03-04 思い出の富士山
それから小一時間後。
ユリアはオーダーメイドのサンドイッチの詰まったバスケットひとつ、屋台で売られていたサンドイッチの紙包みをたくさん、そしてジオンに追加で作ってもらったスポーツドリンクの入った革水筒をこれまたいっぱい、腰のポーチにしまって出発した。
ホワイトキャップへの入口は大通りの果てにあり、手間にある広場には大勢の冒険者たちでごったがえしている。
広場はナワバリを示すようなロープできっちり四等分されており、ユリアは四色のそぼろ弁当のようだと思った。
そんな風に考えてしまうほどに、ユリアの頭のなかはすっかり遠足ムード。
軽い足取りで登山道へと向かっていると、白いインナーに銀の鎧をまとう騎士らしき男に声を掛けられた。
「姫、この先はお城ではありません。怖いモンスターがいる険しい山ですよ」
いかにもキザったらしい優男であったが、ユリアは「たいした違いはないだろう」と切って捨てる。
しかし優男は懲りずにユリアの前に先回りした。
「まさかそんな舞踏会に出るような格好でホワイトキャップに登るつもりですか?」
「そのつもりだ」
優男は「やれやれ」と肩をすくめる。
「では、こういうのはどうですか? 五合目までは馬車で登れますので、私の馬車でご案内いたしましょう」
白い手袋で示された先には、エナメルホワイトに金細工が施された豪奢な馬車が停まっていた。
「申し遅れました。わたしは『白の騎士団』の団長、カインです。『白刃のカイン』と言えばおわかりでしょう?」
うやうやしく一礼するカイン。しかし顔をあげた時にはもうレディの姿はなかった。
他の冒険者たちの人並みに混ざって、さっさと傾斜を登り始めている。
カインはまた肩をすくめた。
「やれやれ、強情なお姫様だ。あの格好ではすぐにギブアップするのは見えているというのに……仕方がない、我々もお供するとしようか」
カインは部下を引きつれユリアの後を追う。
それだけで、山小屋のデッキからは歓声があがった。
四色に色分けされたデッキにはどれも観光客たちがひしめきあっていて、みな遠眼鏡を手に『登山観戦』の真っ最中。
「おおっ! カイン様がついに出発したぞ!」
「きゃーっ! カインさまーっ!」
「いよいよ王国の介入が始まったか! これは、大きく山が動くぞ……!」
「でもなんで徒歩なのかしら? 『白の騎士団』なら、五合目までは馬車で登るはずじゃ……?」
「きっと余裕こいてやがるんだ! ちょっと顔がいいからってスカしやがって!」
「なによ、カイン様の手にかかればボルケインなんてイチコロよ!」
「いいや、すぐバテるに決まってる! どんなにすげぇ騎士様だとしても、あんな山をナメた格好じゃな!」
しかしもっと山をナメていそうな姿の登山者を、観光客たちのレンズは捉えていた。
「な、なんだありゃ!? おい見ろよ、女が登ってるぞ!?」
「女だとぉ!? しかもヒラヒラのドレスじゃねぇか!?」
「いちおう剣は持ってるようだが、防具はなにひとつ身に付けてねぇ!? 山をナメすぎだろ!?」
大勢くの驚愕と戸惑いの視線を浴びているとも知らず、ユリアはスキップするように斜面を登る。
ホワイトキャップは五合目までは馬車で登れるだけあって道は広くて舗装されており、ブーツでもとても歩きやすい。
山頂から吹きつける生あたたかい風が人混みを縫い、ユリアの頬を撫でた。
「標高、3770メートル……。富士山に近いだろうと思ってこの山を選んだのだが……。こうしていると、本当に富士山を登っているかのようだ……」
ユリア……いや百合はいちどだけ富士山に登ったことがある。
大学ではフェンシング部とアーチェリー部に所属していたのだが、なぜか薙刀部の女子から頼まれ『富士山合コン』に参加することになった。
富士山の登山口で合コン相手と待ち合わせしていたのだが、先方に欠員が出て女子がひとり余ってしまう。
薙刀部の女子から「あんたは帰っていいよ」と言われ、百合は登山口で置き去りにされてしまったという思い出がある。
本来ならば苦い青春の1ページであるが、百合にとってはわりと楽しい1ページであった。
百合は『合コン』の意味を知らなくて、てっきり女子だけで山登りするものだと思っていた。
しかしフタを開けてみたら、男と手を繋いで山登りするという。
肉親以外の男とまともに話したことのない百合にとって、男と手を繋いで山登りするのは十字架を背負わされて登らされるのも同然であった。
見せしめの処刑同然のイベントから逃れることができて、そのときの彼女は胸をなでおろすほどに安堵する。
そしてせっかく来たのだからと、そのままひとりで登山、日本一の山を漫喫した。
この時から百合はすでに、おひとりさまの才能を開花させつつあったのだ。
そんなことを回想しているうちに、ユリアは五合目に到着。
そこは登山口と同じような広場になっていて、これまた四色に分かれたテントでちょっとした集落のようになっていた。
どうやら、冒険者たちはここを拠点として、ホワイトキャップに本格的なアタックを掛けるのだろう。
富士山は日帰り登山が可能だが、冒険者たちの装備を見る限り、ホワイトキャップでは野営が必須なようだ。
そしてここからが本当の地獄のようで、先に見える登山道は一気に険しくなっている。
焼け落ちた獣道には落石と火の玉が降り注ぎ、遠雷のような悲鳴が鳴り止まない。
常人ならば即座に回り右するような光景であったが、ユリアは「ふむ」と唸る。
「暑いこと以外は想定に近いな。野営の準備はしていないが、なんとかなるだろう」
ユリアは知らない。麓の観光客たちがどよめきあっていることを。
「お……おい、マジかよ……!? あの女、登山道のほうを見てるぞ……!?」
「まさかまだ登るつもりか!? あの格好で行けるのは五合目までだ! その先は死ぬぞ、絶対に!」
「う……ウソだろ……ウソだと言ってくれ……!」
祈るような想いが集まっているとも知らず、ユリアはその無謀ともいえる第一歩を……。
「い……いったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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