第6話 作業しました
「どういう風の吹き回しでしょうか」
服を着替えて外に出ようとした時フランにそんな事を言われた。
それは多分今まで何もして来なかったのに何故突然やる気を出しているのかということだろう。
「誰だって自分の命が危ないってなったら本気出すだろ?」
俺はそう答えた。未来の俺がやって来て〜なんて誰かに言っても信じてもらえないだろうしな。
「アレク様は逃げることもできたのでは?」
あー、忘れてた。一回逃げていいと言われたのを蹴ったんだったよな。
「母さんが指揮をとれると思うか?」
「………いえ」
俺の言葉に対して少し悩んだあとそう言った。
「だろ? だから俺が残った。もういいか? 俺も早めに行かないといけないしな」
「はい。お手間を取らせてしまい申し訳ございません。それと……いってらっしゃいませ」
……よくよく考えてみたらこうやってフランからちゃんと送り出されるのは初めてかもしれないな。
「……おう」
俺はそれだけ言って家を出たのだった。
『うぉー! これがロック・ド・ヒルの町かー! ゲームで見てたけどそのままだな!』
タクヤが興奮して俺の周りをふよふよと飛び回っている。
遅い時間というのもあって町を歩いているのは俺だけのようだ。
しばらくタクヤの動きを見ていると街灯に向けて飛び始めた。
『すげぇ! マジで電球がない! これどうやって光っているんだよ!?』
俺もこの世界に来て赤ちゃんの時ははしゃいだっけなぁ。
「電気なんてこの世界にはないからな。その街灯は付け根から魔力を吸い上げて勝手に光るようになってんだよ。
しかもどういうわけか暗い時じゃないと光らない仕組みになってるんだよな」
俺は懐かしく思いつつも自分の知っている事を解説した。
『おぉ! 魔力ってワードが普通に出るんだな! 俺、本当に異世界にきたんだなぁ』
そんな感じでタクヤとこの世界の事を話しながら歩いていると城壁が見えて来た。でかい扉があり、そこの前ではソレイユが立っているのが見える。
「アレク様! 呼び出せる兵はこの扉の外に全て集めました! ……むっ、その光の玉はなんですか?」
ソレイユが俺に気づき走って来たせいでタクヤをポケットに入れる暇がなかった。
『あっ、すまん』
(そう思うならもう少し悪びれろ)
「あー、こいつは妖精だよ。ちょっと前に契約したんだ」
咄嗟に思いついた事をソレイユに言う。
「妖精に好かれる体質というのは本当の話だったのですね」
どうやら騙されてくれたようだ。
「ああ、本当の話だ。兵をあまり長く待たすわけにも行かないし行くぞ」
咄嗟の嘘だし、これ以上深掘りされたらボロが出るかもしれないと思い会話を切り上げる。
『じゃあ俺はポケットに入らなくても良さそうだな』
嬉しそうにしている能天気なタクヤを見て俺はため息を吐くのだった。
俺が扉を潜り抜けると待機していた兵士達が一斉に俺の方を見た。
そして小声で本物だ! とか、本当に来たんだ……とかの話している声が聞こえてくる。
「ソレイユ、堀を作るということは伝えてあるのか?」
「もちろん伝達済みです」
「ナイスだ。拡声石は持ってるか?」
拡声石というのは石の振動を通じて声を大きくすることができるマジックアイテムだ。簡単に言うと拡声器だな。
「こちらに」
と言ってネックレスを渡された。その真ん中には宝石がついているのではなく石がついている。
俺は受け取った拡声石を首からかける。
「まずは自己紹介をさせてもらう。当然知っていると思うがアレク・イニアエスエルだ。今回はこの場にいない父の代わりにスタンピードの対策をしている」
俺が喋り始めると私語が一切無くなった。
「その対策の第1として堀を作ることになったのは聞いていると思う! お前達の働きでこの領地が守られるかどうかがかかっている! 俺も可能な限り手伝わさせてもらうから絶対に町を守り抜くぞ!」
俺の言葉に対して兵士達は何も言わない。怪しんでいる者もいる。
「お、お前達……!」
ソレイユが怒ろうとするが俺はそれを止めた。
「俺の日頃の行いが悪いからだ。気にするな。堀を作る場所と位置はお前に任せる指揮をとってくれ」
ちょっとでも兵士の士気を高めたかったがそう簡単にはいかないか。
「はっ!」
俺は少し離れた位置でソレイユが指示を出しているのを見守っている。
『アレク! あまり気にするなよ!』
とタクヤからも励まされる始末だ。
「別に気にしちゃいねぇよ……それよりゲームでこんなイベントあったか? 全く覚えていないんだが……」
『……今16歳だよな?』
「ああ」
『一応原作は始まっている年齢だけど、俺の知っている限りこんなイベントはなかったな』
「そうか。ならば何故……」
何故原作にはなかった展開が……
『そもそも原作ではスタンピードなんで存在していなかった。ここからは俺の推測も入るんだが、原作のアレクはスタンピードが起こる前に対処したんだと思う』
「どう言う事だ?」
『たまたま最初に襲撃された街にアレクがいたんだよ。そのイベントなら存在したはずだからな。
そしてアレクがヒロインと共にモンスターを全滅させた』
「つまり俺が自堕落に過ごしたせいで本来倒される敵が生きていて、そいつが悪さをしていると……」
自分で言ってて悲しいな。
『そういう事になるなぁ』
遠い目をしながらタクヤはそう言った。目とかついてないんだけどね。
「アレク様! アレク様も手伝ってくださるのですか?」
話が終わった頃、タイミング良くソレイユが走って来た。
「ああ、そのためにここに来ている」
「でしたらこの区画をお願い致します!」
そう言って紙を渡された。紙にはここら辺の地図が書かれていてある一箇所に赤丸が付けられている。
「この赤丸のところにいけばいいんだな?」
「はい!」
ソレイユはそう言って頭を下げて走り去ってしまった。忙しいようだ。
俺もそんなソレイユの後ろ姿を見送ってから準備を始めるのだった。
現場に着くと既に何人かの兵士は作業を始めていた。
そんな兵士達も俺を見ると一度立ち止まり敬礼をした。
「俺の事は気にしなくていいから作業を続けろ」
俺は近くにあったスコップを拾いながらそう言った。
「はっ!」
兵士はそう返事しつつも俺の方をチラチラ見てくる。
「……やりづらい」
スコップで決められた区間を掘り始めたが一向に視線が収まらない。
「なぁ、ドラ息子で有名なお坊ちゃんがどういう風の吹き回しだ?」
「おい、聞こえるぞ! ただそれに関しては俺にも分からん。頭でも打ったこかもしれないな」
兵士達の内緒話が聞こえてくる。
はい、2人とも顔を覚えさせて貰ったからね。この件を解決したら覚えていろよ。
そういう兵士達の声は無視して作業に集中する。
……今思えば、この世界に来てから労働なんてした事なかったな。
いや、前の世界でも高校生だったし労働なんてしてなかったか……
そんな事を考えながら作業をしていると兵士達も自分の仕事を真面目にし始めたみたいだ。
ちゅんちゅん。
小鳥の囀りと共に朝日が登って来た。
「もうこんなに時間が経ったのか……」
辺りを見渡して作業の進行度を確認するが、なかなかに悪い。やはり数が必要だな。
「……昼からは人数を増やす予定だ! それまでの間はお前達だけで頑張ってくれ! それが町を守る事に繋がるはずだ!」
近くにいた兵士達は全然進まない作業に参っているようだったので、檄を飛ばす。
「………おーー!!」
と兵士達が少し間を開けて返事をしてくれた。……ちょっとは信じてくれるようになったのか?
俺は兵士達の声を聞いて作業へと戻るのだった。
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