第4話 山桜の骨董市【前編】
僕は高校を卒業後、十年ぶりに故郷の村に戻ってきた。
というのも、先日ポストに入っていた差出人も切手も貼っていない広告
『なつかしの骨董市開催! 』朝5時~6時、場所:奥山村分校
会場は高校まで通っていた村の分校で、懐かしさと、お盆休みに入ったこともあり、気まぐれに行ってみることにした。
そして今、社会人になって初めて買った中古の軽自動車で、一人住まいの都会から生まれ故郷の村に向かっている。
骨董市の開催は早朝なので、近くの町のビジネスホテルで一泊し、翌日の朝早く出発した。
そういえば、ホテルの前の駅からシャトルバスが出るらしく、他に行く人がいるのかと思って駅前を眺めたが、若い女性が一人立っているだけで、他にはだれもいない。
本当に、骨董市なんて開かれるのか。
一日だけの、しかも早朝の開催。それに、奥山村は廃村になったと聞いていたし、ネットを検索しても『なつかしの骨董市』など、情報規制しているのかと思えるほど、該当するものは全くなかった……
半信半疑だったが、久しぶりに生まれ故郷を見るのも悪くない。騙されたと思ってホテルを後にした。
◇
山間の狭小な道が続く。
右に左にハンドルを切りながら山道を進むと、少し開けた小さな盆地の山村に出る。
「奥山村だ」
村に近づくとポツリポツリと家が見えてくるが、すべて廃屋だった。
僕は分校の最後の卒業生で、卒業後すぐに都会の専門学校に進み、そのまま就職した。
両親は兄の家に同居したので、都会で一人暮らしを始め、最近なんとか仕事も慣れて、夢だった自分の車を買い(中古の軽自動車だけど)、それに乗って、だれもいない故郷への凱旋だ。
(せっかく買った車に、彼女でも乗せたいのだけどなー……)
などと、思っているが仕事が忙しく、全く出会いがない。
思えば、分校を卒業して都会に出たときは田舎者のため、話が合わず周囲になじめなかった。
村では、少ない子供の中のガキ大将だったが、しょせん井の中の蛙。都会に出たとたん、その迫力に委縮してしまい、次第に人と距離を置くようになってしまった。
兄が結婚し、次は自分と言われて焦る気持ちもあり、婚活サイトに応募して合コンをしたこともあったが、
そんなことを思い出しながら村に入ると、子供のころに遊んだ川や、杉林が見えてきた。
村の家は廃屋で、杉林も荒れ放題。自分の家の前も通ったが、屋根は落ちて、庭も背丈以上の草が茂り玄関も見えなず、少し虚しくなる。
さらに進むと、川向(かわむかい)の家が見えてきた。同じく廃屋になっているけど、その景色に、ほのぼのとした思いが沸き上がる。
そこは、一人しかいない同級生で、奥山村分校を最後に卒業した女生徒の家だった。
(どうしているかな彼女。卒業以来会っていないし、もう結婚しているだろうな)
僕の話しを、いつも笑顔で聞いてくれる
彼女に会って、懐かしい子供の頃の話をしたい。
彼女なら今のつらい毎日のことも聞いてくれるような気がする。逆に、もし彼女がつらい思いをしていたら、僕なんかでも何か力になれるのではないだろうか。
単なる妄想かもしれないが、同じ境遇であれば、わかってくれるような気がする。
実は卒業のとき彼女に、伝えたいことがあったのだが、それができなかった。
今となっては、悔やまれて仕方なく、その思いは
◇
村の高台にある奥山村分校に着くと、校門は開いて『駐車場』と手書きの看板があったので、そのまま運動場に乗り入れた。
子供の頃に駆けずり回った運動場は神聖な感じがして、車で乗り入れるのは少し気が引けたが、大人になった感慨と、もう戻れない少年時代を思うと少し寂しさを覚える。
草が生い茂った運動場の先には、古く懐かしい木造の校舎が卒業時の面影を残して鎮座し、校舎の横には、春には満開の花を咲かせる一本の大きな桜が、ザワザワと葉音をさせ、その威容を誇っていた。
(一本桜……あの時、どうして勇気が出なかった)
その巨木を見ると、少し胸が痛む。
まあ、若い時のほろ苦い思い出だ。
校舎の前には、今は見られないボンネット・トラックと、乗用車が一台停まっている。トラックは骨董市の業者のものだろう、乗用車は先客のようで、見たことのない車種だった。
僕は乗用車の横に停めて、懐かしい校舎に向かった。
校舎の正面玄関には『なつかしの骨董市会場』と書かれた立て看板があり、体の大きな男が法被を着て立っている。
鼻が上をむいた豚面の男の手首には真珠の数珠のような腕輪、首にも真珠の首飾り、お坊さんのように見えるが、そうでもないようだ。
挨拶もせず立っているだけで、広告を見せると、うなずいて奥を指さした。
スリッパに履き替えて校舎の中に入り、きしむ廊下を進むと教室の前に再び『なつかしの骨董市会場』の看板がある。
この教室は僕が高校2年生まで使っていた教室だ。
すると、教室の中から法被を着て猫耳を付けた可愛い少女が、ぴょんと飛び跳ねるように出てきた。
「いらっしゃいです。こっちですニャ! 」
語尾にニャを付けて手招きする少女に従って、僕は教室に入った。
木枠の窓、白墨の消し後の残る黒板の横には、学級当番の表が残っている。後ろの棚には、まだ自分の名前が貼ってあり、しばし眺めていた。
骨董市は教室の中に勉強机を六つほど寄せていくつかの島をつくり、その上に品物が置かれている。
奥には、先程の車の客と思われる壮年の夫婦が机に置かれた品物を見ていたが、時々僕を見て、こそこそとなにか話している。
僕は夫婦のことは気にせず、品物を見始めた。
とても売り物とは言えないようなものばかりだが、どれも懐かしい品物で、手に取って見ていると、店員の猫娘が寄ってきて
「どうです、何かいいものが見つかりましたか」
「うーん、懐かしいけど。特に欲しいものはないなぁー」
「そうですかー。まあ、ゆっくり見て行ってくださいニャ」
まだ子供の猫娘の店員が、がっかりして言うので可哀そうになり、どうせリサイクルショップだろうから、数十円から数百円程度と思い
「それじゃあ、この筆箱でも買おうかな。幾らだい」
使い古しの筆箱を手に取った。
猫娘の店員は笑顔で大福帳を確認して、出た金額が……
「二十五万円ですニャ」
…………!
聞き違いか、猫娘の見間違いと思い、問い返すが
「二十五万円ですニャ」
再び同じ答え。
しかもローンやカードはだめ、現金払いということだ。
「こんなガラクタのどこにそんな価値があるんだよ。売る気がないのか」
相手は小学生ほどの女の子なので、やさしく言ったつもりだが、語尾は少し大きくなった。
すると、猫娘は
「そう思われるのも無理ないです。その筆箱を開けて、よく見てください。他では絶対手に入らない物ですニャ」
言われて、筆箱を開けてよく見ると、裏にかすれた自分の名前が書いてあり、なんども開け閉めして蝶番がとれたようでテープでとめてある。
「これは! 僕が使っていた筆箱、そのものだ。とっくの昔に捨てたはず」
気が付かなかったが、他の品物も自分が使っていたその物が置かれている。
さらに、同級生の川向の女生徒の品物もあり、目についたのは祭りの時に着ていた山桜の浴衣は、今も覚えている。
「確か、屋台でソースをこぼして泣いていたっけ。でもどうして、これがここに」
聞いても、猫娘はわからないようだ。
ただし、自分の懐かしの品物ばかりでなく、教室の奥の机には、子供服やベビーカーなどもあり、壮年の夫婦はそれらを見ている。
すると、腑に落ちない自分のところに、夫の方が寄ってきて声をかけてきた
「私も最初は驚いたよ。自分が持っていた物ばかりだからね」
「そうなのです。なにか事情を知っているのですか」
「いや、私も二十年ぶりに、妻と来たものでね。実は、二年ほど前に家が火事になって、大切なものがすべて燃えてしまった。何とか立ち直って生活が安定したところで、この骨董市の案内が来たんだ。そこで売っているものは、燃えたはずの家財道具などで、さらに家族のアルバムもあったので、値段を聞いたら百万円と言われ、そんな馬鹿なことがあるかと、問い詰めたが責任者もいないので埒が明かない。仕方なく、手持ちの2万円で、家族で写した写真を一枚売ってもらったよ」
苦笑いして語る男性は、続けて
「そんな事情は知っていたのだが。今回は、ここでの大事な用事のことで頭がいっぱいで。妻も私も、ぼったくりの骨董市だったことをすっかり忘れて、何も買うことができそうにないなー」
「大事な用事とは」
「まあ、こちらのことなので……それより、二階にも品物が置いてあるのだが、行ってみないか」
用事については、はぐらかされたが、夫婦の事情なので自分には関係ないことだ。それより
「二階にも、何かあるのですか」
「まあ、裏メニューみたいなものさ」含みのある微笑みで言うと、猫娘に
「店員さん。二階の品物もいいですか」
猫娘が振り向くと、愛らしい笑顔で
「おー、秘宝をご存じとは。常連さんの特別招待ですニャ」
「常連と言っても二回目だけどね。さあ、行こうか」
夫は妻を見ると、示し合せたように妻も笑顔で頷き、僕は夫に誘われるまま二階に向かった。
ただ、この親し気に話しかけてくる男性に、なぜか、どこかで会った、というか全てを見透かされているような、他人とは思えない違和感を覚えていた。
◇
二階は高校三年生最後に勉強した教室で、猫娘は教室の扉の鍵をあけ、中に誘ってくれた。
中には二つしかない机と椅子。
彼女と二人で勉強した教室、黒板には在校生が書いた『卒業おめでとう』の文字が残され、まるで卒業当時のまま、時間が止まっているような錯覚を覚える。
ただ、品物は何もない。
「秘宝って、何もないじゃないか。まさか机が売り物とか」
「さすがに、それはないです。でも、秘宝は、お客さんが一番ご存じですニャ」
猫娘は含みのある笑顔で僕に言う。
「僕が知ってる……」
考えながら教室を見回し、机の中から紙袋が覗いている。
「まさか! 」
見覚えのある紙袋。
僕はあわてて取り出し、震えながら手にとると、思わずその紙袋を持って窓際に行き、校庭の端の一本桜を見つめた。
そのとき、教室の後ろの扉があく。
振り向くと、さきほどの奥さんと一緒に、若い女性が教室に入ってきた。
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