第32話 限りなく透明に近いサックスブルー
「あー、司君、司君、お待たせ、橋田さんから言われていたビデオだよ」
そう言って、監督室のソファーに俺と司を招く林監督。
見ると、モニターには既にDVDがセットされてある。
「ああ、どうもすみません。あの、いきなり自己紹介で、なんか、あんなこといっちゃって……」
司は殊勲に頭を下げる。
「んー、いやいや、いいの、いいの、あの子達、まだ、あの敗戦のショックから立ち直れてないというか、受け入れられてない感じだから」
そう、立ち直れてないというか、受け入れられてないといった感じが一番ぴったし来る。
そこまでわかってんなら、それなりのやりようがあるってものなのに……
どうやら、司も同じことを考えているようだ。
まあ、それよりも今はお目当てのDVDを見なくっちゃ……って、ビクトリーズ対フリッパーズの試合よ。そんないかがわしいものじゃないからね!!
そんなことを考えてたら、司がさっさと再生ボタンを押した。
画面にはいきなりのビクトリーズのフォーメーションが映る。
いいなー地上波、俺も昔は何度かは映ったことがあるんだけれど、ここ最近はとんとご無沙汰だ。
さてさて、ビクトリーズは、3-2-2のボックスで、健斗がDFラインの真ん中で両サイドが翔太と虎太郎とかいうあの足の速い選手か。
まあ、うちらの時と同じだね。これが今のビクトリーズのベストメンバーって奴だ。
で、一方のフリッパーズはと……おおお、なんとなく面影あるある。
2-3-2だね、川崎は。で、DFの一人が例の板谷で、トップ下が三芳、FWの両サイドが三苫と田中かぁー……えっぐいなー。
司の方を見ると、さすがに顔を引きつらせている。
ってかさ、16人のうち6人が将来の日本代表って、ヤバくない、この試合。
まあ、当の本人たちはそんなこと思っても無いだろうけれど、将来お宝映像になること間違いなしだろ、これ……。
と、そんなことを見てたら、開始3分、あっさり翔太が点をとってんじゃん。
「あいかわらず、えぐいな、奴のダブルタッチ」
「まあ、初見じゃ止めんの無理だもんアレ」
「そりゃそうだよな、お前、遊びの時でも抜かれまくりじゃん、頼むぜ、右サイドバック」
はいどうもすみません。
と、今度は川崎の攻撃か……って、はっや、ナニコレ、三苫君、今と全然変わんないじゃん。
「はっやー」とさすがに司もあきれている。
分かっていても健斗が対応しきれず抜かれちゃったよ、オイ……というわけで、開始5分で1-1随分とまあ、随分と出入りの激しいゲームですこと。
と、ここで、健斗が三苫に2枚付けてきた。
「まあ、1枚で止められないなら2枚っていってもねー」
「三苫に2枚かー」司もあんまり、いい顔していない。まあ、これは全盛期の川崎の攻撃を嫌ってほど見てきた俺たちだから言えるのかなー。
と三苫が引き付けて、おしゃれなアウトサイドで対角の田中にセクシーパス。
ノーマークの田中君、苦も無く決めて2点目、開始8分で2-1か……。
ってか、三苫君、この当時からアウトサイドのパスお上手なのねー。
あーあ、健斗が悔しがってる、こちらを立てればあちらが立たないって奴だ。
しかも8人制だと人数少ないからきっついなー。
しかもこの展開の既視感たるや……ここ数年で繰り返されてきた川崎劇場がこの時代に始まってただなんて……
名だたるJのクラブが次々と生贄になるあの惨状。3-0、4-0あたりまえ、ちょっと気を抜くと5-0,6-0なんてスコアもあった。
しかも下位のクラブではなく、上位同士の争いでこんな展開になっちゃうんだから。
俺なんか、未だに去年の名古屋との2戦連続の首位決戦で、開始10分で終わらせちゃった試合おぼえてるからなー。
この当時からあのDNAはあったんだーなんて思っていたら、今度は三苫と田中にマークか…………すると、今度は案の定、三芳君に好き勝手にやられてシュート、キーパーなんとか弾くけれど、最後は三苫君が詰めて3-1。
って、えーっと、コレ、ビクトリーズ、何点取られるの?
「司、知ってる?」と聞いてみたけど、首を振る司。ちなみに今、前半13分。
と、今度はビクトリーズのターンだ。おっし、虎太郎がんばれ、フリッパーズの右サイドを突破する6番……と思ったら、板谷が付いて、ボール取っちゃったよ……まじかー。
まあ、虎太郎とかいう選手、足は速いけれど、足元はそんなだからなー。足の速いDFに体入れられるときついわな。ってかここまで足速いDFなかなかいないだろ。
おう、健斗が中盤に上がってきた。で、翔太との連携で何とか突破口って奴か……って、三苫と田中のダブルチームでプレス掛けてきた。
やるねー、おお、翔太がんばれ、よし、よし、よし、おおおおおおー、翔太2点目、ドッペルバックおめでとー
前半18分3-2か。
と、前半アディショナルタイム。ここで、三苫を止められなくてファール……で川崎のセットプレーか……………………ヘディング高っ!
板谷さんナイスヘッド。2-4。
ここで、前半終了。
「どうよ、司」
「……きっびしーなー。まあ、三苫と田中が怖いのは分かるけれど、DFライン下げ過ぎだよなー。気合入れてオフサイドトラップ仕掛けてみればいいのに」
「いやいや、司、そんなん小学生で出来るの、お前かキャプ翼の三杉君くらいよ」
「んなわけ、ねーだろー」
そう言いながら、司は早送りを押した。
後半に続く!!
というわけで、後半開始です。
メンバーは前半開始と一緒かー、「どうっすか、司さん?」
「フリッパーズはともかく、ビクトリーズはこれでやられてるんだから、何らかのアクションは欲しいだろ」司は八王子SCのアナリストの顔で言う。
「ですよねー」と俺。
あらあら、三苫君ずいぶんとサイドに開いちゃって。
で、そこにマンツーマンなんか付けちゃうもんだから、三苫君が広げたスペースに三芳君が突っ込んできて、ゴラッソ!!
「後半3分で、5-2かー」
「まあ、去年よく見た光景だよねー」
「ああ、こっから奴ら、容赦ねーんだよなー」
「あーあ、今度は田中君に好き勝手にされちゃってんじゃん」
「そういや、田中って俺たちの一つ下だよな。小5でこれかー、やばいね」
「うん、ヤバイってか、髪型が三苫君と一緒なんで重なるとよーわかんねーなー」
「うんうん」
「って、おおおー、健斗、やけくそのオーバーラップ」
「いけいけー」
「って、板谷君、強っ……大丈夫か健斗、起き上がれる?」
「あーあー、ここで健斗が交代かー」
「これ、やっばくない?」
「あー、翔太がんばってんなー」
「でも、翔太がここにいてもこわくないんだよなー」
「うんうん」
「おっ、健斗が帰ってきたがんばれー」
「って、ここで三苫君まだ来るんだ」
「うわーすげーゴリゴリだー」
「あーあーあーあー」
ペナルティーエリア内で3人ぶち抜いてシュート。
この前のオーストラリア戦見てるかのようです。
おめでとうワールドカップ出場。
後半18分、6-2
って、ここで三苫君、お役御免で交代。おつかれー
「田中君、ここで、こぼれ球シュート、えっぐ、でも、ナイスキーパー」
「ここは意地だよなー。負けてるとはいえ、最後まであきらめちゃだめだろ」
「ああ、ここで、心折れちゃったら、次戦う時なめられんぞ」
「さすがわかってるー司」
「ったりめーだろ。誰だと思ってんだ、司さんだぞ」
「いやー、ジャケット無いんで、分かんないよ、ソレ」
「後半アディショナルタイム残り2分かー」
「これで終わりかなー、みんなばてちゃってるし」
「おおお、翔太だけまだあきらめてない。ナイスプレスガンバレ!!」
「お、ナイスカット、行けるか、行けるか、イッター!!!!」
「おおおおおー、なに、翔太の奴、ハットトリックやってんじゃん」
「やっぱすげーなーあいつ。うわ、叫んでるよ、で、ボールを取って走ってるけれど……」
「ここで笛かー」
6-3のダブルスコア……そして意外や意外、翔太ハットトリックで得点王ゲットです。
「なんだよ、あいつ、得点王取ったって、自慢すりゃよかったのに」
「それ以上に負けたことがショックだったんでしょ」
「まあねー」
「…………」
と、その時、ドアが開いて林監督がやってきた。
「司君、神児君、見終わった?」
「ああ、ハイ」
そう言って、司はDVDの電源を消した。
グラウンドに戻ると、健斗たちが3対3のミニゲームをしてた。マーカーでエリアを囲って、小さなスペースでのゲームか。
狭いエリアでプレーするためには正確なパスとトラップが必要とされる。
「おつかれー」と司。
憮然とした表情の健斗。そりゃ、そうだよ、俺だってそうなるよ。
すると…………「タイム」と言って、健斗がプレーを止めた。
そして、こっちの方へズンズン歩いてくる。
やだよ、いきなり喧嘩だなんて、こっちに来て早々……と思ったら、司の前で立ち止まり、
「どうだ、見たかよ」と健斗。
「ああ、見たよ。つえーな、川崎」とあきれた様子の司。
「だろー!!あんなのどうすんだよ!!」と健斗。どうやら、なんやかんや言って、司からアドバイスをもらいたいらしい。
「どうすんだよって、ライン上げろよ」とさも当たり前のように司。
「…………えっ?」
「あんなにライン下げやがって、三苫がスピード乗ったら手が付けらんなくなるの、お前だって分かるだろう」
「た……たしかに」
「スピード上げる前に当たるんだよ。お前ディフェンダーだろ。ディフェンダーがドリブラーびびってどうすんだよ」
ああ、同じDFとして耳が痛い……
「ほ、他には……」ツンケンしながらも司からのアドバイスが欲しいみたい。ツンデレだ、ツンデレ。
「お前、引き算できる?」
「ひっ……引き算って、人のこと馬鹿にしてんのか?」
「じゃあ、7-2はいくつだよ」
「5にきまってんだよ」
「三苫に2人付けて、残り5人でどうやって守るんだよ。田中ドフリーじゃねーか!!!」
顔を真っ赤にして何も言えない三岳君。可哀そうに……
あれこれやっているうちにどんどんと人が集まってきた。
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ、三苫を!!」
「ってか、監督からの指示なんかあった?」
「い……いや、別に」
そこで司はチラッと林監督が近くにいないのを確認して、
「そもそも、フォーメーションが悪い。川崎相手に3-2-2とか少しは考えろ。前後半おんなじフォーメーションしやがって」
「なになに、何の話?」と健斗とコンビを組んでいる背番号4の近藤君。
今度からちゃんと名前いうね。
「フリッパーズ戦の振り返り、フォーメーションが悪いとか言いやがったよ、こいつ」
「ふーん……じゃあ、司君だっけ?どうすんの?」
興味津々って感じで聞いてくる近藤君。うん、君はきっといい奴だね。
「2-3-2」
「2-3-2って、DF減ってんじゃねーか」と健斗。
「アホ、守備時の時はMFの両サイドが下がってDF4枚、で、FWが2枚下がって4-3のブロックをひくんだよ」
「ほー、なるほどねー」
司がグラウンドに図を描いて説明する。
「で、三苫が攻めてきたら、対角の翔太を上げて、田中が責めてきたら、対角の虎太郎を上げてカウンターに備える。
そうすりゃ、川崎のDF陣もおいそれと前に来れないだろ。分かってるか、健斗?
三苫に攻め込まれているときことごとくDFにセカンドボール拾われてたぞ」
「…………マジか」
「じゃ、じゃあ、お前の言う風に行ってたら勝てるんだな」と健斗。なんやかんやで司のことは認めているみたいだ。
まあ、俺だって、これだけ具体的に対策を提示されたら、認めざるを得ないよ。
「んなわけねーだろ、これだけやって、せいぜい3割がいいところだ」
「なっ、なっ、なんだよ、それ!!」と健斗。
「でも、ビデオの試合みたいにノープランだったら、またダブルスコアで負けるぞ」と司。
もう、ぐうの音も出ない。少しは逃げ道つくっといてあげましょうよー司君。
「まあ、10に1つが、10に3つになるんだ。勝率が3倍になったと考えりゃ、なかなかのもんだろ」
「た……たしかに……」と虎太郎。
「じゃ、じゃあ、どうやったら、川崎に勝てるのさ、司君」と翔太が初めて口を開いた。
すると、司がニヤリと笑って、
「そりゃ、お前が、あほみたいに点取ってくれれば勝てるさ」と言った。
それにつられて、周りもゲラゲラと笑う。
そしたら、司が、「ハットトリックと得点王、おめでとう翔太」
そう言って、翔太の手を握って握手をした。
すると…………
「あ、あ、ありがとう、司君。僕がんばったんだよ」そういって翔太はポロポロと涙をこぼした。
「おい、翔太、泣くの2週間遅せーよ」
司が言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます