バスケットガール

冬見雛恋

第1章

1.凛。意地悪。

 鉄骨の柱、錆びたドア、バルーン状の屋根、磨かれていたはずなのに今やワックスが剥がれきってしまったフロア。どこかわびしさを感じさせるレトロな体育館に、キャーキャー、ワイワイ、ガヤガヤ騒ぐ声と、体操靴のキュッキュッという音が反響していた。


 広い体育館の天井にまで応援の歓声がとどく。バスケの授業、6年生女子の7対7、10分間のミニゲームの最中だった。バスケとはいっても初級中の初級で、ボール拾いと玉入れがごちゃまぜになったなんでもありのゲームだった。いうなれば小学校卒業間際、最後の体育のお楽しみ会的な位置づけである。


 だが、このゲームは絶対に勝ちたい。凛はそう思っていた。


 敵チームに奏歩がいた。たったそれだけの理由で凛には熱が入った。奏歩には負けるわけにいかない。いつも人を小馬鹿にしたような態度で誰も彼もを見下しきっている奏歩。あいつは敵だ。凛の直感がそう囁く。ちょっとばかり運動神経がいいのを鼻にかけ、大した頭もないくせに偉そうぶっている傲慢なやつ。そんな奏歩は当然のように人気がなく友達がいない。ただの可哀そうなやな奴、そして凛の敵であった。


 だが奏歩はバスケが大得意で、特にボールを持たせたらもう一生離さない。ドリブルでいとも簡単に凛チームのディフェンスつまり守りの間を掻い潜った。あっという間に抜き去られる数人の凛のチームメイト。悔しいと感じる間すらない。


 足の間にボールをくぐらせるレッグスルーという技でほぼ全員が抜かれていた。た、たんたた、たんたたん、たん。一定ではないボールのリズムに翻弄され、あれよあれよという間においてきぼりだ。


 唯一の奏歩の欠点はシュートがなかなか入らないこと。奏歩の身長は137センチと低く、海老反りになって苦しげに両手の力いっぱいシュートをうつが、どのシュートもリングに力まかせにぶち当たっては跳ね返っていた。


 だからこのゲームは8分を過ぎているにも関わらず未だ4対4。ほとんど奏歩の独壇場になっていたが勝敗は分からなかった。


 凛が奏歩を足止めしようと彼女の前に立ちはだかった時奏歩は言った。


「女子たちはみんな敵だ!」


 それは吐き捨てるような呟きだった。


「私だけをはぶってさ。卑怯なんだよ」


 嫌われ者の奏歩にふさわしい心の叫びだった。凛は別に何も感じなかったので返事をしなかった。当然の結果でしょ。あんたが悪い。


 奏歩は凛を抜いたが案の定シュートを、はずした。背の高い信子がリバウンドをとる。ディフェンス守備がオフェンス攻撃に切り替わる。凛は、ボールに群がる女子たちを尻目にもしかしたらと思って自分のゴール下へと走った。いい判断だった。


 味方チームのるみから、フリーになっていた凛にロングパスが放たれた。キャッチしそこね、一度はボールを落としたものの周りには誰もいない。チャンス。


 拾い上げたボールをよたよたした手つきでゴールに投げ入れる凛。偶然にもシュートは決まった! 


 4対6。残り11秒。


 勝利の予感がした。3、2、1、終了ー! 


 凛の逆転シュートでチームの勝ちが確実になった。決定打を打ったことに喜びを隠せない凛。何よりスパッとボールがゴールネットを通った瞬間が気持ちよかった。バスケ、意外にやってみると楽しいじゃん。これが凛とバスケとの出会いだった。


 奏歩は負けたことをものすごく悔しがり腹いせにバスケボールを思い切り蹴った。もちろん先生から厳重注意。いい気味だと凛は意地悪くそれを見た。唯一の特技がバスケな奏歩。飛べない羽をもいでやった。伸び切った鼻をへし折ってやった。いい気味。ざまあみろ。

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