第2章 世話役として
第6話 戦う覚悟、殺す覚悟
取り留めのない話をしながら歩く鈴と樹。そんな二人の前を黙々と歩く渚。三人で登下校する時は常にこの構図だ。
「ねぇ、渚君もなんかお話しようよー」
「断る」
駄目元で誘ってみるも駄目だった。きっぱりと拒絶され、鈴はしゅんと肩を落とした。
「せっかく一緒にいるのに」
「まあまあ」
微笑みとも苦笑いとも付かない笑みを浮かべた樹が、鈴が落とした肩をぽんと叩いてくる。純粋に慰めてくれているのか、単に面白がっているだけなのか。今ひとつ分からない。
そんな既に日常化した遣り取りの直後、樹のスマートフォンが鳴った。三人の足が同時に止まる。
放課後から間もない電話。大方察しは付く。後ろの通行人を気にしながら、鈴達は揃って歩道の最端に移動した。
樹がバッグの中のスマートフォンを取り出し、通話に応じる。彼の顔が強張ったのは、通話が始まってすぐのことだった。
「え、でも……」
樹の視線が一瞬だけ鈴の方へとやって来た。鈴がそれを怪訝に思う間も、樹と電話の向こうの相手の遣り取りは続く。
「鈴にはまだ……もう少し時間を……」
断片的な会話しか聞こえないが、隣にいる渚が小さく溜息を漏らしたのが分かった。
通話を終えた樹は、酷く複雑な表情をしていた。
束の間の空白が生じる。渚が若干苛立った
様子で樹を促した。
「用件は?」
「……仕事の要請」
表情に違わず複雑な声で、樹は鈴と渚を見回す。
「僕達三人に」
このたった一言に鼓動が跳ね上がった。
胸が早鐘を打ち、残暑を無視した冷えが全身に広がる。氷水のような寒さに震えながら、鈴は頭の中でゆっくりと情報を処理していった。
けれど、鈴の理性はとっくに理解していた。藍色の死神である樹と、菫色の死神である渚が同じ現場で仕事をする。これが意味するところは一つしかないのだから。
「それって……つまり」
「うん。戦うことになると思う」
鈴が否定したかった現実は、樹の言葉により無慈悲にも顕現化された。
* *
橙色のオーバーコートを纏った鈴は、藍色のオーバーコートを纏った樹と、菫色のオーバーコートを纏った渚と一緒に現場を訪れた。
マンションとは真逆の方向にあるこの神社は、県民なら誰もが知っているほど有名で、遠方からの参拝客も多い。大鳥居をくぐった先の参道の端々には巨木が立ち並び、元より厳かな空気を更に濃厚なものにしている。
今回の現場は神社そのものではなく、周辺の森林とのことだ。が、罰当たりなのは間違いない。
「す――ウェヌス」
「へ?……あ、何?」
コードネームで呼ばれると反応が遅れてしまう。仕事上の決まりとはいえ、まだまだ慣れない。
そんな鈴の些細な戸惑いを知ってか知らずか、樹はこちらに柔和な笑顔を向ける。子供に言い聞かせるように、彼は静かな口調で言葉を紡いだ。
「もう少し肩の力を抜いて」
鈴は息を呑み、樹を見詰め返した。やはり見透かされていた。
「初めての実戦だから、不安になるのは良く分かるよ。でも、大丈夫。僕達が付いてるから」
「樹君……」
思わず泣いてしまいそうになった。
言い出せないでいた不安。怯え。自分だけじゃないのだからと、心に仕舞っていた感情。しかし、樹に見透かされた。見透かされたことで、こうして救われている自分がいる。
死神の中では未熟とされる樹や渚も、鈴にとっては大先輩だ。付いていてくれるなら、これほど心強いものはない。
裏切り者と戦うための訓練なら散々やってきた。だが、ここから先はそんな生ぬるいものではない。命の奪い合いをしなければならないのだ。
「あれを見ろ」
凛とした渚の声が聞こえる。
そちらを見る。渚の視線を追うと、今まさに立ち入ろうとしていた森林の入口に、不吉な想像を掻き立てる赤い水滴が落ちているのが窺えた。目を凝らさないと視認出来ない微かな異常だ。
樹達と共に慎重に足を踏み入れた鈴は、目の当たりにした凄惨な光景に口元を覆った。
――人の死体は見慣れているつもりだったのに。
「目を逸しても良いから。今ならまだ、きっとみんな許してくれる」
淡々と語り掛けてくる樹の言葉が心に染み渡る。瞳の奥が急激に熱を帯びる。すぐにでも楽になってしまいたいが、それはならない。こんなことで泣く訳にはいかない。仕事は始まってすらいないのだ。
「蘇生を開始する」
渚の手中の大鎌が、渚の意思に応えて菫色の光を灯す。渚が大鎌の切っ先を死体の内一体に向けると同時に、死体が光に包み込まれる。
ここまで見てようやく我に返った鈴は、慌てて自分の大鎌を握り締めた。
「あ、あたしも手伝――」
「不要だ」
咄嗟の申し出は一蹴された。
「その体たらくで何をするつもりだ?」
「う……」
「それに、手を借りるほどの数ではない」
こちらを顧みない渚の声音は、酷く冷たい響きを孕んでいた。やや遠回しだが、要はお荷物だと言われているのだ。
「行こう。僕に付いて来て」
先ほどと同じように肩を叩かれた。樹の笑顔を糧に怖気を振り払い、鈴は一意に頷いた。
【To be continued】
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