第23話 褒美の品



「今日は本当にありがとう。とても楽しかったわ」


 和菓子教室の片付けも終わり、解散前の王妃サルビア様のお言葉である。


「身に余る光栄でございます」


 私とヨシノは過分なお言葉に対して頭を下げて返答する。

 ちなみに、ヨシノは言葉も出せないほどガチガチに緊張していた。


「あらあら、畏まらないで。今の私は一介の料理人ルビア。一緒に和菓子を作って食べた仲じゃない。どこかの王妃とは関係ないわ」


 一応、形としてサルビア様からそのお言葉をいただくまでは、ちゃんとしないといけないわけで――最後はきっちり締めるのが大切。


 お忍びだとしても、敬意を払わなくていいというわけではない。


 今回の和菓子教室は初っ端から、身分全開、本名暴露で、途中からは完全にお忍びだったことを忘れていたけれど、料理人たちもそれは事前に分かっていたことだし、何よりサルビア様が楽しそうにしていらっしゃったから、問題ないでしょう。


「今、王妃とは関係ないと言ったばかりだけど、アズ先生とヨシノさんの二人には、今日のお礼を差し上げますね。私の感謝の気持ちを受け取ってちょうだい。カラマ、持ってきて」

「あいよ」


 カラマ料理長に命じて持ってこさせたのは、料理人の相棒であり、命とさえ言われる包丁とまな板だった。


 一般の包丁やまな板とは違う。鉄や木材までこだわって作られた、明らかに王族の御用達や献上品に相応しい高級な逸品だ。

 買おうとしたら、数十万はすると思う。一生使える品物。


 こんなもの、すぐには用意できない。前もって準備していなければ……。

 しかも、


「その包丁とまな板には、緋衣草ひごろもそうの花の印、『王妃の紋章』が刻まれているの」

「サルビア様の紋章でございますか!?」


 あ、ダメだ。この包丁とまな板の価値がさらに跳ね上がった。

 ただでさえサルビア様からの褒美の品なのに、王妃の紋章まで刻まれているなんて……。


 王族には一人一人固有の紋章が与えられている。サルビア様は『緋衣草ひごろもそう』。王太子キョクヤ殿下は『太陽』。王太子妃の私は『蔓』。


 自分の紋章を刻んだ一品を臣下に下賜するのは、王族にとってこれ以上ないくらい、最上級も最上級の感謝の表現の仕方だ。


 救国の英雄や何十年も生涯をかけて仕えてくれた忠実な側近や王族の命を救った恩人に与えらえるレベル。


 だから滅多に与えられるものではなく、家宝として先祖代々受け継いでもおかしくないだろう。

 というか、家宝として受け継ぐのが一般的だ。


 サルビア様の今回の悪巧みはこれでしたか……。

 ずっと油断せず身構えていたけれど、これならまあ許容範囲内。驚いたけど、ただそれだけ。

 前回のお茶会の時よりは遥かに胃に優しい。


「本当は別の包丁とまな板をプレゼントする予定だったけれど、気が変わったの。私でも食べられる和菓子は本当に美味しかったわ。ぜひ料理の時に使ってちょうだいね」

「ヒェッ!?」


 それをこんなあっさりと渡し、しかも普段使いしろ、と? 酷なことをおっしゃいますね……。

 ヨシノの喉から首を絞められた猫みたいな悲鳴が漏れ出たのも無理はない。

 よかったですね、ヨシノ。遥か先の子孫にまで残せる家宝ができて。一生自慢できますよ。


「アズ先生、ではなく、アズキさんには別のものもあげるわね。不死鳥のネックレス……いえ、お着物はどう? 扇もいいわね。帯留めや帯飾りという手も……いっそのこと一式まとめてプレゼントしましょうか!」

「そ、そのようなお気遣いなさらずとも――」

「遠慮しないで。キョクヤから聞いているでしょう? だからプレゼントさせて」

「殿下から……? えっと、何を……?」

「え?」


 その時、ほぼ全員の視線がお忍び中の殿下に向けられた。

 つられて私も夫を見る。


「……あなた、アズキさんに言っていないの? 不死鳥を贈る意味を? 何一つ?」

「カトレアが教えていると思っていましたが……」

「わたくしは、ご夫婦間でのプレゼントについては何も。その他の意味は、てっきりキョクヤ様がお伝えしているものだと……」

「そうよね。カトレアが教えるのは違うわよね。それはキョクヤの役割よね……」


 え、えーっと、みんなで何をおっしゃっているのでしょうか……?

 私、置いてけぼりなのですが。

 不死鳥を贈る意味とは? 以前、カトレアが何か言いたそうにしていたけれど、この簪が国宝ということじゃなかったの?


「アズキさん、ごめんなさいね。ウチのバカ息子が……。簡単に言うと、王族の間で誰かに不死鳥をかたどったものを贈ると、『相手を認めた』という意味になるの。そのキョクヤが贈った簪だと『自分の妻、王太子妃として認めた』という意味ね。他の意味もあるけれど、詳しくは本人に聞いて」


『言いなさいよ』とサルビア様はキッと息子を睨み、殿下は居心地悪そうに顔を逸らした。


 もしかして、私は殿下から不死鳥の簪をもらえていなかったら、結婚していたとしても王族の方々からは白い目で見られていたかもしれないということ!? 夫からももらえないってそういうことですよね!?


 なるほど。だからカトレアは涙ぐんでいたのね。夫として、王族として、わたしを認めるという、息子同然の殿下の成長を感じたから――


 なら簪は国宝ではない……? いや、まだ国宝である可能性は濃厚。油断してはいけない。


「そして、王妃わたし王太子妃アズキさんに贈ると、『実の娘のように思っている』という意味になって、まあ、私が後ろ盾になると思ってちょうだい」

「そのような誉れを私のような者がいただいてもよろしいのでしょうか?」

「私があげるって言っているのだから、受け取りなさい。これは王妃命令です」


 命令と言いつつも、サルビア様は茶目っ気たっぷりにウィンク。

 サルビア様の命令ならば、受け取らざるを得ない。これ以上固辞するのは逆に失礼に当たる。

 ありがたく頂戴いたします。


「というか、アズキさんは私の義理の娘で王太子妃なのよ? キョクヤ以外の王子むすこ王女むすめよりも身分が高いのに、下手に出すぎ。王太子妃としての自覚が足りないようなら、私が直々に教えてあげましょうか?」


 ヒェッ!?

 首を絞められた猫みたいな悲鳴が喉から漏れ出そうになるのを必死で堪えた私はとても頑張ったと思う。


 サルビア様からの直接のご指導……ガクガクブルブル!


 こ、こここ光栄、ですけど、き、気をつけますので、何卒、何卒ご勘弁を!

 ニッコリ笑顔を浮かべながら王妃の威圧をビシバシぶつけないでください。お願いですからぁ!


 あっ、表情筋が引き攣りそう……。頑張れ、私の表情筋! 笑顔を保って……!


 私は鍛えられた笑顔で、ヨシノは真っ青な顔で緊張に震えながら、サルビア様からの褒美の品を無事に受け取る。


「さてと、私からは以上ね。誰か言い忘れたことはない?」

「じゃあ、あたしも言っておこうかね」


 2メートルを超える長身のカラマ料理長が一歩前に出て、ニカッと快活に笑う。


「二人とも、今日はとても楽しかったよ。たくさん刺激を受け、あたしたちもまだまだ未熟だと思い知らされた時間だった。こういうのもいいね。定期的に他の厨房と交流しようか考えているところさ」


 それは面白そうね、とどこかの王妃様が瞳を輝かせたのは言うまでもない。

 カラマ料理長は肩をすくめ、言葉を続ける。


「いつでもここに来るといい。歓迎しよう。来ないようならこっちから押し掛けるかもね。あとは、そうだな……和菓子の研究はこっちでも続けるつもりだ。偶にこうして情報交換しつつ和菓子談議に花を咲かせようじゃないか」

「ええ、ぜひ! ぜひお願いします、カラマ料理長! 和菓子の可能性を追求し、万人に広め、美味しくいただこうではありませんかっ!」


 あぁ、素晴らしい! 偶にではなく頻繁に情報交換しませんかっ!? カラマ料理長ならきっと私も知らない和菓子を考案してくれるはずです!

 待ち遠しいです……! 待ちきれません……! 今から和菓子談議に耽りたいところです……。


「お、おう……ど、どうしたんだい、急に食い気味に……」

「アズキ妃は和菓子の話になると偶にこうなる。発作みたいなものだ。受け入れろ」

「そ、そうかい……あんたも大変だね、キョクヤの坊や」

「坊やはやめろ」


 おや? 私はいつの間にカラマ料理長の大きくて逞しい手を握ったのだろう?

 すみません。失礼しました。つい興奮してみたいで。


「あたしからは以上さ」

「他に誰も言いたいことはない? 無いのなら解散しましょうか」


 お疲れさまでしたぁー、と料理人たちの威勢の良い声が響き渡り、こうして無事に和菓子教室も終わりを迎えた――



「あっ、アズキさんとキョクヤに言わなければならないことがあったわ」



 ――と思ったんだけど、まだ最後に何かあるようだ。

 はい、何でしょうか、サルビア様。わざわざ本名を呼んだということは、王族に関することですよね……?


「来月末、王族主催の園遊会が行なわれるのは知っているでしょう?」


 はい、もちろんですとも。

 園遊会とは、トワイライト王国の貴族や要人、国のために活躍した功労者を招待してもてなす王族主催の慰労会兼交流会のことである。

 私も王太子妃として出席予定だ。直近で一番大きい公務でもある。


「毎年、梅雨時期前の園遊会は『和州式』なのよね。そこでね、客人に振舞うお茶菓子にアズキさんが考案した和菓子をお出したいのだけど、どうかしら? 許可してくれる? 今日食べてみて問題ないと思ったの」


 殿下に視線で問いかけると、『好きにしろ』と返ってきた。

 いいんですかっ!? 好きにしますよっ!?


「はい。光栄でございます」

「では、何の和菓子を振舞うのか、あなたたちで決めてね。今月中に決めてくれると助かるわ」


 え゛っ!? サ、サルビア様!?

 さ、さすが交渉術に長けたお方……反論する暇もなかった。そもそも了承のその先を想定していなかった……。

 私はまだまだ未熟だと思い知らされる。


 何事も安易に頷いてはいけない――って、これは逆にチャンスでは!?


 客人に振舞う和菓子を私の一存で決められるということですよね!

 うふふ! どの和菓子を振舞おうかしら! 沢山ありすぎて迷ってしまう!

 園遊会でぜひ大勢の人に美味しい和菓子を知ってもらいたい。



「――それとね、園遊会では夫婦で存分にイチャイチャしてね」



 はい、わかりま…………はいぃ!?

 え゛っ? イチャイチャ……? 夫婦でイチャイチャってどゆこと……?


「結婚後二人で初めて公に出る場だから、仲が良いところを見せつけて欲しいの。うふっ! これは王妃命令。よろしくね」


 お、王妃命令って……今回の悪巧みは下賜ではなくこれですか……?

 もうヤダ! いつもいつも突然すぎるぅー!

 誰か! このお方をどうにかしてぇー!




 こうして和菓子教室は最後の最後、絶対にタイミングを狙っていたであろうサルビア様の突発的な無茶ぶりによって、無事に終わることはできなかったのだった。



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