第43話 この夏でいちばん長い日 その4

 俺たちもやる気満々、試合始まる前まで、ビビっていた八王子SCのみんなも目がギンギンにきまっちゃってます。


 一方の川崎フリッパーズの皆さんも、あっちのベンチでテンションがクライマックス状態。


 いったいどこまで行ってしまうのか……とおもったところで、向こうの鬼本監督が、やってきた。


 そして、ちょっと、オーバーペース気味なので、一旦ここで休憩に入って午後にしませんかとの提案。



 うちの監督もクライマーコーチも冷静になったのか、このままだったらけが人が出かねない状況に向こうの提案を了承。


 という事で、両軍入り混じっての、木陰で昼食タイムという事になった。


 とりあえず、ここで、全員、パンツ一枚になってのシャワータイム。もっとも唯一の紅一点の遥だけはオンボロプレハブでシャワーを浴びてくる。


 とりあえず、ほてった体に、水道の水が気持ちいい。水しぶきに日の光が反射して、俺たちは虹の中で敵味方関係なくシャワーを浴びる。


 すると、敵のキャプテンである三芳君が話しかけてきた。


「ってか、助っ人って誰かと思ったら、ビクトリーズの主力って反則じゃない!!!」


「あ、ばれてた?」と健斗。


「ばれないでかっ!!中島翔太がいるんだから」


「そりゃ、そうだー」とゲラゲラ笑う。


「ってか、東京都予選の決勝戦のいいとこどりメンバーって、それ実質東京都選抜じゃないの?」と三苫君が言う。


「まあ、堅いこと言うなよ、優勝したんだから」


「でも、そっちにも得点王がいるんだぜー」


「まあ、どっちもどっちだよ」


 そんな和気あいあいな会話が続く。


 すっかりクールダウンすると、また、川崎さんから、今度はアイスの差し入れが来た。


「うっひょーガリガリくんだ、ガリガリくん。いったい川崎ってどんだけスポンサーがあるんだよ」と順平。


「うちも、こういう、おいしいスポンサーないかなー」と物欲しそうな顔の大輔。

 

 木陰の下で敵味方関係なく、夏休み最後の一日が過ぎてゆく。


 ああ、太陽がいっぱいいっぱいだ。


 そして、ようやくのお昼タイムとなる。


 と、そこで、司のお父さんとお母さんが両手いっぱいの風呂敷包にくるんだお重をもって現れた。


「ひゃっほー」とその中身を知っている八王子SCのメンバーが大声を上げる。


 なんのことかわからない、ビクトリーズのメンバーと川崎フリッパーズの面々。


 すると、「今日は夏休み最後の試合と聞きましたので、うちの学校のスクール生にも協力していただいて、差し入れを持ってきました」と司の母さん。


「おおおおおー」とようやくここに来て、食べ物の差し入れと理解した、ビクトリーズとフリッパーズの選手。


 そんな声をよそに次々とお重が開かれていく。


 一つ目のお重は、あふれんばかりのフライドチキン。ガーリックの香りがたまらない。


 二つ目のお重は、コロッケの詰め合わせ。これは俺の大好物のカニクリームコロッケかな?形が違うのもたくさん入っているからいろんな種類があるんだろう。


 三つ目のお重はローストビーフ。「すごーい!!」とあちこちから声が上がる始末。しかも念には念を押して保冷材でしっかりお重の周りを冷やしている。さすが料理学校の先生だ。衛生面でも抜かりがない。


 四つ目のお重には肉団子にエビチリにシュウマイと中華が……


 もう後は、量が多すぎて、うまく説明が出来ません。


「もちろん、おうちの人が作ってくれたお弁当を残さないでしっかり食べて、それでも足りない人はどうぞ」としっかりと押さえるところを押さえてから、みんなに料理を進める司の母ちゃん。


 大丈夫、成長期のアスリートの胃袋を舐めてもらっては困ります。


 すると、川崎さんも負けじと、フルーツの盛り合わせがガンガン運ばれてくる。


 いつの間にか八王子総合グランドのピッチの上はガーデンパーティーの様相を呈してきた。 


 食うものしっかり食って、休むだけ休んで、しっかりと、気分をリフレッシュして、さあ、決着の三本目が始まる。


 ふと、足元をみると、芝生の上で翔太が心地よさそうにすやすや眠っている。


 おい、翔太、ちょっと起きろよ!!


 温度計を見ると、気温は、35度、さすがにこの暑さで、サッカーするのはいかがなものかと、両方の監督が話し合っている。


 それに今日は、夏休み最後の一日だし…………というわけで、三本目は今度に持ち越し。


 このまま、昼休みを続けてもよし。保護者の方々が準備したビニールプールで遊ぶもよし、もちろん、サッカーの練習をしてもよし。


 という、自由時間に変更した。


 最初のうちは、みんな、プールで涼んだり、ホースのシャワーで遊んだりしてたのだが、しかしそこは小学生でもフットボーラーのDNAを持った者たち。


 誰か一人が、ボールを蹴り始めると、途端にその周りに人が集まり、ミニゲームが始まっていく。


 しかも、そこには、すでにこの年代で全国区になった有名な選手が何人もいる。


 気が付けば、三苫君や翔太のドリブルを1対1で止めてみようだの、司の左45度のシュートを止めてみようだの、俺や田中君のミドルシュートを受けてみようだののゲームが始まる。


 そして、少し経つと、ビブスを着てのミニゲームが始まる。


 やはり、誰もが、三苫君や、翔太や、健斗と一緒にプレーしてみたくてしょうがなかったみたいだ。


 もちろんそこには司も加わる。司のベルベットパスやインサイドパスの精度に驚く川崎の選手達。


 もっとも、もとをただせば、川崎の選手達からフィードバックされた理論を、後年、司が研修で得た物なんだが……

 

 そうして気が付けば、誰も彼もが、ボールを追っかけていたのだ。 


 日が段々と傾いてきた。


 そろそろ夏休みの最後の1日が終わる。


 それでも、誰一人としてボールを追うのを止めない。


 きっとそれは、みんなフットボールが狂おしい程に好きだからだ。


 俺も、司も、翔太も、遥も、この、ただ、ボールを足でけるだけの、地球上で最もシンプルな球技が、なによりも好きなのだ。


 その日、俺たちは、一分一秒を惜しむかのように、夏休みの最後の1日を味わった。


 ピッチを通り過ぎる風が時折、秋の匂いを運んでくる。


 夏が終わる。


 もう二度と訪れないと思った2008年の二度目の夏が終わる。


 もう二度と一緒にプレーすることは無いと思っていた司との夏が終わる。


 ふと、ピッチサイドを見ると、横森監督と鬼本監督が何か話し合っている。


 きっと今度の練習試合の日程を確認しているのだろう。


 今日のフリッパーズとの試合は終わりではなく、ここから始まるのだ。


 過ぎゆく夏を惜しみつつ、今度やって来る秋をもう心待ちにしている俺がいる。


 だって、しょうがないじゃないか、ヨーロッパでは新しいフットボールの季節は秋から始まるのだから。


 一つの季節が終わり、そして新しい季節(シーズン)が始まる。


 司との一緒に過ごす新しいシーズンは、一体どんな発見があるのだろう。


 新しいチーム?


 新しい仲間?


 それらのことを想像すると、胸のときめきが止まらない。


 俺は、司から渡されたボールを足元でしっかりとトラップしてから、左足を思いっきり振りぬいた。


 

 フットボールのギフト 第一章 (終)


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