第4話 姉

 林間合宿を間近に控えたある日。こまごましたものを買いに出て、帰ってきたら姉がいた。奈帆さんと何やら楽しそうに話している。いつまでもぎくしゃくしている俺と違って、姉はすぐに奈帆さんと打ち解けていた。以来、この家の女たちは妙に仲睦まじい。

「あ、おかえり」

 姉は一瞬こちらに向き直って、すぐに奈帆さんとのおしゃべりを再開する。

 久しぶりに見た姉はどこか雰囲気が変わって見えた。顔立ちがはっきりとして見えるのは化粧のせいか。瞼に色が乗っているらしいことだけは、俺にもかろうじてわかる。姉はたぶん、垢ぬけた。親父風に言えば、「色気づいた」。

 なんだお前、色気づきやがって。めかしこんで友達と遊びに行こうとした姉に、親父は何度かそう言っていたことがある。時にはニヤニヤと笑いながら、時にはどこか不機嫌そうに。姉はそれをひどく嫌がっていた。別に男のためにやってるわけじゃないんだけど、と。

「尚、あんたちゃんと風呂入ってる?」

 部屋に戻ろうとしたら、いきなり不躾な声が飛んできた。

「入ってるけど」

 風呂をさぼった記憶はないし、不潔にしている覚えもない。風呂場にいるとあの血糊を思い出すから、手早くシャワーを浴びるに済ませてはいるが。奈帆さんに視線を投げても、不思議そうに頷くだけ。

「……なんかにおう?」

「ちょっと」

 姉はかすかに眉を顰める。俺は自分のシャツを鼻に当てる。繊維の奥に柔軟剤らしきにおい。奈帆さんは、今度は首をかしげている。

「でもなんか、汗臭いとかでもないし、気のせいかも。どっちかっていうと」

 何かが悪くなったようなにおい。

 姉は忌々しげに声を潜める。

「うそ、生ごみ悪くなってたかな。昨日捨てたんだけど」

 奈帆さんがあわただしく台所に向かう。奈帆さんの姿をしばらく目で追って、姉はふと、伏し目がちにこちらを向いた。

「気を付けなよ。においもそうだけど、あんたの周り、なんかよくない感じがする」

 いつもなら、単なる霊感ごっこで片付けられる言葉。思わせぶりなことを言って、自分に酔いたいか、俺を困らせたいか、どちらかなのだろうと見当はついた。連日続く異様なものがなければ。

「そういえば、合宿だっけ? お土産よろしく」

 打って変わって、姉はにっと歯を見せた。現金な奴。

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