第7話
疋田さんの部屋を後にして、自分の部屋で溜まった作業を片付けているとあっという間に夜になった。
気分転換に動画配信サイトのMeTubeを開くと、トップ画面にvTuber デビュー配信と銘打った広告枠が出ていた。
せっかく投票したのだし、結果だけでも見ようと思ってその配信を開く。
同接は十万人。ものすごい注目度合いであることは確かだ。
ちょうど配信が始まったところのようで、5人が並んで順番に自己紹介をしている。
やはり最北南の絵が一番好みだ。
それにしても、最北という文字列を今日は何度か見た気がするのだけど、どこで見たのか思い出せない。ゴミ箱にある投票券が視界に入っただけだろうか。
『はいはーい! 自己紹介するっすよ! 最北南。ホッキョクグマを探して南極大陸を目指すお茶目な高校生っすよ!』
最北南がそう言うと、他のメンバーが一斉に「ホッキョクグマは南極にはいないだろ」と突っ込む。
あれ? このやり取りもどこかでやった気がするぞ。
次の話題は鉄板の夜食。
『南はどう? 夜食といえば!』
『うーん……カップヌードの塩っすね! あれは王道ですよ!』
『やっぱズレてんだよなぁ』
最北南は早速いじられキャラの地位を確立しているようだ。
あれ? カップラーメンの塩、今日食べたな。
というか、声がもう疋田さんそのもの。これで別人だったらそれはそれで奇跡だ。
別人なのであれば、パソコンでちょちょいーってやるバイトよりもこの人の声真似をしている方がよっぽど稼げる気がする。
ありえる仮説としては、疋田さんが言っていたパソコンでちょちょいーってやる仕事がvTuberである説。
いや、ありえないか。
『今日さぁ、ほんと焦ったよね。南ってば連絡つかないし、家のインターネット切れてたっていうから話聞いたら、LANケーブルが抜けてただけだって……クッフフ……』
別のメンバーがまた最北南をいじる。
LANケーブルが抜けかけていた。連絡がつかない。
初日から遅刻? リレー配信? 画面の右上には『デビュー記念リレー配信』と書かれている。チャットの通知が頭をよぎる。
疋田さんがチャットを見られたときの反応は異常なくらいにビビっていた。
今日デビューのvTuberに関する情報のやり取りがされているのであればそれも納得できる。ガッツリ企業秘密だ。
あらゆる点がきれいに繋がり、星座のように綺麗な形を描いていく。
出来上がる絵は『疋田……なんとかさん=最北南』という関係を示す図だ。
だからといって本人に確認すべきなのだろうか。
別に知ったところで何かが出来るわけでもないし、ファンでもないのだから嬉しいことは何もない。
むしろ、そのせいで距離を置かれるとあの少しズレた感性とのゆるい会話をする機会が失われてしまうかもしれない。まだ深夜のブランコすら出来ていないのだから。
だからこれは俺の考えすぎ。下に住んでいるのはただの引きこもり女子大生。チケットを転売して小銭稼ぎをしているモラルに欠如した女子大生なのだ。
そう自分に言い聞かせていた瞬間、外から「パァン!」と何かが破裂するよう音が聞こえた。
それは一拍おいて配信の方でも聞こえる。
『花火?』
『今日花火大会してるのどこだ?』
コメントでもそんな特定をしようとする流れができはじめた。恐らくマンション前の公園で陽キャ集団が花火で遊んでいるのだろう。ロケット花火は禁止されているはずだが、そんなのを律儀に守る陽キャは陽キャではない。
「もう確定じゃねぇか……」
自分に勘違いだと言い聞かせるのはやめて、このことを墓場まで持っていく方向で口を閉ざすことにしてブラウザを閉じる。
まだ時計は夜の八時をさしている。
夜行性、もとい仕事中の疋田さんが部屋から出てくるまではまだ時間がかかりそうだった。
◆
深夜ニ時になった瞬間に部屋を飛び出す。
エレベータに乗り込み、1の数字を押下するとゆっくりと下降を始めた。
いつもなら十数秒は動いているエレベータは数秒で停止した。
驚いて操作盤を見ると、数字は5と表示されている。
エレベータが開いて乗り込んできたのは疋田さんだ。
今日も全身真っ黒。黒いパーカーに黒いズボン。パーカーのフードを被り俯いているので、人が乗っていることだけ認識してそれが俺だとは思っていないようだ。
エレベータが動き始めたところで「疋田さん」と声をかける。
「ひいっ!? さっ、佐竹さん!? いつの間に背後に!?」
疋田さんはフードを取り、ビビり散らかしてエレベータのドアに密着する。
「ずっといたし、何なら俺の正面に疋田さんが現れたんだよ……」
「なんかヒョロい人がいるなぁとは思ってましたけどね」
「一言多いね――あ、危ないよ」
一階に着いたのでエレベータの扉が開く。疋田さんは扉に体を擦り付けていたので巻き込まれたら危険だ。開く直前に疋田さんの二の腕を掴み、自分の方に引き寄せる。
疋田さんは俺の胸にすっぽり収まるように抱き寄せられた。
「あっ……」
疋田さんが顔を赤くして俺を見上げてくる。その困ったようななんとも言えない表情が可愛いくてつい見入ってしまう。疋田さんもそのまま動こうとしない。
『ドアが閉まります』
エレベータが邪魔をしてくると、疋田さんは我に返ったように俺から離れて開くボタンを連打する。
「わぁぁ! 開け開け開け開け!」
「いや……もう開いてるけど……」
そういうと今度は疋田さんはエレベータから飛び出す。
「わぁぁ! 閉まれ閉まれ閉ま……」
ものすごいダッシュで逃げていくので声が一気に遠くなる。
疋田さんは変な人だが可愛い。変な人もむしろプラス要素になってしまう不思議な魅力がある。
ブランコで待ってくれているだろうか。少しだけ期待しながらマンション前の公園に向かった。
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