第36話 異物
「空間転移はあんたの仕業なんだろう、先生」
学校。電車。観覧車の中に来たのもそう。ミラーハウスに入る直前も、彼は俺が来た方向とは別の道から現れた。
空間転移――テレポーテーションは、有名な超能力の一つだ。ユウ先輩曰く、超能力者だからといって万能なわけではない。得意分野とそうでないものがあるのが当然だと。りつ子の能力と空間転移とは、どこか乖離している。ならば、別人のものだと考えることもできた。単なる仮説にすぎなかったが。
「あんたもりつ子と同じはみ出し者だった。だからりつ子に近づいた?」
「知ったようなことを……」
声が怒気に濁っている。
怯みそうになるのを、抑える。否定をしないということは、俺の憶測もあながち間違ってはいないということか。
機を伺え。これはきっとチャンスだ。彼自身が言っていたじゃないか。人の負の感情には大きな隙がある、と。
俺はポケットの中に手を入れる。滑らかな石が手に触れる。ポケットから引っ張り出した途端、あいつが身体を強張らせたのがわかった。
「そんな虚仮脅し……通用しないよ」
これ一つでどうにかできるとは毛頭思っていない。伊東は言っていた。これはあくまで風邪薬のような応急措置的なものでしかなく――あるいは霊能者の仕事の補助剤のようなものでしかないと。
俺は組紐を掌に巻き付け、石を握りこんで、印を組む。
「あんたも身に覚えがあったんだろう。本来持たないはずのものを持って生まれてきた人間が、どんな風に疎まれ、忌々しがられるか」
説得でも、単なる同情でもいけない。俺はなるべく淡々と告げる。必要なのは確か、心を開かせることだ。
「お前に何がわかる……」
怒りは深い悲しみとどこか似ている。
「わかるよ。……多少は」
……気味が悪い、と親父は言った。確か、小学四年生の時だった。
全部が全部百点なんて嘘くさい、何かイカサマをしてるんだろ、お前は人間として最低だ。カンニングなど身に覚えがなかったのに、弁解をする間もなく頬を打たれた。小学生ならこんなものでしょうと弁護してくれる母親はいなくなっていた。そのまま親父は学校に電話を掛けた。息子はテストの度にズルをしているのに違いない、塾も行かせていないし、家では宿題くらいしかやらせていないのに、こんな風に満点ばかり取れるはずがない。香弥の時もこんなことはなかった。鼻息荒くまくしたてた父親の覇気に押されて、私も薄々おかしいと思ってたんですと、担任だった女性教師の目が尖りだした。テストの際にはじっと嫌疑の目を向けられ、何かを隠し持っていないか、べたべたと身体を触られることもあった。……今思うとセクハラなんじゃないか、あれ。
俺はムキになって問題を解いた。それまでしていなかった予習や復習もするようになった。丸だけの解答用紙を見て「まだ懲りねえか」と親父は俺を殴った。最終的には校長室でその場で問題を解かされる羽目になった。晴れて俺の疑いは消えたわけで、それとわかると教師たちも次々に俺を擁護し始めた。俺を責める言葉を失い、代わりに親父が言い捨てたのが、件の言葉だった。気味が悪い。
「異質なものをつまはじきにするのは、人間の性だ。時代や価値観が変わっても、それは変わらない」
親父にとって俺はずっと異分子だった。親戚との集まりの中でも、好奇と嫌悪の混じった眼差しに晒されながら、遠巻きに見られるばかりだった。もともと社交的な性格でも、人好きするような可愛げがあるわけでもなかった。味方はいないに等しかった。集まりの場でむっつりして本を読んでいれば、覗き込んできた従兄弟だちから「げーっ、字ぃちっせえ、虫みてえ」「きもっ」と囃し立てられ。何か発言をするたびに、言葉尻を捉えた大人たちから「難しい言葉知ってるんだねえ」「無理して大人ぶって」と揶揄われ。酒気を帯びた叔父から「男ならもっと力もつけんとなあ。勉強だけじゃいけん」と腕を引っ張られ。そんな奴らの中に放り込まれる盆と正月が俺は大嫌いだった。
別に俺は特別頭がいいのだと自慢したいわけではない。俺の凡庸さなど、一歩学校の外に出るだけですぐに思い知らされた。今となっては、寝食惜しんで必死に勉強してやっと、校内で一桁に食らいつける程度。部活に打ち込んで結果を出しながら、放課後に好き放題遊びながら、習い事に精を出しながら、余裕そうな表情ですんなり俺より上の順位を攫っていく奴は、嫌になるほどいる。
けれど、その程度だった俺でさえ、ひとたび異分子だと認識されれば、あの場所では簡単に浮いた。「同じ」であること以外を忌むのは人間にとって普遍的だ。だから魔女狩りなんてものが起こった。幾度となく差別と迫害を繰り返してきた。何かが少なくても多すぎても、それが彼らの許容範囲を超えた途端、異常だと鼻をつままれ、時には排斥される。昨今流行りの「多様性」なんて言葉も、結局は彼らの倫理のうちに許容されるものしか、認められることはない。同時に、「多様性」という言葉がスローガンとして銘打たれるのは、意識的にならない限り、人間は自然と「均一性」に回帰するからでもある。
均一であること、均一性を求めることは人間の原初状態だ。類は友を呼ぶ、という言葉もそう。社会は均一性を前提としているし、人間はいつだって「同じ」者同士で繋がろうとする。
そんな中で、「人を超えた能力」を持ってしまった人間が、どのように扱われるか。
答えは言うまでもない。「化け物」だ。
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