ラビリンス・ホスピタリティ

神島世判

迷宮作成人

 始まりに神々は言われた。迷宮は攻略する者、居を構える者、双方にとって楽しめるものであれ。こうして迷宮生成魔法は生まれた。




「ここがよかろうか」


 黒のローブに身を包み、赤石のロッドを持った魔術師、ウォーロックがそう呟いた。彼が居るのはただの天然の洞穴。洞窟と呼ぶにも浅い穴。土と石ころばかりのただの穴。

 ウォーロックのそばを小さな光が飛び交っている。薄い羽を羽ばたかせる花びらのような衣を纏った小さな妖精。彼女はいたずら妖精と呼ばれている。ウォーロックの無二の友だった。


「ぱやぱやぁ。こんなちっぽけな穴に居を構えるの?」


 変な声を上げながら、いたずら妖精がウォーロックに尋ねる。奇声を上げるのが彼女の癖だった。これにより仲間の妖精達からは変わり者扱いを受けていたようだ。


「そうだが、そうではない。見ているが良い。我、あらゆる神々に願う。我が命により開け、異界の扉。これなるは我が心のラビリンス!」


 ウォーロックがロッドを掲げて呪文を唱えると、水晶の玉が出現し発光する。まばゆい光があたりを照らす。たちどころに洞穴は奥へ奥へと広がって行った。地がむき出しだった洞穴は、石造りの神殿の如き雰囲気になっている。

水晶の玉はふわふわとウォーロックの近くを浮かんでいた。ウォーロックが水晶の玉の表面をなぞって、何かしら操作をしようとしている。


「すっごーい! ただの洞穴が石畳や石柱だらけのラビリンスに変わった!」


 いたずら妖精は興奮気味に飛び交い、ラビリンスの様子を観察している。


「魔法力を用いて階層を深くした。まだ余力があるのでトラップや魔物を召喚しようか。この水晶の玉を使ってラビリンスのメイキング、カスタマイズをするのだ」


 ウォーロックはぽちぽちと水晶玉に触れている。


「いいないいなー! 私も罠とか仕掛けてみたい!」


 いたずら妖精が水晶玉に触れようとすると、ウォーロックはさっと水晶玉を背後に隠した。


「罠も侵入者をもてなす大事な仕掛け。疎かにするわけにはいかないから、人任せには出来ないな。特にお前には任せられない」


 ウォーロックはちっちっちっと口を鳴らして指を横に振った。


「ちぇーっ。つまんないのー。どうしてもだめぇ?」


 いたずら妖精は食い下がる。悪さするのが好きなので、この手のことには目がない。


「駄目なものは駄目だ。大事なのはラビリンス・ホスピタリティ。いかにして丁重に冒険者共を迎え撃つのか。これは迷宮の主となる者に問われる大事な資質」

「ぱえぱえー。楽しそうだなぁー」

「楽しい。が、ここで手を抜くと後で自分が困まることになろう。ささ、早速第一階層に魔物を解き放ちますか。いでよ、スライム! オーク! ゴブリン!」


 ウォーロックがロッドをどんと地面に突きつける。するとあちこちの床に次々と光り輝く魔法陣が出現した。そして魔法陣から魔物達が呼び出される。


「ほよほよー。こんなよわっちぃ魔物ばかり呼んでどうするの? アークデーモンとかファイヤドラゴン。サイクロプスとかを解き放とうよ!」


 いたずら妖精がそう思うのも無理はない。しかし、それはできない理由があった。


「ラビリンスを形成した場合、最奥にラビリンス・コアという迷宮を制御するクリスタルが生成される。クリスタルから離れると、魔力の導線が伸びて供給されにくくなるのだ。だから一番上層のここには魔力消費の高い魔物は出せないのだ。魔力導線の制約を取り払う魔道具があれば出入り口付近の階層にも超強力な魔物は配置できるがな。まぁ、そのようなご大層な物は無い。ゆえにセオリー通りの迷宮作成をするしかないのだ」

「ありきたりなラビリンスにするしかないのね」

「ありきたりとか言うな。さて、奥へ進みながら魔物とトラップを配置して行こう。トラップも上層は単純な仕掛けのものしか設置できない。矢が飛び出すとか、足元にロープを仕掛けて転ばせるとかその程度だ。しかし、お楽しみは深層の作成の時!」


 そう言うと、ウォーロックはうきうきでラビリンスを先に進んで行った。いたずら妖精も後に続く。

 ウォーロックは丹念にラビリンス作成をしていく。壁が押し出されて侵入者を突き飛ばすトラップや、振り子のように巨大な刃が降って来るトラップを仕掛けてゆく。


「ふぅむ。トラップを仕掛ける順番でコンボが発動する事もある。どれどれ、どのように設置するか・・・・・・」


 ウォーロックはトラップが仕掛けられている位置を確認しながら、次にどうしようかと思案にふけっていた。その間水晶玉の管理が疎かになっていた。

 いたずら妖精はそーっと水晶玉に近づき勝手に操作を始める。いたずら妖精は何かを閃いたように、水晶玉を操作した。・・・・・・ウォーロックは気がついていない。


「うふふふ!」


 いたずら妖精がニヤニヤ笑っている。

 ウォーロックがいたずら妖精を振り返る。


「ん。なんだ。薄気味悪いな」


 ウォーロックは思考を中断し、現実に認識を戻していた。


「なんでもないよーだ」

「そうか。さて、先へ進むか」


 ウォーロックは水晶玉を手元に手繰り寄せて先へ進んで行った。


「うーん。勝手にトラップを置いたけれど、こんな無造作に仕掛けたら客は気がつかないわよね。立て看板を置いておこう!」


 いたずら妖精は小さい体なりに頑張って板切れを立てかけて、何やら書き込んでゆく。そしてウォーロックの後を追いかけていった。

 ウォーロックは宝箱を置き始めた。


「よし、こんなものかな」

「・・・・・・どうして宝箱なんか置いているの?」


 いたずら妖精が不思議に思うのも当然だ。わざわざ取ってくださいと言わんばかりに宝箱を置き、アイテムを入れているのだから。


「あぁ、宝箱を設置するとラビリンス内に割り振れる最大魔法力数が増加するのだ。ラビリンスの難易度を上げることができて、より複雑化できるのさ」


 とウォーロックは説明するが、いたずら妖精は納得できなかった。


「侵入する人に利益となるようなものを設置するだなんておかしいね」

「ラビリンスの生成魔法には邪神様だけでなく、公平な光の神なども関わっている。だからなのさ。これはバランスシートと呼ばれている。侵入者に対して有利な機能を付加したラビリンスには、ラビリンス・ホスピタリティがあると判定される。そしてより高度で複雑なラビリンス生成を許される」


 光と闇の神々で話し合いが行われ、迷宮生成魔法魔法に対してバランス調整が行われた。それは迷宮を攻略する者、迷宮に居を構える者双方に対して利があるような調整だった。それもすべては神々が見て楽しむ娯楽性を作るためでもあった。享楽的な光の神々と闇の神々はこうしてラビリンス生成魔法に関しては、双方が妥協したパワーバランスとなったのだ。


「ぴぇぇぇ! おもてなしの精神が試されるってわけかぁ!」

「その通り。ヒールスポットなどを設置すれば、直接攻撃しか出来ない魔物だけでなく毒や麻痺などの状態異常を起す魔物を沢山置けるようになったりする」

「なるほろろろぉ。 どうして回復ポイントが置いてある迷宮があるのかわかったぁ」

「そんなわけで、迷宮生成続行だ!」


 先を進んでいたウォーロックがその手でおびただしい魔物と数々のトラップが仕掛けていく。上層には弱小の魔物ばかりが呼び出されるが、中層、深層と進むに連れて凶悪な魔物が呼び出される。

 やがてウォーロック達は深層の最奥の間に至った。フロアの中央には赤く輝くクリスタルが座している。なんとも強烈な輝きを放っていた。

 いたずら妖精は興味深々にクリスタルを眺めている。


「ほえほえー。これがラビリンス・コアかー」

「そう。このラビリンスを維持し管理する力の源だ。崇高なる邪神様の加護を得た大事なアイテムだから触れるなよ。不要だが聖なる神々の力も宿っている」

「ちぇーっ」


 いたずら妖精は口を尖らせて嫌そうに呟いた。

 その時、水晶玉がびかびかと光り輝き、ヴーッ! ヴーッ! と警告音らしき音を鳴らす。


「むっ、もう侵入者が来たか!」


 ウォーロックといたずら妖精は慌てて水晶玉を覗く。監視魔法の映像が水晶玉に映し出される。映るのは人間の戦士、ドワーフの神官、エルフの魔法使い、小人族の盗賊と思わしき一団だった。


「わーお、なんだか物騒なお客様ね!」

「その通り! 我らのような者が一生懸命ラビリンスを作るのは、やつらのような冒険者他のプレイヤーをもてなすため! 早速魔物を操作して迎え撃とう!」


 ウォーロックは水晶玉の設定を変える。ラビリンス内に放った魔物を使役操作するためだ。魔物の視点が水晶玉に映し出される。


「この一人称視点はなぁに?」

「ゴブリンの視点だ。上層に放ったうちの一匹を直接操って侵入者を襲わせる。さぁ、ゲームの始まりだ!」



 ゴブリンの視点がラビリンス入り口へ向かう。向かう途上で他の魔物達に号令をかける。徒党を組んで侵入者を襲うためだ。刃こぼれしたショートソードを片手に、侵入者達へと襲い掛かる!


「くそっ、ゴブリンの力では人間の戦士と戦うのは分が悪いな。ここはトラップを手動発動させて・・・・あぁっ、盗賊の野郎に解除されていたか! なんてこった!」


 ウォーロックが悪態をついている。


「あーあ。魔物達がやられちゃったね」

「仕方あるまい。第1階層の魔物は駆け出しの冒険者でも何とかできるレベル設定だ」

「ところでこの冒険者達。あんまり強そうじゃないね」

「ふふふ。そこは公平なる光の神へ感謝だな。迷宮に挑む冒険者達はそのつど能力が初期化されるのさ。持ち込める装備や道具にも制限がかけられる。熟練の冒険者であっても、レベルは1で、ただの皮の鎧やショートソードを装備して迷宮に挑む羽目になるってわけなのだ」

「これは迷宮を作る人に有利なルールね! 光の神様はとち狂ったのかしら」

「いや、これはどちらかというよりも攻略する側にとって、何度でもラビリンス攻略を楽しめるような遊戯性を持たせるためであろうよ」

「迷宮攻略に遊戯性とか、なんとなく邪悪なものを感じる・・・・・・」

「邪神様が同意する設定なんだからそうでなくては困る」

「そんなことより、冒険者達が先に進んじゃっているよ」


 いたずら妖精が水晶玉を指差す。なるほど、確かに侵入者達はラビリンス攻略を継続していた。


「おおっと、いかん! 迎え撃たなくては! まぁ、楽しい高難易度階層はこれからだ!」

「・・・・・・・・・・・・」


 いたずら妖精は無言でなにやらにやけている。

 冒険者達の映像が水晶玉を通して中継されているが、ふとなにやら立て看板が現われた。


「おや、なんだこれは。置いた覚えがないぞ。なになに・・・・・・「これはラビリンス最奥に向かう直通トランスポーターです」だとぉ?」


 ウォーロックが驚いている。その目の前で冒険者達は警戒しながらトランスポーターへと入っていく。

 するとたちどころにウォーロック達がいる最奥の間に冒険者達が転送されてきた。


「あっ、きたきたきたぁ!」


 いたずら妖精はしてやったりといった顔ではしゃいでいた。


「お前の仕業かー!」


 ウォーロックがいたずら妖精をしかりつけた。まさかこのようないたずらをするとは思ってもいなかったようだ。


「ほら、まだレベルが上がっていない冒険者達を、このラビリンス最強であるウォーロックが迎え撃っちゃえば、何の変哲も無いトランスポーターはたちどころにデストラップにはやがわりぃ!」


 いたずら妖精は「いぇーい!」とサムズアップ。


「ええい、ままよ! よく来たな、冒険者達よ。我こそがこのラビリンスの主、ウォーロックなり! 驚くが良い。そしておののけ! レベル一桁台のお前達はいきなりラスボスと戦うのだからなぁ!」


 ウォーロックは前口上を述べる。これはラスボスの楽しみの一つであり、戦闘に入る前に気の利いたかっこええ台詞を告げるのが通とされている。

 冒険者達は戸惑っている。そして慌ててもと居たフロアに帰ろうと、トランスポーターの出口を踏む。


「残念でーしーたー! そのトランスポーターは一方通行なのでーす!」


 いたずら妖精が茶目っ気たっぷりに笑う。それは冒険者から見れば、なんとも邪悪な笑みだった。


「行くぞ、冒険者よ。全力で掛かってくるが良い!」


 こうして戦闘は始まった。無論言うまでもなく、勝敗はウォーロックの圧勝にて終わる。

 この一件が元になり、ラビリンス上層にラスボス直行トランスポーターを置くのは禁じ手として、ラビリンス作成者達の間での暗黙の了解となった。

 せっかく作ったラビリンス。転移装置で途中階層を省略するだなんて、ラビリンス・ホスピタリティに欠けると言うその理由で。

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