第6話

 インターネットに繋がらないのはなんてことない理由だった。


 単にLANケーブルが抜けかけていただけ。そんなわけで疋田さんが部屋から出ていってものの30秒で動作確認まで完了してしまった。


 インターネットに繋がると、裏で勝手に起動していたチャットツールが立上がり、滞留していた通知を一気に表示し始めた。


『最北さん、生きてます?』


『おーい! 電話でろって』


『これ、やばくね? 初日から遅刻?』


『繰り上げ考えたほうがいいかも。リレーの順番変えますか?』


『ちょっと私達だけじゃ判断つかないのでマネージャーに連絡しましょう』


 チャットの文面からは焦っているような雰囲気が見て取れる。チケットの争奪戦を組織的にやっているのかもしれない。


「ただいまっす〜。お! もう繋がったんですか!?」


 疋田さんがコンビニの袋を携えて戻ってきた。


「あ、うん。LANケーブルが抜けかけてたよ。中身は問題ないみたいだから」


「そうっすかぁ……あぁ……良かったぁ……」


 疋田さんは心底助かったとばかりにため息をつく。


「良かったね……それじゃ、俺はこれで」


「あぁ! 待ってくださいよぉ。折角なので一緒に食べませんか? お昼ごはん」


「いや別に……」


「『王道』買ってきましたよ」


「あ……ありがとう。何買ってきてくれたの?」


 そういえば疋田さんの感性をチェックするためにそんなお題も出していた。


 疋田さんはニヤリと笑って「じゃーん!」という効果音とともに袋からカップ麺を取り出す。


「これっす! NUSSUNの塩! 王道ですよね!?」


「うーん……惜しい!」


 どうせなら激辛とか、蕎麦とかうどんとか、色々な外し方はあるはずなのに、絶妙なチョイス。醤油かカレーかシーフードくらいが王道の範囲だろうに、欲しいときに限って見つからないようなマイナー味の塩を選ぶ感性。


 変な人ではあるけれど、嫌いにはなれなさそうだなと思いながらゴミを片付けて一人分が座れるくらいのスペースを確保する。


 すると、疋田さんはそのスペースを拡張するように更にゴミを押しのけ始めた。


「疋田さんはパソコンデスクで食べればいいじゃんか」


「私が下にいるべきなので。私だけ椅子に座ると佐竹さんが下になっちゃうじゃないですか」


 前言撤回。やっぱりよくわからん。


 首を傾げていると、疋田さんは俺からカップ麺を奪い取り、キッチンへ向かっていくのだった。


 ◆


 二人でズルズルとカップ麺をすする音だけが部屋に響く。壁には吸音材が貼り付けられていて、まったくズルズル音が反響しないのが不思議な感覚だ。


「何か楽器とかやってるの?」


「え? なんでですか?」


「いや……防音頑張ってるなあって」


「あっ……あははは……隣人への配慮っすよ。私、いびきとか凄いんです」


「そんなに!?」


「そうですそうです。あまり人の部屋をジロジロ観察しないでほしいっす」


「そんなつもりじゃないんだけどさ……あ、そういえば大丈夫なの? 見るつもりはなかったんだけど、ネットに繋がったときに通知が出ててさ」


「通知!? 見たんですか!?」


 疋田さんが目を丸くして聞いてくる。


「見るつもりはなかったけど……設定中に出てたからさ……」


「あ……あ……あの……私からお願いしといてなんですけど、黙っておいて貰えたりとか……その! なんでも! 何でもしますから! お金はないですけど……その、身体で払います! これバレたら私ヤバイんっすよぉ……」


 必死になって口止めをしてくるあたり、何か相当な隠し事がありそうだ。チャットの内容は大したことじゃなかったけど、内容から推測するにチケットの転売でも目論んでいるのだろうか。モラル的には許されないことだが、俺が注意したから止まるものでもないだろうし、疋田さんが何をしていようと口を出す立場でもない。


「誰にも言わないよ。約束する」


「私、佐竹さんは信じてるので。それは本当っす。だから、言わないって言葉も信じます」


「そんな信頼されるほど仲良くはないと思うけどね」


「えぇ!? そうなんですか!?」


 疋田さんは大袈裟なリアクションを取ってくるので、つられて笑ってしまう。


「ハハッ! 本当、疋田さんって面白いよね」


「そ……そうっすかねぇ……照れますなぁ……」


 ヘコヘコと頭に手を置いて照れる様子もまた可愛らしい。


 バレたらヤバい内容のチャットも簡単に通知が出るし、部外者に簡単にそれを見せてしまうガードの緩さも相まって、疋田さんの今後が心配になってきてしまうのだった。

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