第11話
ククの家のドアを開くと、よその家の匂いがした。洗濯と掃除の洗剤は共通なのに、どうして匂いが変わってくるのだろう。
「さっ入って。」
ククに招き入れられて入ると、私の家より少し狭いけど、掃除の行き届いたきれいな部屋だと思った。奥のキッチンに若い女の人がいる。
「初めまして、ククの姉のココです。」
にっこりと笑うその表情はどこかで見たことがある。
「えっ、あのココさん、リーダーの?」
モニターに映った彼女は文章を読み終えると、いつも顔を上げてその幼げな可愛らしい笑顔を私たちに見せていた。
「旧リーダーね。よろしく、現リーダーのカナンさん。」
私は思わずククを見る。
「黙っててごめんね、カナン。実は前のリーダーは私の姉で、カナンを次のリーダーにするよう推薦したのも私の姉なの。」
私は混乱して言葉がしばらくでてこなかった。ククとココさんを見る。そういえば目元が似ている、本当の姉妹だ。でもココさんはククに比べて、ずっと大人の女性だ。姉妹にリビングのソファに座るよう促され、私は戸惑ったまま座る。
ココさんが温かい飲み物を出してくれて、湯気がたっている。
「でもどうして私なの?」
私はククに尋ねた。
「めんどうな事に巻き込んでごめんね。」
ククが申し訳なさそうに答える。
「私があなたを選んだの。カナンさん。」
ココさんが私をまっすぐ見つめて言った。
「事情があってあなたを選んだ。あなた以外考えられなかった。びっくりしたわよね、本当にごめんなさい。でもわかってほしい。次期リーダーになることはカナンさんにとっても重要なことなの・・・。何から話したらいいのかしら・・・。」
ココさんはしばらく伏し目になり、そしてまた私に視線を合わした。
「まずは私たちのことから聞いてほしい。たぶんククには私が口止めしていたから、私たちの事カナンさんは何も知らないはず。私たち姉妹はみんなとちょっと違うの。私が11歳ククが4歳の時に、両親を事故で失って子育て共有所に入ったの。」
ククに親がいないなんて知らなかった。親の話はそういえばあまり話にでてこないから、なんとなく親とはそんなに仲が良くないのだろうと思っていた。ククはテーブルのある一点を見ているようなかんじで、視線を下に落としていた。ココさんが話を続ける。
「でも私が18歳になったのを機に、施設を出てここで二人暮らしを始めた。でもそれまでの施設での暮らしは悲惨だったの。・・・子供たちは天使だなんて嘘。ここでは話すのは省くけど、姉妹でいろんな嫌な目にあった。でもそんなことに対して、私はちょっとした力で対抗していたの。私のある力で寮母さんの困りごとを解決したりして、そのお礼に特に残酷な子供たちから部屋を離してもらったりしていたの。彼女たちに守ってもらっていたわ。」
私はふと過去にモニターにうつっていたココさんと、今のココさんとが別人のような気がした。こんなにすらすらとわかりやすく話ができた人だっけ。もっと幼い感じの印象を受けたのに、今目の前のココさんは素敵な大人の女性だ。私はどんどん彼女に引き込まれていくのを感じた。
「私には人それぞれが持っている周波数を、自分のそれと合わせる能力があるのよ。わかりやすく言えばラジオみたいなもの。カナンさんはラジオって知っている?大昔に電波を使って人々がコミュニケーションしてたのを?」
私は頷いた。発信元の周波数に合わせられないと不快な雑音がでる機械だ。
「うまくは説明できないのだけど、声にならない声をひろうみたいなかんじ。例えばその力を使って、寮母さんの娘さんの結婚相手の候補をしぼったことがあるわ。その時は写真を見て、だいたいの人格、その人の置かれている状況なんかを言い当ててね。その助言を聞いて、寮母さんの娘はお婿さんを選んで、今幸せに暮らしている。その時に私が言ったことが後々当たっていることが寮母さんのいるSt1で噂になったの。それがセンターまで届いて、私はリーダーに選ばれた。」
私はそれを聞いて、自分の感情もククさんに今読まれているのかしらと思った。
「大丈夫よ、今は“ラジオ”は切っているから。」と言って
ククさんは微笑んで、片手で頬にかかった髪の毛を耳にかけ、話を続けた。ククさんの髪の毛は肩まで切りそろっていて、ココと同じ髪質のサラサラで、短いのに大人っぽかった。
「カナンさんは表情が豊かだから能力はいらないわ。それにいつも電源がオンだと苦しいのよ。子供の頃はコントロールできなくて辛かった。いつも頭の中でいろんな人の声が聞こえるの。」
「それでとにかく当時私は、まず幼い妹を守ることで必死だったの。寮母さんからいろんな情報を仕入れて、なんとかうまく私達2人が離れ離れにならないようにつとめていた。養子縁組をしようと見学に来る人がいると聞けば、その日私達2人は咳ばかりしたり、お友達とトラブルを起こしたりしていた。実子の赤ちゃんの子守りとして、年上の女の子がほしいと言っていた夫婦が求めた知能検査では、わざと低い点をとったりしてね。その癖がいまだに抜けなくて、家の外では幼い雰囲気をだそうとしてしまうの。」
ココさんはいたずらっぽく笑った。
「夫婦にもらわれさえすれば、施設と違って一般家庭は天国だと思っている子たちもいたけど、私にはそう思えなかった。」
私はククをちらりと見た。ククは無表情で、私といる時はおしゃべりな彼女が、今は何もしゃべろうとはしない。姉が妨害しなければククもココさんも、もしかして普通の子どもとして、普通の両親のもとに育つことができたかもしれないのだ。ククはどう思っているのだろう。姉の言うことに反して、自分はパパとママがほしいと思わなかったのだろうか。二人は施設でどんな目にあってきたのだろう。ククがクラスのみんなにたいして張っているあのバリアは、この経験からできたものなのだろうか。だんだん太陽柱から出てくる光が、暖色になってきて、彼女たちの部屋が寂しい表情になってきた。そうだ、ここはSt3だから深海なのだと私は改めて思った。窓の外が真っ暗だ。多くの紫外線アレルギーの人たちがSt3に住んでいると聞いたことがある。ククはアレルギーではないはずだ。部屋の太陽柱からでる光は、紫外線があらかじめ除去されている。問題は浅い海にあるSt1の窓から入る強烈な紫外線なのだ。St3に住んでいるのは紫外線に弱い人たちということなのだろうか。
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