第2話

 シアンと出会ったのは、冬の日だった。雪が吹き荒れていて、牢屋の中で今にも凍死してしまいそうだった。外では雪が積もっていて、防寒着などない私にとっては最も耐え難い季節。なるべく体を丸めて、暖を取っていた日の事だった。

 城の牢の中が、私の部屋だった。重労働の割には食事は本当に粗末なものばかり。水やパンののみ。しかも、雪の日なんかは水も凍ってしまうことだってあった。

 大罪人の子だと罵られ、暴力を振るわれる日々。お母さんは、何もしていなかったのに。誰も母の主張には耳を傾けてくれなくて、まともな裁判も行われずに処刑されてしまった。

 過労死だけじゃなくて、到底口には出せないような・・・・・・思い出したくもないほど、惨い殺され方をした友達もいた。命なんて簡単に散る環境が、私が育った環境。

 次は自分の番じゃないかと脅えながら、季節は巡っていく。

 死んだ方がきっと楽になれる。なのに、死んでしまうのは怖い。こんな矛盾する心が辛い。

「・・・・・・この子は?」

「あぁ、大罪人の子ですよ。奴隷と変わりありません」

 突然響いた声に驚いて、顔を上げた。

 見慣れた“人殺し”の隣に、見知らぬ男がいた。だけど、明るい茶髪といい、碧眼といい、この国の人間とは思えなかった。他にも、他国から来たと思われる男が2人いる。

 モテる顔をしてるなぁと、全く興味を持たなかった私だったけれど、男の方は違った。

 腰を下ろして、私と視線を合わせて頭にポンッと手を乗せてきた。

 凄く温かくて、優しい手つき。お母さんに撫でられた時のような、もう長い間感じなかった優しさ。

「殿下! そのような汚らしい奴隷に・・・・・・」

「可哀想じゃないか。まともに服も着せて貰えないのかい? 外は雪も積もっていたから、凍え死んでしまうぞ?」

 深い赤色の髪に、瞳孔が縦長で、綺麗な紫の瞳をした男は、侍従らしい男の話を遮って、私に哀れみの言葉をかけてくれた。

 それに殿下って・・・・・・どこかの国の跡継ぎってことかな。

「仮に大罪を犯した子とはいえ、こんな扱いをするのかい? 子供は国の宝だと思っていたんだが」

 国の、宝? 他人でそんなことを言ってくれた人は、初めて。

 奴隷なんかに、どうして?

「えぇ、だから情けとして、近々奴隷のオークションに出そうと思っておりまして」

 それじゃ、結局待遇は変わらない。情けなんて全くない。

「・・・・・・いくらだ?」

「へ・・・・・・?」

「殿下!?」

「いくらだと聞いている」

 ちょっと待って、急すぎる。え、何を買うの?

「え、と・・・・・・何をご希望で?」

「この子だが? いくらだ?」

 私? なんで急に・・・・・・だって、一国の王子なんでしょう? 私なんてそばに置いたら、貴族や国民から猛反発を受けるんじゃないの?

 しかも私に哀れみの言葉をかけてくれた男も、うんうんとなぜか頷いている。

 他国からの訪問者であろう3人のうち、唯一侍従らしき男が狼狽えている。その反応が普通では?

「しかし・・・・・・」

 渋る王太子に、深い赤髪の男が言葉をかぶせる。

「どうせ捨てるのだから、グラシアンに譲っても変わらんだろう。むしろいい値で買い取ってやろうと言うのだ」

 グラシアン・・・・・・それが、この人の名前?

 チラッと目線を配っただけで、“人殺し”は怯えた目をした。

 地位は王子の方が高いだろうが、“人殺し”の方はそれよりも深い赤色の髪の男が怖いらしい。別に武器を携えている訳でもない。騎士団長や宮廷術師だったとしても、こんなに怯えることは普通ありえない。

「カル、脅しすぎだ」

 苦笑いしながら、グラシアンと呼ばれる男が深い赤色の髪の男を諌める。

「それはすまないね、温室育ちの王太子には少し厳しかったかな?」

 ニコニコとしているのに、その目は王太子を鋭く睨んでいる。

「厳しいどころか、殺さんばかりの視線だったな」

 王太子・・・・・・この国の、跡継ぎ。私の母を殺した、“人殺し”。本当の人殺しは、この男なのに、お母さんはこいつに・・・・・・。

 そう思うと本当に悔しくて、涙が出てきた。

「ほら見ろ、カル。お前がそんな怖い目付きをするから、彼女が泣いただろう」

「あぁごめんね」

 全く深い赤色の髪の男は悪くないんだけど、すぐに優しい目付きに戻って優しい言葉をかけてくれる。

 この2人は、互いに王太子? だけど国力の違いで明らかに他国の王太子の方が位が高いのだと分かる。

「わ、分かりました。お譲りします」

 結局、王太子はカルと呼ばれた男の人と、殿下と呼ばれた男の人の圧に負けて、あっさり私を明け渡した。私の金額は知らないけれど。

 そうして、その日のうちに明け渡されて、私はシアンの奴隷になった。

 牢から出されて、私はグラシアンに抱き上げられた。

「珍しい髪色と目の色をしてるんだな」

「お、本当だ。綺麗だね」

 どの国でも見ない髪色と目の色を、二人は褒めてくれる。

 深い赤色の髪の男は私に上着を被せてくれて、久しぶりに感じる温かさでホッとして、意識が無くなった。

 目が覚めたのは、宿のお風呂に入らされていた時だった。シアンの侍女さん達が髪や体を洗って髪を切って、清潔にしてくれていたけれど、シアンやカルが髪を見た途端すごく驚いた顔をしていた。

「本当に珍しい見た目をしてるんだな。髪も伸びていて分からなかったが、随分と整っているようだ」

「あの王太子も愚かだったね。こんなに綺麗だったら、奴隷オークションで最高額を叩き出していたかもしれないのに。顔を上げていいんだよ。僕はカル、お父さんと呼んでも構わないよ?」

 へ? お父さん、とは。

 私の混乱は他所に、次はグラシアンが自己紹介を始めた。

「俺はソルヴァイス・フォン・リーヴェルト・グラシアン。ソルヴァイス帝国の皇太子だ。長いだろうから、シアンと呼んでくれ」

 え、長すぎ。覚えられない。そして、そんな気軽に呼べません。

 しかもソルヴァイス帝国って言った? あの、強国で幾つもの国を統治してるっていう。

 大陸の国々は争いが絶えない国も多くある。未だに戦争が起きている国もある。だから、トップがすり変わることも少なくは無い。

 だが、絶対にソルヴァイス帝国には手を出そうとしない。それだけソルヴァイス帝国は強く、大陸の中でも手を出してはならない国の1つでもある。

 だから目の前の光景が、そして今の現状が信じられなかった。

「お前、名前は?」

 名前、名前⋯⋯長い間呼ばれることもなかった、私の名前は⋯⋯。

「シェリア⋯⋯」

「うん、綺麗な名前だ。これからよろしくね、シェリア」

「よろしく頼む」

そんなわけで、私はシアンの奴隷? として働くことになったわけです。

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