な記憶が過ったところで、ここで、満を持しての、翔太と司が戻ってきた。


 いっきにピッチに活気が戻る、八王子SC連合軍。


 ハーフタイムからの休養をゆっくりとった翔太の独壇場がここから始まった。


 中央で、ボールを持つと、一人引き連れ、二人引きつれ、マークを三人引き連れたところで、虎太郎にパス。


 GKとの1対1を難なく決めて、5-4と追いすがる。


 完璧にゲームの流れがこっちに来た。


 すると、今度も鬼気迫る形相で、翔太はビクトリーズの左サイドを突破する。


 三人がだめなら四人でどうだ!!と完璧にムキになっている川崎フリッパーズ。すると翔太は、絶妙なタイミングでノールックのヒールパス。


 そしてそこにはドフリーの司。


 パスをもらった場所は、必殺の、ペナルティーエリア左45度のデルピエーロゾーン。


 司は一瞬の迷いもなく、右足を振りぬくと、インフロントに掛かったボールは激しく曲がって反対側のサイドネットにドスン。


 相手GK一歩も動けずの、司のゴラッソでついに川崎フリッパーズに並んだ。スコアはもちろん5-5です。


 そこからは、互いに死闘の繰り返し。


 次々と繰り出されるカード。


 もう、拓郎も大輔も真人もビビっている場合じゃない。


 お互いに死に物狂いにボールを追っかけて、気が付いたら、後半終了のホイッスルが鳴った。


 八王子SC(with ビクトリーズ)対川崎フリッパーズの前後半の試合結果は5-5の引き分けとなりました。


 しかし、誰一人悔しがる選手はいなかった。全員が全員、全力を振り絞ったのだ。


 俺たち全員、交代エリアに戻ると、CBの武ちゃんが声を上げる。


 「延長戦で、勝ち越しだー!!!」と、


 おまけの3本目が始まった。


 ギャフン。

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