Short stories

井内 照子

天体の旅路


 青い無機質な光沢を放つ砂の御城の中では砂時計を象った光子時計の数往復分の時間が流れ、時は全く無味乾燥なものへと成り下がってしまっているのです。そんな虫籠の世界が歩いていけそうにもない地平のずっと先まで延びていて、ある天体の皮膜を覆いつくそうとしているのです。この天体では季節というものも、あるいは一日というものも光子時計によってもたらされるものであるから、もはや何の意味もない抜け殻の時だけがあるようです。

 いつだったか、世界がまだ華やぎ、豊潤な香りと彩りに高く澄みきった情緒的な雅楽の調べをもっていたころには、人々は快活な幾通りかの表情を持っていたようですが、いまではそのようなものはどこにも無く、生命の気配すら絶えたなかに光子時計の数往復分の時間が悠久につづくのです。がらんどうの蒼い砂の御城、つまり虫籠は空っぽで黒い空を突き刺してきらきらと光を放ち、だだっ広い場内はたまにおだやかな原子風がそよぐばかり。空間の記憶だけが辺を彷徨って、行き来し、ふと陰に飲まれては表れたり消えたりを繰り返すのです。また光子時計の数往復分の悠久の時が流れて、まだ静かにそびえる砂の御城では僅かな物質の移動があったばかり。(せいぜい散り粒が多少の移動をして、僅かに城の表面が削れた程度)見えない部屋の隅に溜まった埃に気がつかないのと同様に、そんな程度の変化があったのです。

 この天体はいつかには惑星でした。惑星だった昔には母なる恒星のまわりをぐるぐるぐるぐる飽きもせずに回っていたものです。そんなときに、不意に訪れた変化がこの天体の運命を導きだし、この天体は母の膝元を離れ、遠く旅に出ることになったのです。光子時計はその頃に居て文明を誇っていた者達の遺跡なのです。天体は母の膝元を離れ光に近づこうとどんどん加速していきました。当然、天体の上にある光子時計も相対的にみればだんだんとゆるやかに進み始めました。進行方向に集中した星の群は後ろに行くほど赤く、ほとんどは白か青に見えました。そう見えはするもののいったい天体はどこにむかっているのか、一向に他の星々に出逢うこともなく真っ暗闇に落ちていくのです。

 そんな悠久の時がまた流れて、星はずいずいと素粒子の海を漂いながら闇にむかって進み続け、まわりを覆う光源に縁取られた大きな黒い穴へ引き込まれていきます。引き込まれようとする天体の光子時計の時間はいっそうゆっくりになって、のろのろのろのろ行ったり来たりを繰り返すのです。その明滅もふいに途切れて、天体は黒い穴の力で引き裂かれ、散り散りになって、そのひとつぶひとつぶはこれまでして来た旅よりもずっと長い旅をたったの数分間に感じながら、その目的地には一生届くこともなく、ただかぞえきれない時だけが延びているのです。

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