第5話 スポーツバー gift その1
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俺達は、はちろくでの慰労会を引き上げ、司と二人、近所のスポーツバーに河岸を変えた。
今日は二人きりでゆっくりと積もる話でもしようと思ったのだが、どうやら場所も日も悪かったみたいだ。
カウンターやテーブルのそこかしこで今度のワールドカップについてめいめいが話し合っている。
いつからこの街はこんなにもサッカー馬鹿が増えたのだろうか。明日は土曜日とはいえ、この町の行く末がちょっと心配になってきた。
「そういや、あいつ、大丈夫だったか?」
先程の『はちろく』で司に命令されて、てんこ盛りのから揚げを食べきって腹パンパンにしながら帰っていった洋平を心配する。
「大丈夫だろ、あいつこの前、二郎を完食したって自慢してたくらいだから」
「へー、あの年で二郎を完食したのか、スゲーな」
二郎と言えば言わずもがな、あのてんこ盛りラーメンの店だ。現役のアスリートだって残してしまう代物なのによくあの年で完食できたもんだ。
「フットボールのテクニックではどうかわからないが、食欲に関してはあいつに完敗だ」そう言うと、嬉しそうにハイボールを煽る司。
「なんか、嬉しそうだな」
「ん?そんなことないさ」と言いつつも、まんざらではない表情を浮かべている司。
時折、俺でさえドキッとしてしまうほど、洋平はあの頃の司に本当によく似ている。
何気ないインサイドキックのフォームやプレイの選択肢など、司のことを一番間近で見ていた俺が言うのだから間違いない。
それだけに、司が洋平のことを目に掛けているのが伝わってくる。
もっともフットボールに関しては超の付く程ドSな司に目を掛けられて、洋平自身はどう思っているのかは謎なのだが……
と、その時、店内からどよめきが起こった。
備え付けられたモニターを見ると、民族衣装を身にまとったFIFAの役員がポット1に入ったボールを引き始めた。
どうやらW杯の組み合わせが始まったらしい。
A組カタール、B組イングランド、C組アルゼンチン、D組フランス、E組スペイン、F組ベルギー、H組ポルトガル。
店内からは、おしゃべりが無くなりみんながみんなモニターを見入っていた。
次はポット2だ。
A組オランダ。途端店内にどよめきが起こる。
「これ、開催国のメリットねーじゃん」
「よりによってオランダかよ」
カタールの引きの弱さに同情の声が上がる店内。
B組はアメリカ。
「あー、アメリカ嫌だなー」
「ああいう、フィジカルゴリゴリでくるチームはどうもねー」
まるでこの組に日本が入るかのような感想だ。
C組はメキシコ。
「…………メキシコがポット2かよ」
「どっちもどっちか」
ここにきてワールドカップの現実と言うものを理解し始めるお客達。
D組はデンマーク、そしてE組にドイツ!!
途端にガタッと椅子から何人の客が立ち上がった。
「ここにドイツ!!」
「ポット2にドイツって罰ゲームかよ」
店内に不穏な空気が流れ始める。ここにきて楽な組などどこにもないと理解したのだ。
G組にスイス、そしてF組にウルグアイ。
ふーっと店内にため息が満ちてゆく。
さあ、いよいよ我が日本が含まれるポット3の抽選だ。
A組にセネガル、
B組にイラン、
C組にポーランド、
D組にチュニジア、
そしてE組には……見慣れたライジングサンのマークの付いたボールが……
「日本はドイツとスペインとの同組になりました」
気の抜けたようなアナウンサーの声がモニターから流れる。
その瞬間、ベスト8の目標も、ワールドカップの出場権を獲得した喜びも、どこか遠くに消し飛んでしまった。
ワールドカップのグループリーグで、ドイツとスペインに闘わなくてはならない現実に、まだこの店の誰もが理解に追いついてないみたいだ。
一瞬の静寂の後、どこからともなく「おい、マジかよ」、「ドイツだけじゃなくってスペインって」、「それでも、フランスやブラジルに当たるよりは……」
どんよりとした空気が支配する。
しかしそんな中、一人だけ空気を読まない客が…………
「おーい、マスター、テキーラショットで!!」
深酒のため目の座った司がマスターに注文した。
すると、なぜだか、テキーラがなみなみとつがれたショットグラスが二つ、俺たちのテーブルに置かれた。
「おや、これは何ですか?」俺は俺の目の前に置かれたテキーラを指さす。
「おい、神児、お前、俺の酒飲めないっていうのか」司はドスを利かせた声で俺にそう言う。
あー、コレ、ヤバい奴だ。ってか、司、お前そういうキャラだったのか?
正直、二十歳を過ぎてから酒を飲む時は、大体ビールのジョッキ2、3杯の俺、
こんなに酒をかっ食らったのは人生で初めてだ。ついでにテキーラも初めてだ。
すると、司はおもむろに立ち上がり、「日本代表の輝かしい未来に向けて」
大声でそう言うと、テキーラのショットグラスを掲げて、「テキーラ!!」
そう言って、一気にグラスを空けた。
俺は茫然とその様子を眺める。
すると……「何、ボーっと見てんだよ、神児!、お前も飲むんだよ」と司。
うん、完璧な絡み酒だな。もしかして、ドイツとスペインのいる組に一緒になって、一番やけくそになっているのお前じゃないのか?
俺はそんなことを思いつつ、親友の圧に負けて、テキーラを一気にあおる。途端に目の前に火花が飛び散った。
な、なんじゃ、コレ!!
そりゃ、今まで、興味本位でウイスキーや焼酎のストレートを一舐め二舐めしたことはあるが、強さのレベルが全く違う。
普段はビールかグラスワインがせいぜいの俺からしたら、純粋な蒸留酒の強さはレベルが違った。
俺は、あまりの衝撃でしばらくの間ダメージから立ち上がれなかったら「これ、チェイサーです」と、マスターが助け舟を出してくれた。
俺はこれ幸いと、コップに注がれた水を飲み干すと、なぜかおれたちのテーブルの上にはチェイサーと一緒に真新しいテキーラの瓶が置かれていた。
司はさも当たり前のように、俺のショットグラスにテキーラを並々と注ぐ。
やめて、死んじゃう、死んじゃう。
すると、「あ、そうだ」司はそう言うと、何かを思い出したようにポケットをまさぐりスマホを取り出した。
「なんだよ、司」
「忘れてた、遥(はるか)からLINEが入ってたんだ」司はそう言うと、LINEの画面を開いてスマホを俺に渡した。
ああ、遥ってのは、俺たちの幼馴染で司の嫁さんだ。
俺はスマホの画面をタップする。
途端、「馬鹿シンジ!!」と画面の中の遥が大声を上げた。
「なに平日に引退試合やっちゃってんのよ!!私が行けないじゃない!!」
画面の向こう側から思いっきり俺にクレームを言う遥。
知らんがな、日程を決めたのは会社と運営だぞ。
見ると遥の膝の上には司の息子の太陽君も映っている。
親子そろって八王子SCのユニホームを着ているのがほほえましい。
「神児の試合、ダドーンで見たわよ。プロ入り初ゴールおめでとう」
そう言うと、俺に向かってVサインをしてきた遥。それに合わせて太陽君もしてくれている。ありがたい限りだ。
「そりゃ、そうと、あんたのプレスの仕方、相変わらず下手くそね、そもそも最後の1対1のあれは何!!」
てっきり引退のお祝いを聞けると思ったのだが、まさかの説教が始まった。
俺は司に気付かれぬようスクロールバーを動かす。って、5分以上何か言ってやがる。引退したその日くらいゆっくり穏やかに過ごしたいものだ。
遥の説教はあとで見直すことにして、残り30秒のところで止めると、「というわけで、司の馬鹿、飲み始めると最近全然帰ってこないのよ、早めに返してね。以上」
そう言うと、画面の中の遥と太陽君は了解のポーズをして動画は終わった。
司にスマホを返すと、司は店のモニターを見入ってた。どうやら、ポット4の抽選が終わったみたいだ。
日本がいるE組のポット4はコスタリカかニュージーランドか。
ニュージーランドはこの前のオリンピックで結局勝つことが出来なかったし、コスタリカは日本と同等の世界ランク31位、おまけに日本が1勝もできなかったブラジル大会でベスト8。
安パイなんて一つもないじゃないか。
「なあ、司、ワールドカップどう思う」
俺は相変わらず店のモニターを見入ってる司に聞いてみた。
「普通に最下位じゃねーの?」そう言いながら、テキーラをチビリ。
店の中が途端にざわめきだした。
「日本のワールドカップって最下位とベスト16の繰り返しじゃんか、今回はE組最下位が順当だろ」司はそう言ってテキーラを呷る。
「そりゃー、北里さん、あんたのいう事はもっともだけど、それじゃあ代表に愛が無さすぎってもんじゃねーのか」
常連客が司に絡んできた。あーあー、俺しらねー。
「まあ、このままだったらな」司はそう言うとニヤリと笑った。
「このままだったら?」常連客が司に問い直す。
「まあ、今の代表の戦い方なら、ドイツとスペインに負けて、ポット4のチームに引き分けってのが順当じゃねーの?」
途端に店の中にため息が流れる。この店の中にいる誰もが、薄々そう感じていたみたいだ。
「じゃあ、司さん、もしあんたが監督だったらどうするんだ?」
どうやら、この常連、司が八王子SCの関係者だってっことを知っているらしい。司の専門家としての意見を聞きたいみたいだ。
「俺だったらか?」司はそう言うと、テキーラをグビリと呷る。
「俺だったら、初戦のドイツを全力で取りに行く」その途端、店の中がざわついた。
「ドイツに勝ちに行くのか?」
「優勝候補だぞ」
「ワールドカップ4回優勝してるんだぞ」
「じゃあ、おっさんだったらどうするんだ?」
司はそのおじさんに質問を返す。
「そりゃ、何とかドイツと引き分けて、第二戦目を取って、スペイン戦の前までに何とか勝ち点4を……」
「そんな中途半端な考え方じゃ、勝ち点1すら取れやしない」
スポーツバーの客全員が司の話に聞き入っている。
「じゃ、じゃあ、どうやってドイツに勝つっていうんですか?」
司はニヤリと笑った。昔からそうだ、こいつが腹に何か隠しているときはいつもこういう顔をするんだ。
「全力で長谷部を代表に引き戻す」
「あっ!?」スポーツバーの客全員が声を上げた。
「協会の会長と監督がフランクフルトまで行って土下座でもしたら戻ってくれるだろう。そして、フォーメーションは3-4-2-1、守備の際は両サイドバックが戻って5-4-1でブロックをひく、3バックの布陣は真ん中に長谷部、両脇に冨安と吉田だ!!」
「おおー」と感嘆のため息がつく。
「ドイツ相手に今のままの4バックでどうにかなると思っていたら、それはドイツに対して敬意が無さすぎるって話だ」
「た、確かに」
「そして常に前線に鎌田を張り付けておく、そうすることによってドイツのDF陣はうかつに前に押し上げられない。鎌田に何度も煮え湯を飲まされているからな、バイエルンの連中は」
「ほほーう」とお客さんのため息が流れる。スポーツバーgift。
「そして、中盤にはブンデスデュエルナンバー1の遠藤を置く。これでドイツ包囲網の完成だ。」
「おおおおおー」
司の発言は止まらない。どうやらこいつ、夜な夜なこの店でフットボールの講義をしているみたいだ。
「今回のドイツは前回のロシア大会でやらかしている連中だ。しかもその後ネイションズリーグで6-0でスペインに敗れている。第2戦でスペインと闘わなきゃいけないドイツ。プレッシャーがかかっているのは何も日本だけじゃないって話さ」としたり顔の司。
「ええ、ドイツってスペインに6-0で負けてるの?」と店の常連客。
「ああ、一昨年の11月にな、ドイツがポット2にいるってのはそれなりの理由(わけ)があるのさ」
そう言って、ニヤリと笑うと、またテキーラをグビリと呷る。
やべー、司さん、ノリノリじゃないですかー。
「ドイツに勝てば、第2戦のコスタリカかニュージーランド。ドン引きして守りに入るだろう。そうなりゃ勝ちきれなくはないが負ける可能性は低いだろう。あとは、ほかのチームの健闘に期待する」
「スペインはそんなに難しいのか?」とおっさん。
「オリンピックで0-0だったじゃないか」
「シーズンオフのU-23の中心のチームで何とか引き分けに持っていけたくらいだ。日本はまだ本気のティキタカを味わったことがない。良くて1-0下手すりゃ、最後得失点差でひっくり返されるかもしれないぞ。欲張りはするもんじゃない」
司のぐうの音も出ない戦略に、店内の客は静まり返った。
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