放課後湖水タイム
@pigmate
第1話 小さいあの子はあざとく背伸びする
「ねえ、文化祭なんて無くてもいいと思わない?」
湖の水面に太陽の光が反射する。
一体何パーセントの光が水面下に潜り込み、どれだけの光が乱反射しているのだろうか? そんなことを考えながら彼女の話を聞いていた。
「聞いてる? あんなの騒ぎたい子達が勝手にはしゃいで盛り上がってるだけのただのお遊戯じゃない」
彼女の本心はきっと違うのだろうと僕は思っている。だけどそれを本人に言ってしまえば怒るに決まっている。
だから僕はこう答えるしかなかった。
「僕はみんながやりたいならそれで良いと思ってるよ」
漠然として尚且つ一見あからさまな受け身としか取りようもないこの言葉。だけどその中に今の僕が送ることの出来る精一杯のメッセージに君は気付いてくれるだろうか?
「なにそれ? それってただ流されてるだけじゃん。私そんなの絶対に嫌。やるならやる、やらないならやらない。中途半端にやるくらいなら最初から徹底してやらない方が良いに決まってるでしょ」
「随分極端なんだね。まあ君との付き合いもそれなりになってきたから今更驚きはしないけど」
「ねえ、そろそろその『君』とか言うの止めて欲しいわ。話し方もなんだか古臭いっていうか、文学小説とかの読み過ぎじゃないの」
「あいにく僕はそういった本をあまり読まないんだよ。例えばそうだな、赤城海鈴や碧岩ルカとか若い人達のはよく読むけど、君が言う文学作品とは違うと思うよ。それに持っている本の半分くらいはラノベだしね」
飲みかけのペットボトルを持った右手でこっちを指さす。
「また『君』って言った。ハァ、あなたが何を読もうと勝手だけど、ホントそれキモいから止めて」
ホントマジキモイ。腕を組みながら今度は半分くらいの声で言う。
こちらも言い返したいことや突っ込みたいところ沢山あるんだがなあ。そう思いつつも彼女とは建設的に話を進めたかったので、溜まった塊は無理やり胃の奥にギュッと押し込んだ。
実を言うと僕は我慢するのが苦手で、発散出来ないまま放置しておくと自制が利かないくらい爆発してしまう、つまりは第一種以上の危険物だと自称している。何種が危険物の度合いが高いのか高校生の僕にはわからないけど、一度タガが外れたら一定値まで下がらないと自分では止められないということは何度も実証済みだ。
だから必要以上にストレスを溜めない。そして出来る時に出来るだけ発散させておく。
今はまだ溜めても大丈夫。だってつい最近九十九パーセントを吐き出したばかりで、器には少ししか入っていないから。
「わかったよ、君・・・じゃなかったあなたをなんとお呼びすれば?」
ワザとらしく両腕を横に上げ外国人のような大袈裟なジェスチャーをしてみた。
「そういうのもウザったいつーの。ていうかあなた学校じゃそんなこと絶対しないでしょ。でもまあいいわ、私の呼び方なんて好きに・・・・・・ん? そう言えばあなた私のこと一度も名前で呼んだことない?」
「それはお互い様かと。僕もあなたから名前で呼ばれたこと無いはずだから」
「私が名前で呼ばないからあなたも同じことしたって言うこと? だったら小さい男ね。女性に対して失礼だとは思わなかったの?」
「そういうつもりはなかったよ。だってあなたがそう望んでいると思ったから敢えて名前で呼ばなかっただけだから」
「はあ? 私がいつそんなこと望んだって言うのよ!」
目を見開き、僕が言ったことが気に食わなかったのか語気を強める。
「いつから望んだかは僕も知らないけど、初めて会った日にあなたは言ったんだよ、『気安くに私の名前を呼ぶな』ってね」
「そんなこと・・・・」
言ってない、と続けたかったのだろうが、どうやら彼女は思い出したらしい。顔には、もしかしてアレか、と書いているみたいで分かりやすい表情だった。
僕が彼女と一緒に居たいと思う理由の一つで、それは彼女は隠し事をすることがあまり上手くないということだ。ただしそれは気を許した相手限定だと僕は思っていて、少なからず僕以外の誰かに悟られるよことを見たことが無かった。
「その顔はどうやら心当たりがあるらしいね。これで分かっただろう、僕が『君』のこと名前で呼ばない理由が」
「あ、あれは別にあなたに対して言った訳じゃない。ていうかあなただって見てたでしょ。しかも真横の特等席で」
「見てたよ。そしてあなたは僕を、僕の目を見て言ったんだ、『気安く私の名前を呼ぶな』って。これは僕の記憶違いでもなんでもないということは先に言っておくよ。それとそのテンプレはワザとなの?」
最後のは余計だったなと一瞬で反省した。彼女にフラストレーションを生じさせるのは控えようと誓ったばかりなのに、やってしまったなと更に反省する。
「テンプレ? 何のこと言ってるのよ」
しらばっくれている様子には見えないのでどうやら本当にわかっていないらしい。それならそれで好都合なので話を進めさせよう。
「あー最後のは俺の勘違いだから忘れてくれ。それで思い出してくれたならそれで納得してくれると助かるんだけど」
「だからあなたに向けたのじゃないって今言ったばかりじゃん。あれは松川があまりにしつこかったから思わず言っちゃっただけ。あなたに向けて言ったんじゃないから」
そのくらい分かりなさいよバカ、とか続きそうな勢いだったが、さすがにそれは出てこなかったな。
「でもばっちり僕の目を見って言ってたよ。しかも鬼のような形相でね。あの時僕の人生ここまでかって本気で思ったから」
本当はそこまででもなかった。せいぜい膀胱に溜まったものがほんの少しだけ漏れ出した程度の軽症で済んだのだから。
「そんなの覚えてない。あいつがしつこくて怒ってたのは間違いないけど、どこ向いて言ったかなんて忘れたわ」
「でも普通は相手を見て言うよね。だからてっきり僕に言ったのかと」
「そんなわけないでしょ。入学した初日でしかも初対面の相手にそんなことしないから。それにあの場にいたんなら何となく状況がわかるはずだし。あんた本とか読むならそのくらい察しなさいよ」
本当はその松川に向けての言葉だって言うのは僕だけでなく、あの場に居たクラスメート達は理解しているはずだ。だが問題なのは大半のクラスメートが初対面だったということと、一見小柄で温厚そうな(その時はそう思ったが今はそんな印象は微塵もない)彼女がいきなり大声で怒鳴ったので、合わせ技一本で彼女はヤバい奴だとみんなに認識されてしまった。
あれから三カ月が過ぎ、多少は緩和されたものの、未だに彼女を警戒している生徒は多い。
「だったらそれについては謝るわ。私もかなり感情的になってたから記憶の一部が飛んだのかもね」
あー謝るとか言っといて、その実「ゴメンなさい」とか「申し訳ない」とか無いパターンね。「謝るわ」の一言で謝った気になってるやつだなこれ。まあ僕もこの辺に関しては気にはなるけど、気にしないタイプだから『君』は運が良いよ。
「ちなみに今どれくらいの数の生徒から名前で呼ばれてるか自分でもわかってる? もしかして今日の今日まで気付いてなかったわけじゃないよね」
彼女の言う通りあれは松川という男子生徒に向けられた言葉だったが、あまりのインパクトに周囲の生徒もドン引きしていたことは忘れようもない。僕が見た限り今日の今日まで彼女の名前をちゃんと呼ぶ人間は教師を除き果たしてこの学校に何人いるだろうか?
「それくらい気付いてるわよ。たぶんにじゅ・・・・二人くらい・・・・」
「最初かなり盛ろうとしてたよね? 虚しくなって言い直したのはわかるけど、十倍はさすがに盛り過ぎかと」
「うるさいわね、中学の時と勘違いしたのよ。あと虚しくなんかなってないし、嘘はダメって思っただけだから」
勘違いして嘘はダメだと思ったって、言ってることが支離滅裂なのだが敢えてそっとしておこう。それと彼女は自分を過小評価しいるな。段々不機嫌度が増してきているみたいだから、ここは少し回復させておこうかな。
「反対に二人って言うのは少な過ぎじゃないか?」
「知らないわよ。私が覚えているのはそれくらいなんだから仕方がないでしょ。それにその内の一人が松川なんだから最悪よ」
「松川君はそうだったね。彼の心臓はきっとチタン合金かオリハルコンで出来てるんだねきっと」
「キモッ、何その厨二っぽい例え。ホントそういうのやめてよね」
「またドクターストップ? あなたは僕の主治医か何かなんですか」
「いやそういうのいいから。とにかくそんなものなのよ今の私って」
「でもあなたのこと名前でちゃんど呼んでる人って、僕が知っているだけで少なくとも五人くらいいるんだけどな」
「えっホント?」
すごい勢いで近づき、下からものすごく圧の掛かった視線を僕の顔に突き刺してきた。圧と言っても含まれている成分は喜怒哀楽の一番目で、明らかに口角は挙がっていた。
「まあその内の一人は松川君ですが」
ちょっとがっかりするかなと思ったが、意外にもそんなことはなかった。
「アイツはどうでもいいから。後四人いるってことは私が知っている人と被っていたとしても二人いるってことでしょ。そうじゃなかったら三人だし。誰誰?」
「松川君、あなたと同じ中学だったよね? そんなに邪険にしては可哀そうだと思うんだけど」
「違う、小学校から。それより誰なの?」
結構な付き合いだな。でもそれだけ長ければ彼がへこたれない理由も何となくわかった気がした。
そして彼女はさっきよりも幾分顔が近づいている。どうやら背伸びしているようだが、それでも彼女の頭のてっぺんは僕の首元あたりまでしか届いていない。それでも期待の眼差しという圧は更に増していることは肌で十分感じ取っている。早く期待の添いたいところだが、その前に決めておくべきことがある。というより本来の目的はそれだったはずなんだが、彼女の中からつまみ出されてしまったのかもしれない。
「あなたをどう呼んだらいいか決まったら教えますよ。あ、出来れば僕のこともちゃんと読んでくれれば嬉しいんですけど」
「好きに呼びなさいよ。私はあなたのこと今から「ソウ」って呼ぶから。はい、だから残りの人教えなさい」
「好きにか・・・・」
それと僕の名前「ソウ」ではないんだが、全く無関係でもないからそれでもいいか。それに彼女ががそう呼ぶなら僕は・・・・。
「キョウ、僕は今日からそう呼ぶことにするよ。言っておきますけどダジャレじゃないからね」
「・・・・・・まあいいわ。私が好きに呼べって言ったんだし。それでそれで・・・」
「わかってるから焦らないで。それともう少し離れて」
僕が確認することが出来た松川君以外の名前を教えると、キョウは「やっぱり」とか「え、意外」と名前を出すたびにいちいち反応していた。どうやら一人は被っていたみたいだが、それでもやはり相当嬉しかったらしい。
「ねえキョウ、一応言っておくけど今教えた人達ってキョウの前でちゃんと名前呼んでたからね。本当に気付いてなかったの?」
「だってしょうがないじゃん。基本私に対してすごいよそよそしいというか、大半が事務連絡的なことばっかりだから印象薄いのよ。それになんというか敢えて名前呼ぶの避けている気がするのよね」
それはキョウが初日に「気安く呼ぶな」って怒鳴ったから皆遠慮しているだけなんだけど、本当に彼女はその事理解しているのか疑わしいな。それにあの時自分が晒した迫力をかなり過小評価している節もある。あの後も松川君に対してはブラック企業並みのパワハラ(働いた事ないから何となくだけど)だったし、とにかくアレは形容しがたいものだったことだけは伝えなきゃとは思っているが、今はその時でない気がする、たぶん。
「ふーん、きっと気のせいだと思うけど。それで文化祭ってやっぱり無い方が良いってまだ思ってる?
?」
「・・・・・・・なによ、無い方が良いってさっき言ったはずだけど」
「今ちょっと考えたよね。もしかして僕と松川君以外にまともに話せる人が出来るかもって想像して気が変わり始めたんじゃない? だってあれでしょ、キョウって友達いなくて文化祭を楽しめないから要らないって思っグァッ」
キョウの頭が僕の鳩尾にヒットした。しかもかなり勢いに乗った速度で。
「ゴホッゴホッ、イッタイなー、ゴホッそれは反則でしょ」
「私にだって友達ぐらい居るって前にも言ったし。それに中学の頃の友達なら掃いて捨てるほどいるんだから」
「友達は掃いて捨てちゃいけないと思うんだけどな」
「言葉の綾よ。それでもしソウの情報が嘘だったら、今度ここに飛び込んでもらうから、覚悟しておきなさい」
夏だし、ここ一応泳いでもいいことになってるから別に罰ゲームでもなんでもない気がするんだけどな。
「もしかして本人に確かめちゃったりとかしちゃっちゃりしちゃうの?」
「ちゃっちゃうるさいわね。そんなこと確かめるわけないじゃん。自然体でいくのよ自然体で。そうすれば近いうち向うから話し掛けて来るってもんでしょ」
「え、うん、まあそうだね」
「なによ、言いたいことあればちゃっちゃと言いなさい」
「あ、あー明後日から夏休みなんだよね。うんまあ自身ありそうだから問題ないとは思うけど」
「・・・あ、当たり前じゃない。一学期中に遅れてしまった交友関係取り戻すんだから」
エッヘンと腰に手を当てポーズを決めているが、視線はどこか余所余所しい。
「やっぱりそのテンプレわざとでしょ?」
なんか妙に腹らだしかったのでボソッと口から漏れてしまった。
「だからそのテンプレって・・・・・・ああ!」
どうやら気付いてしまったらしい。それにキョウも僕と同じかそれに類似する趣味を持っていることは今までの付き合いで何となくわかっていた。
「私はツンプレなんかじゃない!」
おいおいキョウさん、ツンプレを知っているってことは中級者以上確定してますよ。普通の人はツンデレって言ってしまうものだし、そもそもその言葉自体かなり劣化して、今はTPOを考えて使わないと白い目で見られてしまいますからご注意を。
「とりあえず帰りませんか、コンビニでアイス奢りますよ」
「ふん、まあいいけどそんなんじゃ騙されないんだからね」
けどやっぱりこの人自覚してないんだよなあ。でもまあプイッと横を向く姿はなんかリスみたいで可愛いから、教えないでおこうか。
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