第6話 スポーツバー gift その2

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「そうすれば、ドイツにも勝てるんですか?」


 柱の陰から気弱そうな男性客がそう言った。司の戦略に一縷の望みを託したいみたいだ。


「まあ、いいとこ、これで40%ってとこだな」


「えっ、何がですか?」


「勝率だよ」さも当たり前のように言う。


「えええー」

 明らかに失望した声が漏れる。


「当たり前だろ、ドイツ舐めんな!!でも、何もしなかったら、いいとこ20%だぞ」

 

 そう言って指を2本立てると、司はテキーラをグビリ、辺りににらみを効かせる。


 誰も何も言えない。静寂が店内を包み込む。


「でも、まあ、やれるだけのことをやるのは、代表の使命だよな。人事を尽くすことが大切だ。そうすれば2011年のなでしこのようにフットボールの神様が微笑んでくださるかもしれない。だろ?少なくともあの時の決勝戦よりは勝ち目がある」

 そういって、司はニヤリと笑った。


 周囲はこれまでとは明らかに違った空気になった。


 そうだな、40回以上戦って未だに1回しか勝ってないアメリカ相手に、そのたった1回をワールドカップの決勝で成し遂げたんだ。


 なでしこにできたものが俺たちにできないわけがない。


「でも、ベスト16にしかなったことがない日本が、優勝4回のドイツやスペインと闘わなければならないだなんて……きつすぎるよ」


 客の誰かが言った。


 その途端、ターンッ!!とテキーラのグラスを木のテーブルに叩きつける。


「勘違いすんな、我々は既にワールドカップで優勝を成し遂げている国だ。それともなにか、女子のドイツでの優勝は勘定に入らないとでも言うのか?」


 その客はしまったと言った顔をした。


 昨シーズンまで司は女子チームのコーチも兼任していたことを知らなかったみたいだ。


 特に今みたいに、なでしこの成果をないがしろにして言われることが我慢ならないらしい。


「2011年のワールドカップ、我々日本は、決勝トーナメントの舞台でドイツに勝っているんだ。女子にできたものが男子にできない訳がない」


 司はそう言うと、テキーラを掲げる。


 それにつられるように、バーの客たちも歓喜の祝杯を挙げる。


 そして誰からともなく「アイーダ」の歌声が…………


 確かに司はモチベーターとしての才能もあると思うけれど、お前、なんか宗教でも起こすんじゃないのか?俺はちょっと心配になってきたぞ。

 

 そんな司を見て俺は思わずつぶやいた。


「もし司が日本にいたらドイツもスペインも怖くなんかなかった」と…………


 確かな戦術眼と圧倒的なテクニック。


 結局J3の舞台で幕を閉じた俺の選手生命だったが、それでも天皇杯や練習試合で現役の日本代表と戦ったことだってあるんだ。


 フィジカルはともかくテクニックや戦術眼、そしてメンタルの強さでも15歳当時のお前は今の日本のトップとなんら遜色はなかった。


 お前がもしあのまま順調に選手のキャリアを積んでいたら、この国のフットボールシーンは明らかに変わってたはずだったんだ。


 だってそうだろ、15歳のあの日まで、八王子のサッカー小僧の称号はあの中島翔太ではなくお前のものだったんだから……


 翔太の奴が代表の10を背負ってたんだ、お前が背負っていたって不思議ではない。俺は今でも胸を張って言える。フットボーラーとして北里司はあの代表で10番を背負っていた中島翔太よりも上だと。


 それなのに、翔太のあほタレ、この一番大切な時期に膝をやっちまうだなんて、お前も司並みに運がないな。いやまだW杯まで半年はある。俺たちのチームメイトの出世頭としてさっさと代表に戻って来てくれ。頼むぞ翔太。


 あと、それから、代表の10番もらってうれしいのは分かるが、自軍ゴール前でリフティングはするな。アレを見た瞬間、俺も司も頭抱えちまったぞ、大丈夫かお前!!


 アレ、司の紹介しているはずが、いつの間にかお前の話になっちまった。まあ、いいや、ともかく2年ぶりのゴールおめでとう。


 ウェルカムバック、中島翔太。

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