第5話 山桜の骨董市【後編】
ある日、仕事を終え両親と暮らすマンションに帰宅すると、わたし宛に差出人も切手も貼っていない広告が入っていた。
『なつかしの骨董市、好評開催!』 朝5時~6時 場所:奥山村分校
小学生が書いたような下手な手書きの印刷物で、いたずらな気もしたのですが、書かれていた奥山村分校には、少し驚かされました。
その分校で私は、廃校になる最後の卒業生だったのです。
私は奥山村分校を卒業とともに、両親と三人で都会に引っ越して、仕事に就いたものの。不規則なシフトに、安い給料、田舎育ちで、もともと気の弱い私は、都会について行けず人間関係もうまくありません。
何度か仕事を変わりながら、アルバイトの簡単な仕事を続けています。
両親は早く結婚して欲しそうですが、アルバイト勤めで、引っ込み思案の私は出会いも少なく、男の人とお付き合いもしたことがありません。
焦る気持ちもありますが、気にしても仕方ないと割り切るようにしています。
ふと、広告を見ると、小さい頃の田舎暮らしの頃が思いだされてきました。
広がる水田、緑の山、川のせせらぎ、虫やカエルの声、一緒に遊んだ数少ない友達。そんな私の故郷は、すでに祖父母が亡くなり、家は処分され墓もこちらに移し、足掛かりは全くありません。
奥山村はいわゆる限界集落で、私たちが引っ越したあと、若い人はいなくなり、廃村になっています。私は広告に書かれている『奥山村』の文字を眺め
(そういえば小さいころよく遊んで、一緒に高校を卒業した男の子はどうしているだろう。ウサギのように駆け回り、真っ黒に日焼けして私に話しかけてきた。村の子を引っ張っていた活発な子だったし、今は立派になって、結婚して子供もいるのだろうな)
そんなことを考えていると、ふらふらしている自分が、苛立たしく、焦りばかりがつのります。
私は、お盆休みということもあり、思い切ってその骨董市に行ってみることにしました。
両親は「あんな場所で骨董市なんて、うさんくさいわね、気を付けなさい」と心配されたが「よくある田舎でのイベントでしょ。懐かしいし、騙されたと思って行ってみる」
なぜか故郷の不思議な
◇
骨董市の開催される前日、私は近くの町のビジネスホテルに一泊し、翌朝、シャトルバスが来るというホテルの前の駅前に向かいました。
小さな町は閑散とし、しばらくして軽自動車が一台、先のビジネスホテルから出ただけで、他に車も人通りもありません。
(本当に、骨董市が開かれるの)少し心配になってきましたが、しばらくして、小さなマイクロバスが来ました。
窓には下手な字で『なつかしの骨董市会場行き、シャトルバス』と書かれた紙が貼ってあり、ほっとしたものの、いったいどんな骨董市なのか未だ不安です。
運転席から、なぜかウサギ耳の男(少年に見えるが)が出てきて、あいさつすると。そのうさ耳の男(少年?)の運転で、発車しました。
曲がりくねった山道を乱暴に運転するので酔いそうになり、以前住んでいた懐かしい家も見えたのですが、それどころではありません。
村の高台にある奥山村分校に着くと、草が生い茂った運動場の先に懐かしい木造の校舎が、卒業時の面影を残しています。子供の頃は大きな校舎だと思っていましたが、今見ると小く見えて、自分が大人になってしまったことを実感します。
さらに、校舎の横には、一本桜と呼んでいた大きな桜の木が、その威容を残して立っていました。
(一本桜……)
もう戻らない時間。
子供の頃の無垢で、生きることを意識せず、毎日を流れに任せて遊び、そんな自分たちを包み込んでいた大木は、今も変わらず、私をその頃に誘うようで、懐かしい友人に無性に会いたくなって涙が出てきそうです。
◇
校舎の前には、今はほとんど見られないボンネット・トラックと、その隣に乗用車と軽自動車が停まっています。
私はバスを降りて、校舎に向かいました。
正面玄関の前には、『なつかしの骨董市会場』と書かれた立て看板があり、体の大きな男が法被を着て立っていました。
鼻が上をむいた豚面、大柄のお坊さんのような感じで、挨拶もなく私が広告を見せると、うなずいて奥を指さしただけです。ちょっと怖いです。
校舎の中に入り、きしむ廊下を進むと教室の前には再び「なつかしの骨董市会場」の立看板がありました。ここは私が高校2年生まで使っていた教室。
すると、教室の中から法被を着た猫耳を付けた可愛い少女が、ぴょんと飛び跳ねるように出てきて
「いらっしゃいです。こっちですニャ! 」
語尾にニャを付けて手招きする少女に従って、私は教室に入りました。先の豚顔の男とは違い、笑顔で愛想のいい小学生か中学生くらいの少女です。
教室に入ると少し埃っぽいですが、木枠の窓、白墨の消し後の残る黒板の横には、学級当番の表が掲げられ、後ろの棚には、まだ自分の名前が残っています。
毎日鞄を入れていた棚、小さな机、懐かしさにしばし眺めていました。
教室の中は勉強机を六つほど寄せていくつかの島をつくり、その上に品物が置かれています。奥には、先程の車の客でしょうか、壮年の婦人が一人、机に置かれた品物を見ていました。
品物はどれも懐かしい物ですが、とても売り物とは言えないようなものばかり。そんな中、私が着ていたものと同じ柄の浴衣があり、手に取ってみました。
「これは、川向の男の子と夏祭りに着ていったものと同じ……確かあのとき、ソースをこぼして、彼が一生懸命に拭いてくれたけど、とれなかったんだ」
懐かしい思い出です。
何気なく、その部分を見ると……染みがそのまま残っている。
「これは! 私が着ていた浴衣そのもの。引っ越しの時に処分したはず……」
私は、もしやと思い、他の品物も見てみると
「これは、私が欲しいと言って、お父さんが町まで買いに行ったリカちゃん人形、他にも……筆箱にランドセル、教科書まで」
しかも、私の名前が書いてある、どうして……
処分したはずのものがここにある。
私は店員の猫娘に事情を聴きましたが
「すみません、私にはわからないのですニャ」
さらに、その値段に驚いた。浴衣は二百五十万円、他の品物も数十万円というのです。
いったいこの骨董市は……店員の猫娘に聞いても埒があかない。
そのとき、先にいた婦人が親しげに声をかけてきました
「驚いたでしょ。自分が持っていた物ばかりで、しかもこの値段」
飾り気のない素朴な婦人は、始めて会うのに、どこか見覚えのある、というか他人とは思えない不思議な感じの人です。
私はその婦人に
「そうなのです。事情をご存知なのですか」
「いいえ、私も二回目だから。よくわからないの」
そう言うと、話題を変え
「それより、二階に行ってみない」
「二階にも、何かあるのですか」
「まあ、裏メニューみたいなもの」そう言うと猫娘に「店員さん! 二階の品物もいいですか」
すると、店員の猫娘が奥で
「わかりました! 続いて常連さんの特別招待ですニャ」
「続いて……」
私が小首をかしげていると、婦人が微笑んで
「先に私の夫が行ってるの、さあ行きましょう」
私は婦人に連れられて二階に向かいました。そのとき婦人が
「教室には、私の夫と青年が先に行ってます。そこで、青年の持っている物についてお聞きなさい」
突然の話に、私は訳がわからないのですが、笑顔で話す婦人を見ると悪いことではないように思い、とりあえず頷きました。
ただ、この親し気に話しかけてくる女性に、先ほどから、どこかで会った、というか全てを見透かされているような、他人とは思えない違和感が拭い去れないのです。
◇
二階は高校三年生最後に勉強した教室です。教室に入ると、二つしかない机と椅子。
黒板には在校生が書いた、「卒業おめでとう」の文字がまだ残されています。彼と二人で勉強した、なつかしい教室。まるで、時間がその頃に戻ったような不思議な感覚。
教室の奥の窓際では婦人の夫と思われる壮年の男性と、横に若い青年が窓の外を見ていました。
私は、婦人に連れられて、夫のそばに行き二人に挨拶しました。
夫と、青年も挨拶すると、一瞬彼が一緒に卒業した同級生かと思いましたが、面影もなく、コミュ障の私は聞くことはできません。青年もおとなしい性格のようで他人行儀です。
話が続かないためか、夫が
「どうです、あの一本桜に行ってみませんか」
私も彼も同意すると。
夫婦は、どこかシナリオ通りと言った感じで、微笑んで頷きあいます。
私たちは夫婦と一緒に一本桜の元に向かいました。
◇一本桜
懐かしい一本桜。風が葉をざわつかせ、枝葉は木漏れ日を落としながら、空を覆っています。
すると、青年が桜の木を見上げ
「驚きました。ここにあるものは、実際に自分が使っていた、そのものなのです。しかも、突拍子もない値段、おどろかれたでしょ」
その一言で、彼が同級生かと思いましたが、学年違いの卒業生かもしれないので。まだ半信半疑でした。
私も桜の木を見上げながら
「そうですね、何か買ったのですか」
「いえ、まだ」
「その手に持っているものは」
婦人に言われたように青年に聞くと
「これですか……」
少し話すのを、ためらったようですが
「実は初恋の人に、この一本杉の下でプレゼントしたのですが。恥ずかしくて思いまで伝えることができずに、そのまま卒業してしまったのです」照れながら話す青年は、続けて
「ここで買い戻して、もう一度会う機会があれば、自分とわかってくれるだろうと思い、ダメもとで付き合ってもらえないかと、言おうと思ったりしています。でもその場になったら、言えるかわかりませんけどね……ああ、これはつまらない話を」
青年は苦笑いをしながら話すのを聞いて、私は胸が熱くなり、深呼吸して答えます。
「先ほどの婦人に、青年の持っているものが何か訪ねなさい、と言われたのです。その中の品は、カランコエの絵柄のオルゴールではありませんか」
私の言葉に、青年は「えっ! 」といった表情で、少し震えながら、私を見つめたあと
「僕もご主人に、その品物のことを聞かれたら、その時の思いを話しなさい。と言われたのです。もしかしてと思い、思い切って話しました」
青年は真っ赤になって
「やはりあなたは、同級生の………」
私はうなずいたあと
「それ、壊れていて、しばらく持っていましたが。引っ越しのとき捨てたのです」
慌てている青年は「壊れていた! あの、その……すっ…すみません、実は、渡す前、緊張して落としてしまったのです……」ろれつも回らないようです。
そのあと、急に力ない声で
「捨てた……そうですか。なんてことだ……思い切って話ましたがおはずかしい。先程の話、忘れてください」
うなだれる青年に、私はおかしくて、涙が出そうになります。
そこに、猫娘が来て
「どうです、いい品でしょう。入荷に結構苦労したのです。よかったら、値段を確認しますニャ」
さっそく大福帳を取り出す猫娘に、青年は沈んだ声で
「いえ、値段は確認しなくていいです。ぼくには、もう買う理由がなくなりましたから」
がっかりした様子の青年に、私は
「そうですね。私達には、もう必要ありませんから」
そう言うと、さらに落胆する青年。
鈍感青年は、情けない表情ですが、猫娘がニヤニヤしながら
「わたし、たち、ですか」
猫娘は、私と青年を交互に見て「そうですか、お安くしておこうと思ったのですが。確かに必要ないですニャ」
笑顔で同意する私に、青年はやっと理解したようで泣きそうな表情です。
そのとき、校舎の前で先程の夫婦の乗用車のエンジン音がしました。
振り向くと、夫の運転で、婦人が笑顔で手を振って車は出て行くところでした。
◇
私は村からの帰り、彼の車に乗せてもらいました。
それから、二十年後……
私は彼と再び、ここに訪れることになるのです。
※【カランコエ花言葉】 たくさんの小さな思い出
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