ひもろぎの骨董市

第1話 なつかしの骨董市(1/3)

 中学3年生、和也かずやの夏休み。

 ある日の夕方、ポストに差出人のない封書が入っていた。


 封書には和也の住所と氏名が書かれているが、差出人はなく切手も貼っていないため、直接ポストに投函された何かの宣伝だろう。

 開けてみると、思ったとおり小さな広告が入っていた。


『なつかしの骨董市、開催! 』 明日朝5時~6時、杉下工場内体育館にて。 


 大きな赤字で下手な手書の広告が一枚、他にはなにも入っていない。

(明日の朝……ずいぶん急だな。それに、『なつかしの骨董市』なんて、子供がつけたような名前に、子供が描いたような字だし。だいたい、骨董品なんて興味ないし。朝5時から6時なんて、絶対に怪しい)


 和也は広告をゴミ箱に捨てると、台所に置いてある夕食を自分の部屋に持って行き、一人で食べ始めた。


 数日前、母と進路のことでもめて喧嘩してからは、食事を自分の部屋で食べている。

 自分の部屋といっても、二部屋しかない小さなアパートなので、そのうち母親が帰ってくると、隣で洗いものなどをしている音が聞こえてくる。


 和也は小学生の時に父を亡くし、母と二人で生活しているが、苦しい生活と、勉強も苦手で公立高校への進学が難しく、補助をもらっても私立の高校に行くのは経済的に厳しいと、母に言われたのだった。


「あいつも母子家庭だけど、私立の高校に行くみたいだし。どうして、ぼくはダメなんだよ! 」

 生前の父親の借金もあるようで、食べることで精一杯なことはわかっている。


 そんな自分の境遇が呪わしいが、頑張れば公立の高校にも行けるだろう。しかし、小学生のとき不登校になり塾に行く費用もないため、一度つまずいた勉強を挽回することができず、学力は落ちる一方で、そんな苛立ちを母にあててしまった。


 食事を終えると、勉強する気も失せている和也は、角の欠けた古いゲーム機のスイッチを入れ、コンプリートしたゲームをさらにやり込んだ。

 ゲーム機は小学生の頃から使っているもので、母が買ってきたのだが、その時は、最新機種でなかったので、怒って放り投げたこともある。


 ゲームソフトは古いものしかないが、この一年間辛抱して小遣いをためた五千円で、新しいゲームソフトを買おうと思っているのが唯一の楽しみだ。


 ただ、時間の浪費とは、わかっている………でも、ほかに何も、する気が出ない。


 夜になり、寝ようと思ったが、なぜか広告が気になった。

(骨董市………朝5時というのもずいぶん早いな、そんなので客が来るのか。だいたい貧乏な家なのに、しかも母でなく中学生の僕に骨董品の案内なんて……なにかの間違いだろう)


 でも、気になる……


 モヤモヤはふくらむ一方だ

(どうせ、することないし。見るだけでも、って書いてあるから、行ってみるか)

 和也は目覚まし時計を4時半にセットした。



 朝、家の外にでると周囲はまだ暗いが、東の空がうっすらと明るくなり 夏の早朝のひんやりとした空気と少しモヤのかかった中、和也は自転車をこぎ出した。


 昼間は車の多い道路も今は閑散とし、車道一杯にジグザグに走り抜けると、すぐに杉下工場に着く。ただ、早朝とはいえ、あまりにも静かで、どこか違う世界に来た感覚だ。工場もひっそりとして、指定された門に行くと、守衛室の横の小さな通用門に看板があった。


 ―なつかしの骨董市会場―


 看板の横には、祭で着るような法被を着た、大柄で太った男が立っている。禿げ頭で大きな顔に目鼻口は小さく、両手首に真珠の数珠を通していた。


(僧侶だろうか)と思いながら、くしゃくしゃになったチラシを見せて、改めて顔を見ると、鼻が上を向いた豚面(ぶたづら)に思わず笑いそうになる。


 男はチラシを見ると、なにも言わず不愛想に工場の奥を指さした。通路の突き当りに手書きの矢印の誘導看板が立ててあり、矢印に従って自転車を押して配管などがぎっしり張り巡らされている大きな工場の中を進み、ドーム型の体育館にたどり着いた。


 体育館の正面扉から中を覗くと、多くの展示品が置かれ、展示品の間を、先ほどの男と同じ法被を着た小柄な少女がせわしなく動いていた。

 和也に気づいた少女は急ぎ足で寄ってきて、見あげながら


「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、ゆっくりとご覧下さるのニャ!」


 なぜか、語尾にニャを付ける少女は、今では見ることのない、大福帳を腰にさげ、胸には『千両』と書かれた小判のついた首飾りをぶら下げている。


 少し癖のかかった髪に、鈴玉のように見開いた瞳、頭には猫耳のカチューシャ? 背格好からは小学生程度にしか見えない。


(これは猫娘だな)と和也は勝手に名前を付けると、周囲を見ながら

「これは、どういった骨董市なんだ。それに、君が店員をしているの」


「はい、ひもろぎの骨董市といって、皆さまの懐かしい品物や、思い出の品物を売っています。私はこの店をまかされ、子供たちにもわかりやすいように「なつかしの骨董市」と名前をつけて各地を回っています。まあ、暖簾のれん分けってところですかニャ」


「ひもろぎの骨董市。聞いたことないな」

「あまり一般の人には馴染みないでしょうね。押し売りはしませんので、気に入ったものがあれば買ってくださいニャ」


 猫娘はぺこりと頭を下げると、再び大福帳を見ながら品物の確認を始めた。


 体育館の中には、品物が陳列……というより、雑然と置かれている。展示品は「日用品」「家具」「玩具」など、大まかに分別され、奥には家具や自動車などの大型の品物も展示されている。


 品物は多いが会場は閑散とし、店員は先ほどの猫娘だけで。客といえば和也の他に老夫婦が奥にいるだけだった。


(なんだ、客はほとんどいないじゃないか、こんなので採算とれるのか。つまらないところに来てしまったな、さっと見て直ぐに帰ろう)

 そう思って、まずは手前にある玩具の陳列箇所に行ってみる。


 低い台に玩具が無造作に置かれているが、おもちゃ箱をひっくり返して、ちらかしただけ、と言った感じだ。品物は今では売られていない少し昔の玩具だが、たいした物はなく、大部分が傷ついたり壊れたりしている。


「これは、骨董品というより、がらくた市……いや、リサイクルにも程遠いものばかりだ」

 もはやゴミとしか言いようがない。


 あきれながらも、手元のおもちゃを手に取ると、懐かしさに思わず笑みが浮かぶ。カードゲームのレアカードや、どこにでもあるプラレールで、自分も子どものころ持っていたものだ。


「七百系の新幹線だ、なつかしいな」

 プラレールだけでなく超合金ロボットや、汚れたミニカーもある。


「そういえば、プラレールや超合金は今の小さなアパートに引っ越したとき、ほとんど捨てられたっけ」


 小学校二年生のときの苦しい生活の始まりが思い出され、少し胸が詰まってくる。すると、すみに置いてある超合金ロボットに目が止まった。


「あー! この超合金ロボ、いじめっ子に取られそうになったやつだ」

 今となっては、苦くも懐かしい思い出だ。手に取って眺めながら


(あいつ、取ったものを返せと言っても、お前のか証拠を見せろって、いつも言うから、裏に名前を書いたものだった)

 そう思って、何気なしに、ロボットを裏返してみると、たどたどしい文字が書かれていた


 ナカガワ カズヤ 

 

 ……自分の目を疑った。


「これは僕の字だ! 捨ててしまった僕のおもちゃ、そのもの………」


 和也は、たまたま自分の持っていたロボットと同じ物が置いてあると思っていたが、そこにあるのはまぎれもなく自分が持っていた、そのものだ。


「どうして………?」

 和也は、さきほどのプラレールも手に取った


「確か、この七百系のプラレールは踏んで壊れたのを、死んだ父さんがなおしてくれた………」

 和也は震えながら胴体の部分を開けると、中のモータが赤いテープで固定され、線をつなぎなおした跡がある。


「やっぱりそうだ……僕のプラレール、そのものだ。何年も前に捨てられたはずなのに」

 和也は、まさかと思い、周囲を見ると、家具置き場の隅に見覚えのある学習机がある。


「これも僕の学習机! 足が壊れて捨てた机、落書やシールもそのままだ」

 和也は、近くにいた猫娘に


「これは、僕が前に使って、もう捨てられた物だけど、どうしてここにあるのですか! 」

 猫娘は、疑うのも無理もないといった表情で


「お客さんは皆、驚くのです。すみませんが、私もアルバイトなので、品物の入手についてはよくわからないのです。私はお客さんがほしい品物をお売りし、お金を受け取るだけなのです」


「それなら、責任者の人は」

「それが………連絡先は知らないのですニャ」

 申し訳なさそうに猫娘は話す。


「そんな……バカな! 」

 他に店員もなく、工場も今日は完全休業で誰もいない。しかも早朝で、なぜか守衛もいないので、確かめるすべはなかった。


 しかたなく他の品物を見ることにした。

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