元サキュバスは復讐し、淫慾最強を証明したい。
雪陽万春
第1話 純愛と淫慾
魔族と人類との戦いは壮絶だった。
両者総力をあげて挑んだそれは、土地を蹂躙し、人々を阿鼻叫喚へと攫っていった。両者の戦力は拮抗し、一進一退を続けた戦いに一石を投じたのは一人の魔族だった。
その者はサキュバス。
淫魔とも呼ばれるその魔族は人類の猛将達を骨抜きにし、その精力を吸い尽くした。愛しい女に変貌したサキュバスが艶かしく愛を囁くと、そこが戦場であるにも関わらず、将たちは精を捧げた。情交を制止する者はおらず、周りの兵らはこぞって情事を観賞し、自慰の波へのまれていく。サキュバスが降臨した戦場に残るのは、精気なく干からびた猛将と過度な自慰により憔悴した兵達だけだ。一騎当千の武将らは、それは猛々しく勇敢だが、性においてはただの男。ことごとくサキュバスに敗れ、精を搾り取られるのみであった。戦況は悪化の一途をたどり、もはや人類には敗北しかないかと思われたとき、アベラルドという名の一人の男が現れた。
彼の所属する部隊がサキュバスに襲われた。気付いたときには上官は廃人に成り果て、目の前には愛しい婚約者の女性が立っていた。戦場にいるはずのない愛する女性。一瞬にしてサキュバスだと断じたが、すでに彼女の術中に落ちていた。するりと滑り込んだ小さな手が、アベラルドの厚い胸板を這い、愛する人が懐の中に収まった。小さく開いた口元から美酒の香りが匂い立ち、彼女の熱い視線から情欲が注がれる。
「お会いしとうございました」
耳が痺れるほど可愛い声に、脳髄が侵され溶けていく。眩暈をともなうような響きにアベラルドは翻弄された。周りの兵達からはすでに荒い呼吸が聞こえ、サキュバスを中心に異様な興奮に包まれる。
「ステファニー……」
アベラルドが婚約者の名を呟いた途端、サキュバスが首筋に噛みついた。その淫靡な舌から情欲の魔力をねじ込められ、脳が酩酊する。彼の中心はすでに張り詰め、あとはサキュバスと甘美な交合を重ねるのみ。常勝に溺れたサキュバスは勝利を確信した。
だが、アベラルドは交わらなかった。彼はサキュバスの誘惑に耐え、その剣を薙ぎ払ったのだ。剣は見事にサキュバスを捉え、彼女は傷を負った。サキュバスは地に崩れ落ち、傷口を押さえながらアベラルドを睨みつけた。
「くっ、なぜ惑わないの?」
未だ情欲の色が濃いアベラルドの瞳から、鋭い殺気が放たれる。大きく深呼吸をして、彼はサキュバスへ堂々と言い放った。
――俺の夢は、結婚初夜に童貞を捧げることだぁ!
――ことだぁ!
――だぁ
咆哮のような力強い宣言が辺りに木霊する。股間を腫らして吠えたアベラルドは、それは気高い益荒男だった。
「そんな、乙女のような……ピュアな理由で……」
さすがのサキュバスも、純愛ピュアには叶わない。アベラルドが一見雄々しい偉丈夫であろうと、逞しく筋肉が張り詰めた体躯であろうと、ピュアなチェリーボーイなのである。愛する婚約者――ステファニーに操を捧げる。その思いがサキュバスの誘惑に打ち勝ったのだ。
斯くして、サキュバスは敗れた。
サキュバスに頼りきりだった魔族は敗退を余儀なくされ、ついに人類が魔王を打ち破った。戦況を変えたアベラルドは英雄と称えられ、その鋼の精神と貫いた愛を賞し勲章が授与された。もちろん、戦後すぐにアベラルドとステファニーの結婚式が行われ、数多の人々が祝福するなか二人は夫婦となった。
夢にまで見た初夜。
アベラルドの悲願が遂げられるだろうそのとき――サキュバスの呪いにより、それは儚く霧散してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます