凪いでも鳴いて

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凪いでも鳴いて

凪いでも鳴いて


◆台本

金飾艮之介


◆使用条件

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※作品の著作権は放棄しておりません。無断転載や自作発言等、著作権を侵害する行為はお止め下さい。また、無断での改編や再配布も禁止致します。

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※アドリブ等はストーリーを捻じ曲げない、雰囲気を壊さない程度であればOKです。

※その他ご不明な点は以下までご相談ください。

Twitter:ushitora_shock




◆キャラクター

ミヅキ(みづき)(♀):ジュンの前に突如現れ、ジュンにしか"見えない"謎の少女。怖いほどに明るく、白髪で浮世離れしている。

『水面に写し身の月が、夢現』


隅田 純太(すみだ じゅんた)(♂):通称ジュン。性根は優しいもののやさぐれている青年。一人暮らしにかまかけ怠惰に過ごしている。

『幸か不幸か、幸せが逸る』


早瀬 葉弥世(はやせ はやよ)(♀):通称ヤヨ。献身的で捨て犬を見捨てられない性格。ジュンの彼女として気負っている。

『尽き詰めて、張り詰めて』





『凪いでも鳴いて』作:金飾艮之介

ミヅキ♀:

ジュン♂:

ヤヨ♀:


本編


【ミヅキ】

あはははっ!! ジュンくんだ〜!!


【ジュン】

どうして、俺の事を……?


【ジュンM】

『そいつ』は、どういう訳か俺の前で、ショートボブに纏められた白髪とスカートをはためかせ、屈託のない笑顔を見せてくる。

これはきっと……そうだ、懐かしい……。

懐かしい、ってなんだろうか。

昔を思い出せることだと思う。

そう自問自答をしている間にも『そいつ』は、バレエでもするみたいに、くるくるとその場で回り続けている。


【ミヅキ】

ねぇ、あの夏を取り戻しに行こうよ、ジュンくん。



(間)



【ヤヨ】

ジュン〜? 起きてる〜? 寝室まで行くからね〜。お邪魔しまーす。


【ジュンM】

……遠くでヤヨが入ってくる音がする。

マンションの一室を居城にしているとはいえ、決して広くはない我が家だ。

意識的な意味で遠く、ということだ。

そう、返事が億劫なほどに。

現実逃避こそ必要だ、と惰眠を貪ろうとした俺にはいささか招かねざる客だ。


【ヤヨ】

ジュ〜ン〜?


【ジュン】

ん〜……? んー……。


【ヤヨ】

わ・た・し!! 分かる〜?


【ジュン】

ん〜……早瀬……葉弥世……。


【ヤヨ】

よく出来ました。もう昼だよ、眠いのは仕方ないとしてご飯食べないとさ〜?


【ジュンM】

ヤヨ、俺の彼女様は母性溢れる声と体を揺する手は優しいものの、これ以上の睡眠を許さない様子。


【ジュン】

何時……。


【ヤヨ】

もう2時になるよ……あ、14時ね?


【ジュン】

言わなくても分かってる……


【ヤヨ】

一度そう言って屁理屈こねてデートすっぽかしたでしょ〜? 多少は根に持ってるんですからね〜


【ジュン】

……悪かったって。起きるよ……。


【ヤヨ】

はい、いい子。シャワーでも浴びておいで? お昼作ってあげる。キッチン借りるからね。


【ジュンM】

嬉しそうな顔をしながらパタパタとキッチンへ行ってしまう。

不服にも、無理矢理起こされたものの、世話焼きを喜びとするあの顔を見てしまうと、『仕方ないか』という気になってしまう。


【ジュン】

……さて、と。


【ミヅキ】

相変わらず世話焼きさんなんだねぇ〜。


【ジュン】

……本当に、見えてないんだな……俺以外には。


【ジュンM】

目の前にいるのは──少しあどけなさが残るものの同い年くらいの女、『ミヅキ』。

一見、それで済む話なのだが今言った『俺にしか見えない』こと、これが彼女を異常にさせる極めつけだ。


【ジュン】

昨日の帰りも、誰もお前を見てなかったもんな……。


【ミヅキ】

こんな美少女に目もくれないってね〜。


【ジュン】

自分で言うな、自分で。


【ジュンM】

『夏を取り戻しに行こう』──そう言って突如バイト帰りの俺の目の前に現れたミヅキ。

確かに整った容姿は目を引く。

今もまた幻想的な状況にあるが、月明かりの中の彼女はさらにそれを際立たせていた。

しかし、誰もミヅキの存在に目を向けるような気配はなかった。


【ミヅキ】

お話してる私が言うのもなんだけどさ、あんまり私と普通に話してると周りからは独り言めっちゃする人に見えてるから、ヤヨちゃんびっくりするよ?


【ジュン】

わーぁってる。それより、俺やヤヨを知ったクチなのはどうしてだ?


【ミヅキ】

確かに、ごもっともだね。


【ジュン】

ああ。こちとらお前なんて見たこともないし……ヤヨの縁者ならヤヨにも見えた方が納得がいく。何者なんだ、お前。


【ミヅキ】

……女は秘密を纏って美しくなるんだよ、ジュンくん。


【ジュン】

いや、分からん。


【ミヅキ】

正直なところ、ジュンくんしか見えない理由は私にも分からないんだよね。


【ジュン】

……なるほど。なんにしても俺は今ところお前がなんなのか知ることが出来ないんだな。


【ミヅキ】

ジュンくんが超絶霊感体質で私が幽霊ってのが濃厚?


【ジュン】

質問されても困る。


【ミヅキ】

それもそうだね。


【ジュンM】

幽霊、か。

昨日の今日、そしてやたら生き生きしてるせいでその線を考えてなかった。

とはいえ……それを聞いても、浮いてもなければ透けてもいないところを見ると怖さみたいなものは湧いてこない。


【ミヅキ】

ほらほら、シャワー浴びてこないとそろそろヤヨちゃん待ってるよ?


【ジュン】

……そうだな。ちょっと行ってくるから大人しくしてろよ。


【ミヅキ】

はーい!! いってらっしゃーい!!


(少しの間)


【ジュン】

ミヅキ……ミヅキ、か……。


(間)


【ヤヨ】

ふんふふ〜ん♪あ、ジュン。目は覚めた?


【ジュン】

ん、素麺か。


【ヤヨ】

お中元の量がとってもすごくてさ。少し持ってきたからジュンも良かったら食べて?


【ジュン】

ああ……ありがとう。


【ヤヨ】

素麺……嫌いだった?


【ジュン】

ん? いや、好きとか特別言うほどじゃないけど、嫌いじゃないよ?


【ヤヨ】

そう? なんか、顔色が明るくないから……具合、悪い?


【ジュン】

まだ寝起きだからさ。昨日もバイトだったし。


【ヤヨ】

そっか!! お疲れだったのに起こしちゃってごめんね?


【ジュン】

ヤヨが俺の惰眠の邪魔をするのはいつもの事だろ? 今更だっての。もう食べていいか?


【ヤヨ】

もちろん、お邪魔させてもらうわ? はい、どうぞ召し上がれ。


【ヤヨM】

体調が悪い訳じゃなくて良かった。

と、胸を撫で下ろしたのはいいものの、浮かない顔をしていたのは疲れだけじゃない。

何か悩み事か、少しばかり私を気にして話すか話さないかを考えてるようだ。


【ジュン】

(素麺を啜る)……うん、美味いな、たまに食べると。


【ヤヨ】

夏にならないと食べないもんね。


【ジュン】

……。


【ヤヨ】

……。


【ジュン】

あの、さ。ミヅキって奴、知ってるか……?


【ヤヨ】

……。


【ジュン】

ヤヨ?


【ヤヨ】

え? あ、えっと、ミヅキ……さん? うーん……聞いたことないな……男の人? あ、もしかして女の……。


【ジュン】

いや、名前でピンと来ないなら、大丈夫だ。


【ヤヨ】

ち、ちょっとちょっと、まさか本当に女の人じゃないよね!? 浮気!?


【ジュン】

ちげーよ!! 仮に女だとしても名前出すだけで浮気だなんだは気が早すぎるだろ!!


【ヤヨ】

だって、ジュンは他の人に興味あるようなことも言わないし、ましてやご家族以外の名前なんて滅多に聞かないし……。


【ジュン】

そりゃ……だって……。


【ヤヨ】

あっ……ご、ごめんね……でも、ほらバイト先の人とか、ね……?


【ジュン】

……まぁバイトは人付き合いも割り切ってるし、人との接点もそんなにないし、な。


【ヤヨ】

そっか……その人がどうか、したの?


【ヤヨM】

ジュンから人の名前が出てくる、それも聞き慣れない名前。

それがこんなにも胸を締め付けるとは自分でも驚いた。

彼氏を指して言うのも心苦しいけど、ジュンは怠惰……というか、人生を諦観しているようなところがある。

それは対人に対してもそうだ。

人を覚える覚えない、興味を持つ持たない、というものに疎い。

私が彼女であることも、幼なじみを盾にしているのに過ぎない所もある。

だから……ミヅキという人、それも私に聞くほどに興味を持ったその人がとても……羨ましく感じた。


【ジュン】

いや……本当に分からないならいいんだ。のびる前に食べちゃわないとな。


【ヤヨ】

う、うん……。


【ヤヨM】

話し込んでいたんだろうか、素麺は少しぬるくなっていた。



(間)



【ジュンM】

少し遅めの昼食を終えると、ヤヨは仕事の為に帰っていった。

在宅勤務らしく、比較的フレキシブルな仕事のようだ。


【ジュン】

まったく、仕事がある日くらいは面倒見に来なくてもいいのにな。


【ミヅキ】

どちらかといえばお世話される方にも問題あると思うけどなー?


【ジュン】

別に何もしてないだろ。


【ミヅキ】

何もして無さすぎなの、ジュンくんは。


【ジュン】

はぁ?


【ミヅキ】

今日は何するの?


【ジュン】

別に……何もしないよ。バイトも休みだし、ゆっくり過ごすさ。


【ミヅキ】

ほら〜そういうとこが女の母性をくすぐるっていうかさ〜? 私がいないとこの人ダメだから〜って気にさせるんだよ〜。


【ジュン】

ふーん……お前もそういうタチ?


【ミヅキ】

どちらかというと、夏を取り戻しに行って欲しいかな〜?


【ジュン】

ああ……なんか出会った時にそんな事言ってたな……なんだそりゃ? 実際、夏だし取り戻すつったって、毎年来るもんだろ?


【ミヅキ】

うん、けどね、あの夏だけは、"あの時"しか来ないんだ……。


【ジュン】

うーん……? 過ぎた時間が戻ってくることはないんだぞ?


【ミヅキ】

そう、なんだけど、ね。


【ジュンM】

そう言うミヅキは、昔を懐かしむような、そしてどこか悲しむような目をしていた。

"あの時"……いつのことなんだろうか。

出会った時から、どうも要領をを得ない。


【ミヅキ】

あ、ねぇ、もうすぐ灯篭流しだよね。やっぱりヤヨちゃんと行く?


【ジュン】

まぁ行きたがるようなら、かな。


【ミヅキ】

ジュンくんは行きたくないの?


【ジュン】

わざわざ1人で行きたい、とは思わないな。屋台……屋台飯くらいか、行く理由があるとすれば。


【ミヅキ】

ふぅん……ヤヨちゃんが行きたいって言わなかったらジュンくんも行かないって感じか〜。


【ジュン】

面倒だしな。


【ミヅキ】

ほんとに面倒臭がりなんだから〜。


【ジュン】

ヤヨには聞いてみるけどな。こっちから聞いたら行くって言うんじゃないかな。


【ミヅキ】

うん、たまにはジュンくんから誘ってあげなよ?


【ジュン】

灯篭流し、か……いつ以来だろうな。誘ってみるか。


【ジュンM】

『うん』と頷くミヅキにまた、懐かしさを感じた。



(間)



【ジュンM】

2日後、いつものように世話焼きに来たヤヨに灯篭流しの話をしてみた。


【ヤヨ】

灯篭流し、かぁ……ごめんね、その日の夜に会議あってさ……。


【ジュン】

そうか……こういうの行きたそうだと思ったんだけどな。


【ヤヨ】

ううん、行きたいっていうか、ジュンとならどこでも行きたいよ? ジュンが誘ってくれるところならなおさらよ。


【ジュン】

仕事なら仕方ないな。


【ヤヨ】

うん、ごめん。でも珍しいね、そういうの興味無いと思ってた。


【ジュン】

まぁ……出かけるとか、あんましないからたまには……誘ってみるかな、と。


【ヤヨ】

……嬉しいな。


【ジュン】

お、大袈裟過ぎないか?


【ジュンM】

少々気はずかしい思いをしたものの、出なくて済むならそれに越したことはない。


【ヤヨ】

……ジュン、1人で行く?


【ジュン】

いや、ヤヨが来れないなら別に行くつもりはないかな。


【ヤヨ】

そ、そう……なら良かった……。


【ジュン】

なんだ、不都合あったか?


【ヤヨ】

そ、それはもちろん置いてかれるのは寂しいもの!!


【ジュン】

それもそうか。大丈夫、行かないよ。


【ヤヨ】

また来年行こうね。あ、灯篭流しじゃなくてデートはしようね?


【ジュン】

まぁ……もう少し……出かけるようには心がけるよ……。


【ヤヨ】

うんっ。



(間)



【ミヅキ】

あらら、じゃあお預け?


【ジュンM】

ベッドの上でゴロゴロと転がりながら俺の報告を聞く。

基本的にミヅキは連れてきてからは俺の部屋から出ようとしない。


【ジュン】

仕事じゃ仕方ないしな。行けないなら行けないで俺は疲れなくて済む。


【ミヅキ】

まーた、そういうこと言うんだから、ジュンくん。


【ジュン】

普段は使わない、変な気を使ったから疲れたんだよ……。


【ミヅキ】

あージュンくんから誘ったりしてデートとかしてなさそうだもんなぁ。


【ジュン】

1、2回はあるぞ。


【ミヅキ】

何年付き合ってて、よ!?


【ジュン】

もう4年くらいになるか。


【ミヅキ】

す・く・な・す・ぎ。


【ジュン】

だよなぁ。


【ミヅキ】

ヤヨちゃん優しいからそれでもいいかもしれないけど、誘ってあげたら喜んでたんでしょ?


【ジュン】

……まぁ、嬉しそうにはしてたな、


【ミヅキ】

……。


【ジュン】

……わかったわかった。というか、俺もなんか何もしてやれないとこは良くないとは思ってんだよ。


【ミヅキ】

ねぇ、ヤヨちゃんとはどうして付き合ったの?


【ジュン】

どうして……か。どうしてなんだろうな。


【ミヅキ】

こう、例えば告白されて、とか。こういうところが好きで〜とか。ジュンくんから告白のイメージないしなぁ。


(少しの間)


【ジュン】

分からないんだよ。


【ミヅキ】

…………え?


【ジュン】

俺、20歳より前の記憶がないんだよ。


【ミヅキ】

えっ……それって……。


【ジュン】

ちょうどこのくらいの夏だったかなぁ。事故にあって、頭打ってるらしくてさ。その事故以前のことは何も覚えてないんだよ。


【ミヅキ】

…………。


【ジュンM】

目を覚ますと実家の布団の上だった。

"両親"という妙齢の男と女、"姉"という女、そして……"彼女"という、女。

それがヤヨだった。


【ジュン】

成熟した人格とか、なんだろうな……人生観みたいなものは20歳のものが残ってたっていうか……なんとなく、そういうもんなんだなって納得してさ。


【ミヅキ】

……怖かったりしないの?


【ジュン】

なんだろう……家族は写真もあったし、ヤヨは幼なじみで家族も知ってたみたいだからさ。


【ミヅキ】

……そう、なんだ。


【ジュン】

どうやら付き合ってた、ってのはその前の俺は言ってなかったみたいだけどな。


【ミヅキ】

そうやって……そっか……。


【ジュン】

だから告白がどっち、とかそういうのは分かんねぇんだ。今度聞いてみるか。


【ミヅキ】

事なかれ主義にもほどがあるよ……。


【ジュン】

知りようもないし、それで困るようなことがないならいいさ。


【ミヅキ】

……。


【ジュン】

ミヅキ?


【ミヅキ】

……うん、そっかそっか……。


【ジュン】

どうしたんだよ。怖い怖くないで言ったら未だ得体の知れないお前の方が怖いぞ?


【ミヅキ】

ジュンくん。


【ジュン】

いや!! 言い方悪かったな!! 違うだよ、あのな──


【ミヅキ】

灯篭流し、行こうよ。



(間)



【ヤヨM】

……どうも気になる。

ジュンの言う、"ミヅキ"という人物。

誤魔化されてしまったけれど『誰か』と聞いてくるってことは私が知ってるかもしれない、と思って聞いてきたのだろう。


【ヤヨ】

ミヅキ……ミヅキ……やっぱり聞いたことないな……。


【ヤヨM】

仕事のパソコンでミヅキと打ち込んで変換を押すと、色んな変換予測が出てくる。


【ヤヨ】

いっぱいあるなぁ……。

観月……深月……。


【ヤヨM】

ふと。

ある文字に目が止まった。


【ヤヨ】

"海月"……海に月。えっ、ちょっと……待って……。灯篭流し、海月……。嘘……。

ジュン!?



(間)



【ジュン】

なぁ、これ、傍目には1人で来た寂しい奴だろ?


【ミヅキ】

そうだねぇ……。逆に言うと、彼女持ちの人が違う女とお祭りに来てるのはまずいでしょ〜。


【ジュン】

だったらそもそも来たくはないんだよなぁ……。


【ジュンM】

結局、言われるがままに灯篭流しに来てしまい、まんまとお祭りぼっちになってしまった。


【ミヅキ】

来れたんだなぁ……。


【ジュン】

ん? なんか言ったか?


【ミヅキ】

ううん、なんでもなーい!! 灯篭流しまでまだ時間あるよね? 屋台見て回らない?


【ジュン】

まぁ、別にいいけど……。っていうか、お前は飲んだり食べたり出来るのか?


【ミヅキ】

私はいいよ。お察しの通り触ったり出来ないしさ。


【ジュン】

それ、お前楽しい?


【ミヅキ】

うん、とっても楽しいよ!! ジュンくんと一緒に回れるのが楽しいもん。


【ジュン】

変な奴だな……。道中は人も多いからいいけど、屋台の人と話す時はお前に話しかけられないからな。


【ミヅキ】

うん、大丈夫、分かってるよ!!


【ジュン】

んじゃ、行くか。


(少しの間)


【ミヅキ】

……なんだかんだお店回るんだね。


【ジュン】

いや、まあ……久しぶりだしな。嫌いじゃないんだよ、屋台飯は。


【ミヅキ】

そっかそっか。美味しいし、普段そんなに食べたりしないもの多いもんね〜。


【ジュン】

さすがに食べ過ぎたし、歩き回ったからちょっと休むか……。


【ミヅキ】

はーい。ジュンくん、それは?


【ジュン】

喉乾いたからさ、ラムネ買っといた。


【ミヅキ】

ラムネ!! 美味しいよね!! ジュンくん、ちゃんと開けられる?


【ジュン】

舐めんな、こうして……よっと。


【ミヅキ】

おお〜!! 溢れてない、すごいすごい!!


【ジュン】

ビビってみんな離しちゃうから零すんだよ。……ぷはー!! あー、生き返る……。


【ミヅキ】

いいなーいいなー。なんで触れないんだろう……。


【ジュン】

結局のところ、お前はなんなんだ? ヤヨもミヅキって名前は知らなかったし……。


【ミヅキ】

気付かなかったんだ……。


【ジュン】

何?


【ミヅキ】

4年前の、さ。灯篭流し……覚えてないかな。


【ジュン】

は? いや……覚えてるも何も、俺、記憶が──


【ミヅキ】

倉下 奏夏(くらした そうか)──。覚えてない、かな。


【ジュン】

くらした……?


【ミヅキ】

『クラゲ』って、呼んでた子。


【ジュン】

────。



(間)



【ヤヨ】

はぁっ……はぁっ……!!


【ヤヨM】

まさか……まさか、そんな。

あくまでも、胸騒ぎがするだけ……けどタイミングがあまりにも、良すぎる。


【ヤヨ】

……電気が付いてない。


【ヤヨM】

恐る恐るインターホンを鳴らすが、出ない。この時間はさすがにまだ起きてるはず。鍵を開けてみても──いない。


【ヤヨ】

クラゲ……!! ようやく落ち着いてきたのに、なんで今になってジュンの中に……!!


【ヤヨM】

踵(きびす)を返して灯篭流しの会場に急ぐ。

4年前の、アレを思い出させてはいけない。



(間)



【クラゲ(ミヅキ)】

2人きりなんて久しぶりだね!! お祭りもそうだし!!


【ヤヨ】

そうね、高校卒業してからは忙しかったり、日程合わせるってなると隅田くんや他の人もいたものね。


【クラゲ】

そうそう……今日もジュンくん声掛けたんだけど、『人ごみめんどい』って返事きたよ〜。もう出不精が過ぎるってー!!


【ヤヨ】

ふふっ、今日は女子水入らず、楽しみましょう?


【クラゲ】

そうだねそうだね〜!!


【ヤヨM】

分かってる、今日、隅田くんは来ない。

この地域の灯篭流しは規模が大きく、人も多い。

人ごみ嫌いの隅田くんは毎年来たがってはいなかった。なんでこの子はそんな事も分からないんだろう。


【ヤヨ】

まずはひと通り見て回りましょう? あ、帯締まってるから食べすぎないようにね?


【クラゲ】

分かってるよ〜。ヤヨちゃんってば、子供扱いして〜!!


【ヤヨ】

じゃあお姉さんなところ、見せてもらおうかしらね〜?


(少しの間)


【クラゲ】

うう……苦しい……。


【ヤヨ】

もう……だから言ったのに……何か飲む?


【クラゲ】

ら、ラムネ……。


【ヤヨ】

はいはい、ちょっと待ってて。買ってくるから。


【クラゲ】

ごめんね、ありがと〜……。


【ヤヨM】

……本当に、腹が立つ。どうして、この子が隅田くんの彼女なんだろう。少し早く告白をしただけのこの子が。

隅田くんの性格的には流されたとしか思えない。

私がはっきり、言わないと。


【クラゲ】

あぁ〜!! やっぱり零れたぁ〜……。


【ヤヨ】

難しいよね、ラムネを開けるの。


【クラゲ】

ぷはーぁ……。さっぱりする〜。


【ヤヨ】

人気(ひとけ)も少ないし、見晴らしもいいものね。


【クラゲ】

石階段登るのちょっと大変だからあんまり来ないよね〜。いい景色なのになぁ。


【ヤヨ】

……。


【クラゲ】

……ふぅ〜。ラムネのビー玉ってなんで入ってるんだろう? 普通の蓋なら零さないで済むのになぁ〜。


【ヤヨ】

クラゲ。


【クラゲ】

ん? どうしたの?


【ヤヨ】

隅田くんのことちゃんと見てる?


【クラゲ】

え……ジュンくんのこと……?


【ヤヨ】

……。


【クラゲ】

え、何……どうしたの? ちゃんと見てるって……私、一応彼女だし──


【ヤヨ】

一応って何?


【クラゲ】

い、いや……え? どうしたの?


【ヤヨ】

今日のことも、隅田くんが人ごみ嫌いって知ってればわざわざ声かけることでもないでしょう?


【クラゲ】

え……で、でも来てくれるかもしれないし……。


【ヤヨ】

彼女なら、彼に寄り添って付き合ってあげるのが大切なことでしょう?


【クラゲ】

で、でも……。


【ヤヨ】

そんな覚悟で彼女になったのなら、辞めて。


【クラゲ】

辞めて……って……。


【ヤヨ】

別れて。私が隅田くんを、ジュンをちゃんと幸せにしてあげる。貴女の分まで。


【クラゲ】

何言ってるの、ヤヨちゃん……。え……ヤヨちゃんもジュンくんのこと……?


【ヤヨ】

そういうところも、神経を逆撫でするのよ!! 貴女は!!


【クラゲ】

っ……!!


【ヤヨM】

驚いたのか、クラゲが立ち上がる。その拍子にラムネの瓶が落ちて割れる音が響く。

私の中の、何かのように。


【クラゲ】

や、ヤヨちゃん……お、落ち着こう? それじゃあジュンくんの気持ちが……。


【ヤヨ】

ジュンの気持ち!? 気持ちもはっきりさせずに流されるの知ってて告白したんでしょう!?


【クラゲ】

そ、そんなことないよっ……!! それは私がしたくなったからで……。


【ヤヨ】

何とでも言えるわよね。本当に、貴女さえいなければ……!!


【ジュン】

先客か?


【ヤヨM】

何故だろう、隅田くんが階段を昇ってきていた。嘘……こんなところ見られたら……。話聞かれてた!?


【クラゲ】

ジュンくんっ!!


【ヤヨ】

す、隅田くんどうして……。っ!? クラゲ、足元ッ!!


【ジュン】

危ないッ!!


【クラゲ】

えっ……。


【ヤヨM】

一瞬、時がゆっくりに見えた。

クラゲがビー玉を踏み、景色とクラゲの角度とが、解離する。

瞬間、クラゲの悲鳴と聞き覚えのない、

──人が地面に叩き付けられる音。


【ヤヨ】

クラゲッ!! ジュンッ!!



(間)



【ジュン】

…………。


【クラゲ】

その時、私は、そのまま……。ジュンくんは一度階段に落ちたあと滑り落ちる私に巻き込まれて、そして……。


【ジュン】

記憶が、なくなった……。


【クラゲ】

うん……。


【ジュン】

…………。


【ジュンM】

言葉が出ない。言われても、実感はない。俺が忘れてしまったことの話を……しかもこんな大事なことを、聞くことになるなんて。


【クラゲ】

私、あの時のことがさ、ずっと忘れられなくて。って言っても、こういう姿になるまでなんていうか、私も記憶っていうか自分って存在を分かってなくてさ。


【ジュン】

そ……そうなんだな……。悪い……そんなことまで記憶から……。


【クラゲ】

いい、いいの。ジュンくんが悪い訳でもないし、それに……


【ヤヨ】

ジュンッ!!


【ジュン】

……ヤヨ……。


【クラゲ】

来たんだ、ヤヨちゃん……。


【ヤヨ】

ジュン……はぁはぁ……。なんで、いるの……?


【クラゲ】

そっか、ヤヨちゃんには見えないんだもんね……。


【ジュン】

ヤヨ……お前……。


【ヤヨ】

1人じゃ行かないって言ってたのに……。どうして?


【ジュン】

…………。


【ヤヨ】

ミヅキ……クラゲのこと……思い出した、の……?


【ジュン】

いや……でも、知った。


【ヤヨ】

知っ、た……? どうして……?


【ジュン】

…………。


【クラゲ】

ジュンくん、私のこといいから。


【ジュン】

は? 何言ってんだよ!?


【ヤヨ】

っ……。そう、だよね……。恨まれて当然だよね……。


【クラゲ】

恨んでないよ。


【ジュン】

待てよ……なんでそんなこと……。


【ヤヨ】

だって!! 私がっ……私が迫ったばっかりにクラゲを!!


【クラゲ】

あれは私の不注意。ジュンくんを見つけて足元も見ずに踏み出したからなの。


【ジュン】

だから、そういう状況になったのは!!


【ヤヨ】

じ、ジュン……?


【クラゲ】

聞いて、ジュンくん。私があの夏を取り戻したかったのはね。


【ヤヨ】

え……クラ、ゲ……なの?


【クラゲ】

ヤヨちゃんに、私、ちゃんとジュンくんのこと好きだよって、胸張れなくて。

ジュンくんを、巻き込んでしまったこと謝りたくて。

3人でもう一度、ここに来たかったの。


【ヤヨ】

クラゲ……なんで……? 生きて……?


【クラゲ】

お願いがあるの。ジュンくん。


【ジュン】

なんだ……? お願い……?


【ヤヨ】

ねぇ、ジュン……どうして、クラゲが?


【クラゲ】

私ね、2人が幸せな方が嬉しい。本当は、本当は私も幸せがいいけど、もう私は、さ……。


【ヤヨ】

ねぇ!! クラゲ!! ジュン!!


【ジュン】

…………。


【クラゲ】

きっとそういう願いが、こういう形になったと思う。恨みたかったら、ヤヨちゃんに取り憑いてるだろうしね。

今、私の願いは……さ。ヤヨちゃんが今日を思い残さないこと。

私、ジュンくんのこと好きだったこと。

引っ括めて、いつか、ジュンくんの記憶が戻った時にあの夏じゃなくて、この夏を思い出して貰えるように。

この姿になった時、私、ジュンくんが記憶失くしてるなんて知らなくてさ。


【ジュン】

…………。


【ヤヨ】

……クラゲ、そんな私……。


【クラゲ】

そうでもしないと、記憶戻ったらバイバイしちゃうかもしれないでしょ?

それって、ジュンくんのそばに誰も居なくなっちゃう。

そんなの悲しいから。


【ジュン】

俺の、気持ちは……。


【クラゲ】

うん。だから、お願いなの。叶えてくれてもくれなくてもいいの。

でも、言えるのは今だけだから。

ヤヨちゃん、私、ヤヨちゃんみたいに世話焼きじゃないからジュンくんも飽きちゃうかもしれなかったし、この数日間、今の2人見ててお似合いだなって思った。

ちょっとジュンくんがヤヨちゃんのことちゃんと見てあげれてないかなって思ったけどね。


【ヤヨ】

だけど……こんな……。


【クラゲ】

でもね、私、ジュンくんが好きだから告白して恋人になって、私なりの愛をいっぱいあげてきたつもりなの。

それがジュンくんにとっての幸せだったのかは、今のジュンくんに聞いても分からないけど……。

でも、私の好きは変わらない。そして、ヤヨちゃんのことを好きなのも変わらない。


【ジュン】

それはどうあれ、覚えてない俺も俺だ……。お前が言ってることが本当なのかも分からない……。


【クラゲ】

思い出した時でいいの!! その時の為に私にお話する時間を、きっと神様はくれたんだと思う。神様の膝元で起きちゃったからね……。



(間)



【ジュンM】

──また夏が来る。

あの日、それだけ言うと姿を消したクラゲは二度と現れることはなかった。


【ヤヨM】

最後に私にも姿が見えたのはどうしてなのか、本当のところは分からない。


【ジュンM】

俺は未だ記憶が戻らず、夢のような話だったけど……。

海月(くらげ)のような白い風鈴は、凪いでも鳴いている。



─ 了 ─

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凪いでも鳴いて @ushitora_shock

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