第19話 初依頼きました
放課後、便利屋サークルの部室で俺がくつろいでいると突然ドアがバンッ! と開いた。
誰かと思って見てみると立っていたのはノエルだった。
「アレク君! 今日の朝暴力事件を起こしたって本当!?」
暴力事件? ああ、朝のキール君のことか。
「暴力事件というかなんというか目の前で困った人がいたから人助けした的な?」
俺がそういうとドンッと俺の目の前にある机を叩いた。
「そんなことをしていたらいつまで経っても依頼人は来ないよ!」
ノエルの後ろからメラメラと火が燃えているような気がする。
それにしてもノエルも最初に出会った頃に比べて遠慮がなくなってきたな。1週間経ったしこれくらい普通か……
そしてその気迫に押されて俺は姿勢を正した。
「いやでもな? あれは仕方なかったんだよ」
「ふーん。じゃあ僕が納得できる理由を教えてよ」
腕を組み仁王立ちをしてノエルが言った。
「実はだな……」
それから俺は今日の朝起こったことをノエルに話すのだった。
「なるほどねー。事情はわかったよ。でもやり過ぎだよ! なんで最後に髪の毛燃やしたのさ!」
「まあムカついたからな」
「ムカついてたからな……じゃないよ! これじゃあ依頼人なんて絶対来ないよー!!」
ノエルはうーと言って頭を抱えている。
「まあいいじゃないか。どうせ今日まで依頼人なんて来てなかったんだし」
俺がそういうとノエルからブチっという音が聞こえた気がした。そしてノエルはワナワナと震え始めた。
俺はどうやら地雷を踏んでしまったらしい。
「どうせ依頼人は来ない……僕がこの1週間どれだけ頑張ったと思っているんだよ! 掲示板にビラを配ったり聞き込みをしたり色々したんだよ!」
「ははは……でもビラ配りなら俺も手伝ったろ?」
頬をかきながら俺はノエルに言った。
「初日だけね!」
うっ、言い返す言葉がない。
「………」
「大体アレク君は本当に………」
ノエルの言葉を遮るように扉が開いた。誰だ? クレム先生はサークルが始まって一度も顔を見せてないし……
「邪魔したかしら」
聞き覚えのある声がしたと思ったらローズだった。
「えーと……」
ノエルは困惑しているようだ。無理もないだろう。便利屋サークル始まって以来の客だ。
「何しに来たんだ?」
もしかして朝のお礼か……朝の様子からはそんな事をするような奴には見えないがな。
「ここにきたらなんでもやってくれるって紙を見たんだけど」
そういうとローズは紙を俺達の方へ見せてきた。
「えっ……」
ノエルはそう言ってフリーズした。
「おーい。どうしたノエル。固まってるぞー?」
俺はノエルの目の前に手をやり振ってみる。
「はっ!? アレク君遂に依頼者が来たよ! 早くお茶とお菓子の準備をして! ……どうぞこちらへ!」
ノエルは嬉しそうにローズの方へ行きソファーに座らせた。
俺はノエルに言われたように紅茶を入れて菓子を皿の上に乗せる。
……なんで俺ノエルに命令されてんだ?
まあいいか。今変なことを言ってノエルのご機嫌を損ねるのは非常に面倒だしな。
「どうぞ」
俺はローズの前に用意した物を出した。
「不味いわね」
俺が出した紅茶を一口飲んだローズの感想はこれだ。
……こいつには愛嬌というものはないのか? 顔がダメならせめて愛嬌良くしろよな。
「………」
「アレク君! 落ち着いて! ほらこっちに座って!」
俺がキレそうになったのを察したのかノエルが強引に俺をソファーに座らせた。
ローズと俺達は机を挟んで向かい合う形になった。
「ではまず名前と学年を教えてもらってもいいですか」
ノエルは紙とペンを取り出した。どうやら情報を記録していくつもりらしい。
「ローズ・メリクリス、一年よ」
「って事は後輩になるんだね! よろしく! 僕の名前はノエルで、こっちがアレク君。それで今日はどんな依頼があってここに来たの?」
「その前に1つ聞きたいのだけど、ここは依頼したら本当に動いてくれるのかしら」
ローズが少し心配そうに聞いてきた。しかしこいつ先輩に対して敬語を使わないつもりか。
「そりゃ依頼次第だ」
俺がそういうとローズは少し俯いた。
「私が依頼したいのはモンスターの討伐よ」
「モンスターの討伐? それなら俺達じゃなくて冒険者雇った方がいいんじゃないか?」
俺がそういうとノエルが睨んでくるがモンスターの討伐なんて危険な事をそう簡単に受けるわけにはいかない。
「……お金がないのよ、冒険者を雇えるだけのね」
なるほどそれなら理解できる。
「その理由を聞いてもいいかな? なんでモンスターの討伐を僕達にお願いするの?」
「私をこんな姿にしたモンスターを殺して元の姿に戻るためよ!」
ローズをこんな姿にしたモンスター? 人の見た目を変えるモンスターなんて聞いた事ないぞ。
「なによ! アンタも嘘だって言うの!」
俺の目を見てローズが吠えた。
「ローズさん落ち着いて!」
ノエルが宥めるが落ち着く気配はない。
(おい、タクヤ。ローズの言っている事は本当の話か?)
俺はタクヤに問いかける。ローズと話すよりそっちの方が早いし信用できる。
『んー、俺にも分からないんだよな。ただ彼女のイベントは確かに容姿を変えたモンスターをどうにかしてほしいってものなんだよな』
(……なら、分かるんじゃないか? 最後までイベントをやれば結末がわかるだろ)
『……彼女のイベントは途中で終わるんだよ。彼女がこの学園を去るという理由でね。
ローズのイベントはバッドステータスがつくし、後味が悪いって事で最悪のイベントだよ』
(……分かった。ありがとな)
……学園を途中で辞めるのか。なら嘘か本当か分からないな。
「嘘だとは思ってねぇよ。でも本当にそんなモンスターがいたんなら親御さんがなんとかしようとするんじゃねぇのか?」
普通娘がこんなに不細工になって帰ってきたら親がどうにかしようとするだろう。
特に貴族だと周りからの目を気にして死に物狂いでモンスターを倒すだろう。
「そうね。最初は全力で私をこんな事にしたモンスターを倒そうとしてくれたわ。でも何日か経ってくると私を汚いとか穢らわしいと言って罵ってくるようになったわ。
最終的には私の顔が見たくないからって理由で学園に通わされるようになったわ」
ローズはどこか達観したかのように言った。かなり辛かったのだろう。
なるほど、周りの目を気にするあまりローズを近くに置きたくなくなったのか。
「その、他の誰かに相談しなかったの?」
ノエルがそう聞いた。
「したわよ。それこそこの学園に来てからもね。有名な人で言えばリヒト様にもお願いしたわ。でもはぐらかされるだけだったわ。当然よね、そんなモンスター私も他に見た事ないもの」
……リヒトにも相談していたのか。1週間同じクラスにいたがアイツは女に優しい。そんなリヒトですら答えをはぐらかしたのか。
「それはそうだけど……そうだ! フォーリナー先生には相談しなかったの?」
確かにクレム先生なら助けてくれそうだ。
「無駄よ。どうせ話しても信じてくれないわ。今まで誰も信じてくれなかったもの」
そう言うローズは一切人を信じていないようだ。……まあ今までの話が本当ならそうなるのも当然か。
「それならなんでここに相談しにきたんだ?」
ローズの目は本当に諦めている。なのに何故ここに……
「……アンタがいるって聞いたからよ。私がいじめられている時に唯一助けてくれた貴方ならもしかしたらって思ったけど……この様子じゃ無駄だったようね」
「でも、貴方が助けてくれたのは嬉しかったわ。これは私の唯一宝物だから」
そういうとローズは自分の髪の毛を大事そうに触った。
「その、ありがと。……それだけよ。邪魔したわね」
そう言ってローズは席を立った。
「……アレク!」
ノエルは強い意志のこもった瞳で俺を見た。
「はぁ………おいローズ。お前困ってんのか? 助けて欲しいのか?」
「は? なにを?」
ローズはなにを言ってるんだと言う顔をした。
「だから困ってんのか? って聞いてんだよ。お前はここに来て依頼だどうだと言っていたが、俺はお前が困ってるのかわからねぇ」
「………困ってるに決まってんでしょ! 助けてほしいに決まってるからここにきたのよ!」
ローズは全てを吐き出すようにそう叫んだ。
「なら依頼は受け取った。ノエルもそれでいいな?」
俺がノエルに聞くとノエルは笑顔になった。
「もちろん!」
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