4.女バス。メンバー。

「やっぱり女子ならテニスだよねえ」


 凛は親友のるみとテニスをやりたいと思っていた。ただ、こんがり日焼けはしたくない。そこだけが嫌だった。どうしようかと悩んで悩んで決められずに部活の入部届をズルズル先伸ばしにしていた。


 バスケの勧誘で真っ先に白羽の矢がたったのが凛と同じ小学校だった信子。凛に借りた教科書を信子が返している時だった。2人はガヤガヤと、あっという間に三年生に囲まれた。


「ねえ。そこの美人の一年生」


 信子も凛も誰の事か分からず振り向かなかった。


「ねえってば。身長の高いあなた。名前は?」


 信子はやっと自分だと気がついた。


「三木信子です」


「三木さん。あなた超良い体してるぅ」


 なんだなんだといぶかしがる信子。一華が信子の両方の二の腕を軽く掴み、揉んだ。びくっとする信子。


「だけどちょっと筋肉が足りないようね」


「引き締まったセクシーボディーになりたくない?」


 お腹を出して腹筋を見せた唯が背比べしながら聞いてきた。唯の方が5センチ上だった。


「めっちゃ背高いじゃん」


 ナノが誉める。ナノからはうっすら煙草の煙の匂いがした。信子は顔をしかめる。凛に助けてと目配せしたが凛は一華に捕まっていた。


「お友達はなんて名前?」


「須藤凛です」


「須藤さん。一緒にメイクで可愛くならない?」


「え?」


「女バスに入ると今ならコンシーラーがついてきまあす」


「はい?」


「須藤さん、右目の下にシミがあるからさ」


「え?」


「冗談冗談」


 一華は凛の右頬をこれでもかと引っ張った。


「有佐たち。女バスなんだけど。メンバーが今足りないのよねぇ」


 甘い言葉で一緒にやろうよと、ギャル三年に囲まれた信子は気が弱すぎて頷くしかなかった。凛は衝撃的すぎてペンを握れなかった。そして信子がサインしている間に悪いと思いつつ姿をくらました。


 奏歩は、自主的にバスケに入ると宣言していた。ボールハンドリングの腕前に相当自信があり、それは周知の事実でもあった。


 そして雄。凛と別の小学校からきた雄は恋多き乙女だった。雄が一目惚れしたのは男子チームに入った綾瀬くん。雄もマネージャーを希望したが、希望者が多すぎてあぶれてしまった。仕方ないから少しでも近づくために雄は女バスに入ることにした。


 3名の入部希望者が揃ってしかしバスケは5人で1チーム。三年生がすぐに引退してしまうことを考えれば麻帆を入れてもあと1人足りない。一度は逃げ出した凛に、また三年の一華たちが目をつけた。


「バスケ経験ある? 凛ちゃあん。信子から上手いって、聞いてるよ」


 囲まれて、いきなりの名前呼びに凛は少々びびっていた。信子、あたしを売ったな。信子を裏切って逃げたことを棚にあげて凛は怒った。


「小学校の授業でやりました」


「なら、バスケの楽しさ知ってるよね?」


「はあ、まあ」


「凛は化粧はしないの?」


「有佐が磨けば光るよ。可愛い顔だしさ」


「バスケ部に入るとめっちゃ新しい世界が拓けるよ」 


 まくし立てるナノ、有佐。


「大丈夫。練習って言ってもおしゃべりタイムだし試合もそこそこいけてるしねぇ」


 確かに女バスは地区予選の3回戦まで勝ち進んでいたが、それは主に三年生の体力と運動神経、そしてくじ運のよさのおかげで、引退後がどうなるかは未知の領域だ。


 やたらと引きが強い三年たちだがいい噂は凛はきかなかった。化粧品をドラッグストアで万引きしたり煙草を吸ったり他校の男子と不純異性交遊があったりという評判だ。


「でも私、テニスにしようかなあって」


「ダメダメ。テニスは個人プレー。バスケはチームプレー。面白いのは絶対チーム」


「私たちのチームプレーをちょこっと教えてあげる」


 一華がにたりと声を潜めた。


「麻帆、教えてあげて」


「はい一華さん。凛ちゃん、いい? これは秘密よ」


「はあ」


「化粧品のお店ではね、まず一華さんとナノさんが沢山お試しセットを試して迷惑客のふりをするの。店員が、一華さんとナノさんが騒ぎ出すのをみかねた頃、15分後くらいに素知らぬ顔で有佐さんが100円くらいのお会計をする。一華さんとナノさんへの苦情を店員に言う。店員は騒ぎを止めに入る。ここで合図して唯さんが黒マスク黒帽子黒サングラスでさっと来店。高額の商品を掠めとる。ね? すごいチームワークでしょう?」


 凛はたじたじとしていた。逆らっちゃいけない。この人たちには。


「じゃ。凛は入部決定。ここにサインしてね」


 凛は押しに負けてサインしてしまった。嫌なら辞めればいい、そんな甘い考えだった。それに。はじめて逆転シュートを決めた時の柄もしらない快感も覚えてはいた。少しだけ。


 そして凛が麻帆や一華から説得を受けている時、校長が廊下を素知らぬ顔で通った。それはほんの一瞬のことだった。

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