第6話 深夜
風呂が終われば自由時間。消灯は十時だが守る奴などいない。ここからが楽しい時間だ。
しばらく俺たちは五人でトランプに興じていた。ポーカーもブラックジャックも大富豪もみっきーの一人勝ちだった。先を読んでいるみたいに、手の運びが異様に上手いのだ。
班の移動は原則禁止だが、それもまた、守られることのない形骸的なルールだった。そのうち寺西と田中が他の班の奴に呼ばれて、部屋には俺とみっきー、まひろだけが残った。
こんな夜のお供と言えば恋バナか怪談が鉄板か。恋バナはあいにく持ち合わせがないので、俺はカバンから実話怪談の本を取り出す。バイト先で百円の棚にあった、いかにも嘘くさいオカルト本だ。何かの参考になるかと試しに買ってみたが、中身はどうってことない、出どころ不明の怪談話ばかりだ。友達の友達とか、叔父さんの友達とか、Eさんとか、そんな人ばかりがでてくるような。
「いやーこの流れでその話しちゃう?」
まひろの顔が明らかにこわばっている。
「おやあ、まひろくん怖いのかなあ?」
俺はここぞとばかりに昼間の仕返しを試みる。「は?」まひろが俺の膝を蹴る。
「あくつまでオカルトマニアかよって思っただけだし」
「までって何だよ」
まひろは不貞腐れながら語る。新聞部(部員三名)のうち二人(つまりまひろを除く全員)がその手の怪しげな話が好きで、取材とかこつけて都市伝説や何年も前の猟奇事件を掘ったりしている。新聞部はまひろ曰く、「年に何回か校内新聞を書くだけのゆるーい部活」だそうで、実態はオカ研と化している、らしい。
「なんでそんなとこ入ったわけ?」
「まあ始終そんな感じってわけでもないし。お菓子は置いてあるしスマホでゲームやってても先生来ないし、なかなかいいよ」
「うわ」
完全な無法地帯だ。そんなののために俺は待たされていたのか。これにはみっきーも驚いた様子。
「部長なんて備品のパソコンでネトゲやってるからね。回線クソ重いのに。よくやるわ」
「潰れちまえそんな部活」
「やめてよー洒落になんない」
まあこれは部室から拝借してきたんですけど、とまひろが和菓子のアソートを取り出す。
「いい部活だな。ぜひとも存続してほしい」
「だろ?」得意げなまひろ。
俺はもなかの小袋を開ける。ぱり、と砕ける歯切れのいい生地。ねっとりとしたこしあんはお茶が欲しくなる甘さだ。
みっきーも、とまひろにすすめられ、みっきーは遠慮がちに羊羹を手に取る。「じいちゃんちにあったのみたい。懐かしい」ほろりと笑顔が崩れる。
「そういえば、今日のお昼……青年の家に着いた時」
みっきーがあまりにも平然としていたので、俺もまひろも一瞬出遅れる。
「二人の見たものって、本当はゴキブリじゃないよね?」
みっきーの目はまっすぐで、どこか確信を帯びている。言葉と同じくらい、いつもは見せないその表情に、俺はどこか戸惑っている。
「えっと、……ごめん、なんとなく、そんな感じがしただけなんだけど」
表情がいつもの自信なさげなものに戻る。それにどこか安心しながら、俺は奇妙な感覚をおぼえていた。みっきーには妙に勘が鋭いところがある。先ほどのゲームでもそう。
俺は思わず、みっきーの向こうの押入れを見やる。黄ばんだふすまはいかにも年季があって、よくわからない薄茶色の染みまでついている。
「……うずくまってる黒い人影。まひろが見たものもそれであってるか?」
「え……うん」
まひろは躊躇いがちに頷く。
これで――少なくとも今回ばかりは――俺の見間違いのセンも消えたようだ。
布団はすでに敷かれていて、押入れは今からっぽになっている。これだけの布団がぎっちり詰められていた押入れには、あの時、人が入る隙間はなかった。俺とまひろを除いて、それを見た人間もいない。確実に言えるのはそれだけ。
「でもほら、ここって変な噂あるし、それに感化されただけかもよ。建物古いし」
「だけど、もしかしたら、今度は阿久津くんが……」
「……みっきー、話すの?」
「いつかは話さなきゃいけない。もう何かしら起こり始めてるんなら、なおさら」
何やら深刻そうにひそひそ話す二人。俺は置いてけぼりにされる。居心地が悪い。
不服そうなまひろを尻目に、みっきーが神妙な顔でこちらに向き直る。
「阿久津くん、最近、変なことが起こったりしてない?」
その言葉を皮切りに、俺は知ることになる。
三月傑は呪われている――その噂の示す、本当の意味。
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